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母親と子供《side folklore》

フォークロアが崩殂城に戻ったとき、既に城内は慌ただしい様子だった。三人で一人のカリロエ・サオールは城の城壁を魔法で増強しているし、アスタルトも魔法で鈍く光る何かを創造している。


「なになに、なんか始まるの?」

「むっ、フォークロア……帰ってきたの」


アスタルトがフォークロアに気づき、一旦手を止める。

 

「ええ、エン=ティクイティとは会えたけど付いては来なかったわ。でも、代わりにとても強い子を連れてきたわよ」


そう言ってフォークロアはクリスを紹介した。アスタルトは、いくらかそれを興味深げに眺めた後、また作業に戻った。


「お疲れ。……もうすぐ、勇者との戦いが始まる」

「あら、もうすぐなのね」

「フォークロア、ベルの所へ行って欲しい。話があるはず」

「話ぃ? ま、いいわよ。行きましょ、クリス」 


フォークロアは思いの外素直にアスタルトの頼みを聞き、魔王の部屋へと向かった。今フォークロアはフェイブルと戦えたことによりなかなか機嫌がよいのだ。鼻歌混じりに塔を登っていき、魔王の間へと辿り着いた。

 

「あたしが帰ってきたわよー」


部屋の最奥まではおよそ五十メートルほどあり、その最奥には魔王が座るための玉座がある。そこに、魔王ベールゼヴヴが座っていた。


「おう、フォークロア」

 

魔王は相変わらず魔王然とした格好をしている。黒々とした体に密着するトップスと、洗練された紫色のボトムズに、漆黒のマントだ。 

茶髪のオールバックに、赤い瞳がフォークロアを静かに見据えている。


「何、話って」

「まぁ、座ってくれ」


フォークロアは言われたとおり、クリスに指示を出して魔王と同様の玉座を作らせ、座る。さらにクリスに豪華なスイーツ群を創造させ、スプーンで一つずつ掬わせて食べさせる。


「もぐもぐ……」

「たぶん、聞いてると思うが、もうすぐ勇者がくる」

「らしいわね」

「そんでもって、思ったより強くなってるみてーだから、負ける方向でいこうと思う」


その発言に、フォークロアは目を丸くする。


「あんた、負けんの?」

「ああ、その方が早く終わるから被害が少ない」

「……ふーん」

「お前には、俺達の陣営と勇者の陣営の被害を最小にして貰いたい。早い話が、どちらも『やりすぎない』ように心を調整して貰いたい」


今度は訝しげな顔をする。しかし、ぱくりと桃の一片を口に入れられて冷静な顔に戻る。


「そうね、ここは率直な感想は置いといて、まじめに聞きましょうか。あなた、何をしようとしてるの?」


ベールゼヴヴはその質問に、二秒間をおいて答える。


「……魔王と勇者の戦いは、演舞なんだ。神に捧げる為のな。だから、戦いが終われば神が褒めに降臨する。俺はそこを狙って、神を殺す。それが、俺のしようとしていることだ。神を殺すのだけが、魔物と人を救う道だ」

「……神って、ドロソフィア、とかいう?」

「ああ……そうだ」

「どうやって?」

「それは言えん」


理解はできないが納得はできた。フォークロアはなんとなくそんな心情だった。フォークロアはベールゼヴヴの表情から、彼の感情を読み取ろうとする。

 

(魔物と人を救う……あの時の声色は、建て前ね。この目の色、たぶん、あなたを突き動かしているのは、恋と、愛と、それと同じくらいの憎しみと怒り。ふふ……綺麗だわ)


「お前が、人間に興味がないのは知っている。だから、あまり関わらせないようにと考えていたんだが、如何せん事態が事態でな。申し訳ないが、頼む」

「わかったわ。元々、ドロソフィアとか神の連中は、排除するって私達の方針だし。やりすぎないように、ご都合主義の少年漫画みたいに、なんだかんだ全員生存ルートを選択させてあげるわよ」

「……よく分からんが、頼む。話は以上だ」

「あら、そ。じゃー、その時になったら呼んで」


そう言ってフォークロアは魔王の部屋を出て、最近用意されたという自分の部屋へと向かった。その道中で、四死竜の長、ドラウニコルと鉢合わせた。クリスはフォークロアの影と同化しているため、ドラウニコルは気付いていない。

ドラウニコルは相変わらず悠然とした風貌で、微笑んでいた。


「おや、帰ったのか」

「ただいま」

「魔王様から聞いていると思うが、よろしく頼む。と言っても、我々は蘇る一族じゃからの。我々を気にしなくてはよいが」


そういえば、とフォークロアは死竜という種族のことを思い返した。考えてみれば、今まで詳しく聞いてみたこともなかった。


「結局あんたら、どういう仕組みなの? 何よ蘇る一族って」

「ふむ、機構を聞きたいのじゃな。では手短に。まず、死竜というのは全て一つの個体から生まれる。魔界と現界の境目にいる、生死竜クワシオリコルという個体からじゃ」


ドラウニコルは自分の頭部に手を置く。そしてぱっと離すと、ドラウニコルの頭から青い光の筋がどこかへと流れていった。


「我らの体の情報は、それに元々保存されている。我らの記憶の情報は、こうして常に転送されている」

「あ、じゃあ死んでもそのクワシオリコルで体が作られて、記憶も引き継がれるってわけね」

「そうじゃ」

「でも、完全に同一個体なの?」

「……どうかのう。性格や人格とかは、違うかもしれん。たとえばカオティコル。あれは今外にいるのだが、恐らく、混乱しているのだろう。以前は尊大な奴だったが、今は、幼い少女のようじゃ」


フォークロアはフェイブルと一緒にいたカオティコルを思い出す。確かに、あの少女はなんというか、ひたすらに悩んでいるようだった。


「連れ戻さなくていいの?」

「かまわん。あの子には迷いがある。間が悪かったのじゃ。記憶の引き継ぎと同時に魔王様から、我々の真の目的を聞かされたからのう」


フォークロア、そう、と言って再び歩き始めた。


「ありがとう。よく分かったわ。でも、私あなた達も死なせないわ。蘇るからって、死んじゃダメよ」

「はは、優しい子じゃな」

「違うわ、何となく、あなた達魔王軍は興味があるのよ。人間と違って」

「そうか。……ありがとう」

「You are welcome」


不思議な返答にぽかんとするドラウニコルと別れ、フォークロアは自分の部屋へ来た。クリスを影から出し、殺風景な部屋にベッドなどを用意させる。


「色は白がいいわ。そう、そのぐらいの大きさ。天蓋もつけて。天蓋にはマイとアネクとフェイ描いて。うん、いいかんじ」


さらに壁紙や天井、床の絨毯などを整えさせ、部屋は一瞬で煌びやかなフォークロア好みの部屋へと変貌した。

フォークロアは満足げな表情で、部屋の窓を開けた。かなり、部屋は高い所にあるようだ。先ほどカリロエが立てた城壁によって、風は遮られて届かない。


「ふふ、落ち着くわ。クリス、椅子出してー」

「ん」

「そんで、座りなさい」

「ん」


座ったクリスの上に、クロアが座る。お互い髪は虹色の輝きを放っており、それが部屋の壁に美しい模様を映している。


「……クロア。あの子達が好き」


クリスは天蓋に描かれた三人を指さす。


「そうよ。大好き」

「好きだと、会いたくなる。触りたくなる。合ってる?」


なでりなでりと、クリスはフォークロアの髪を梳き頭を撫でながら問いかける。


「うん、会いたいし、触りたいわ」

「でも、今会ってない。なんで?」


む、とフォークロアは答えに窮した。

なんで、と聞かれれば、それはたとえば自身の幸せに向かってひた走る彼女らを邪魔したくなかったとか、魔王の所に一旦顔を出しておきたかったとか、色々答えられはするのだが、自分の愛はそういう理屈を飛び越えるものだったのではないだろうか、と。


「んー……なんで、かしら」

「クロア、あの子達嫌いじゃない。でも、会ってない。クロア、他の子、好きになった?」


ぎく、とフォークロアは何か言い当てられたような気がしてクリスの頬をむに、とつまんだ。


「んま」

「む、むむむ……」


無論そんなはずはない。他の何かを、フォークロアがミソロジーやアネクドート、フェイブル以上に好きになることなど有り得ない。

だが、他の何かを、今までよりもちょっと好きになったことで、ずっと四人で一緒にいなくても耐えられるようになったのではないか、とフォークロアは推測する。


「……あの子達以外を、ちょっと好きになったのかも。私、私の世界のあの子達以外より、この世界のあの子達以外の方が、好きなのかも」


それを聞いて、クリスは微笑んだ。


「私のことも、好き?」

「うん……あなたに言われて気付いたけど」


たとえば、とミジネアを思い出す。クリスに初めに食わせた冒険者の女性だ。

彼女は楽に死なせた。チャンスを与えて殺した。あんなことを、今までしていただろうか? 手遊びで人を玩具にして遊ぶ時、そんなことを気にしたことがあっただろうか?


(ここは、私がいても問題ない世界、かどうか分からないけど、ひょっとしたら好きなのかもしれないわ、生理的に)


そんなことを、フォークロアはぼんやりと考えていた。そこに、ノックの音がした。


「誰? 入っていいわよ」


かちゃりと入ってきたのは、桃色の髪に黒いドレスを来た女性、アナトだった。魔王への愛が深い女性だ。


「お話いいかしら、フォークロア」

「ええ、いいわ」


許可されると、アナトはすたすたと部屋の窓枠に腰掛け、フォークロアと対峙する。

美しい女性だなぁ、とフォークロアはしみじみと思った。


「あなたのことじゃない、という前提で聞いてほしいの」

「うん」

「私、人間が嫌いだわ」


その発言はかなり唐突だったが、フォークロアは口を挟まず次の発言を待った。

アナトは、少し思いつめた表情で話を続ける。


「ベルを裏切った人間は、本当に嫌い。人間の中にある、そういうクズみたいな性質は本当に嫌い。でも……」


窓の外を見て、アナトは遠い目をする。赤い雲が空を覆っている。


「私、ベルが好きだわ。何よりも。だから、ベルが守ると言ったら、守りたいの。たとえ、どんなに憎いものでも」

「あら、素敵」

「だから、あなたにこの憎しみを消して欲しいの。一時的にでもいいから、忘れさせてほしいの。憎しみを」


フォークロアは納得した。そしてその頼み事は、自分が魔王に依頼されたことの一部である。断る理由はない。


「いいわ。忘れさせてあげる」


ぱんぱん、とフォークロアは手を鳴らした。ただそれだけで、アナトの心の中にあるわだかまりは嘘みたいに消失していく。海に憎悪の原液を垂らしたようだ。


「……すごいわね。あなた」

「うふふ、まぁね。ただ、一時的よ。完全に消してあげてもいいんだけど、強い感情は、あなたの人格の一部だから」

「ありがとう、フォークロア」

「You are welcome。それより、聞きたいんだけど」

「えっ? ええ」


フォークロアはにやりと、年相応の好奇心に満ちた笑顔をアナトに向ける。


「ベルとはどこまでいったの?」

「……!」

「好きなのよね。ねえ、どこまでいってるの? どういう関係なの?」

「わ、あ、あぅ……その……ま、まだ、手を繋いだぐらい、かしら」


ぷふーっ、とフォークロアはわざとらしく笑う。


「手ぇーっ? おっくれってるー! 私達はキスまでいったのにーっ!?」


ここぞとばかりに煽りまくるフォークロアに、アナトは苦し紛れに反論する。


「で、でも、抜けがけするわけにはいかないわ。アスタルトに、怒られちゃう」

「あら……やっぱ、そうなのね」


アスタルトがベールゼヴヴを邪険にしていたというか、軽々しく扱っていたのは感じていた。そして心に詳しいフォークロアは、そこにツンデレの気配を感じていた。


「じゃあ、理想系としては、あなたとアスタルトが、ベルと子供を作って、幸せに暮らすって感じね」

「え、あ、そうね、そうなったら、どんなに幸せなことか」

「うふふ、簡単なことよ。手伝ってあげるわ」


アナトにするすると近寄り、フォークロアはアナトのお腹に耳を当てた。温かい温度がじんわりと伝わってくる。


「あなたの胎児の心音を聞くの、楽しみにしてるわ」


アナトは優しい表情で、フォークロアの頭を撫でる。


「ええ、頑張りましょう」


そして、アナトが部屋を去ってから、感慨深く椅子に座り込んだ。フォークロアは、子供について、考えている。

『彼女達』と育む子供について。


「子供かぁ。何人出来るのかしら。4×3で12人? あら大家族」

「子供」

「生物は皆誰かの子供よ。魔物は……どうなのかしら?」

「クロアも誰かの子供?」

「そうねえ、名家の娘と田舎育ちの富豪の……あいつユダヤ系だっけ。まあそんな感じ」


クリスはぼーっと窓の外を眺める。彼女の顔は、徐々にミジネアから離れてきて、別人のようになってきている。それは、フォークロアの知らない顔だった。ひょっとしたら、彼女の親のものなのかもしれない、と、フォークロアはクリスの出自に興味が出てきた。


「クリス、あなた、誰かの子供なの? それとも、魔物って言うからには何かから生まれてきた奴なの?」

「子供……何かから、私が出てきたら、子供?」

「そうね。たとえばホヤの出芽とかも、子供って扱いだし、あなたが何かから出てきたなら、その何かが、あなたの親ってことになるのかも。覚えてる?」


うーん、とクリスは頭をひねっている。おそらく、この変化の性能から言って、スライム系の魔物なのだろう、とフォークロアは推測する。しかしそれにしても、何にでも変身できるというのは些か突出した存在である。変身するものの大きさも数も、自由自在なのだ。


(キングスライム的なやつかしら)


クリスの記憶を辿るのが難航しているようなので、フォークロアは少し手助けをしてやる。彼女の想起を促進する。

すると、はっ、とクリスは何かを思い出したようである。


「思い出した。私の親」

「おー。教えなさい。あなたは、どんな奴から生まれてきたの?」

「私、元々、『それ』を構成する沢山の箱の一つだった。それから、私が生まれた」


やけに遠回しな言い方をするクリスを不審に思いつつも、フォークロアはさらに問う。


「それ、って何よ。どんな種族? 名前とかあるの?」

「種族は分からない。名前は知ってる」

「じゃあ、早く、教えなさいよ」

「うん。でも、フォークロアが、嫌いそうだから」


フォークロアは顔をしかめた。


「何よそれ、嫌いそうな名前ってなによ。いいから言いなさい」

「うん、わかった」


クリスは、その名前を口にする。ややためらいがちに、フォークロアの反応をちらちらとうかがいながら言った。


「ドロソフィア」

「……え?」

「ドロソフィア。私の、母親の名前」

「……なんですって?」


フォークロアの心に、漠然とした恐怖が浮かんだ。それはかなり、久しぶりのことだった。


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