衝撃告白
「リル……ちゃん!?」
剣の切っ先に付いた黒い液体を、剣をひゅんっと振ることで払う。その所作は、何か熟練したものを感じさせた。ついちょっと前までただの女の子だった彼女は、見違えたように勇者然としていた。
「いや痛いヨォ! 痛覚とかないけど痛いヨォ! なんぜなん? 何で初対面の人切れるん!?」
リルちゃんはヒステリックに叫んでいるオパールを見据えると、剣を構えて飛びかかった。彼女の立っていた位置にあった地面が軽く吹き飛ぶ。
「危ナッ」
オパールは手の先から何か植物のような物を大量に生産すると、それをリルちゃんへとぶつけた。大量のツタ状の黒い物はわさわさと蠢いている。それらにリルちゃんが覆われてしまった。
「捕まえたカナー?」
「リっ……」
しかし、そのツタ群は一瞬で横一文字に切り裂かれた。リルちゃんの剣の一振りだ。そしてリルちゃんはオパールに一瞬で距離を詰め、切りかかる。
「おっとっと!」
下から上への鋭い剣をオパールは紙一重でかわした。さらに横に回り込み、リルちゃんに向かって口から何か粉末状の物を吐いた。
「ぐっ」
「魔界のカビの胞子だヨォ。吸ったら全身がカビに包まれて死ッゲホッゲホッ」
自分の胞子にむせりながらも、オパールは勝ち誇ったように笑う。だが、滞留する黒いカビ達もまた、突然吹いた風によって上へと散らされてしまった。
「アラ」
リルちゃんの剣を持っていない方の手のひらには、小さくなっていく竜巻が見えた。あれは……魔法だ。魔法も使えるようになったのか。
「さっさと……帰ってください」
また目で追えないほどの速さで、リルちゃんはオパールに切りかかった。オパールは今度は避けない。むしろ、リルちゃんの振るう剣を手で掴んでしまった。
そして、もう一方の手をリルちゃんの顔面へと向ける。
「帰る? 残念だけど私も君も根無し草だからネェ」
オパールの手から植物の海が出る。しかしその直前にリルちゃんももう一方の手をオパールの顔面へと構えた。
「……ヲッ?」
「『聖正念光』」
夜のテリジオンを太陽のように照らすほどの光が、オパールの頭部を突き抜け空へと上がった。数秒でそれは収束し、後には首から上を失ったオパールがいた。
ドサッとそれは後ろに倒れ、リルちゃんは距離を取る。
「おお、オパール。死んでしまうとはなさけない、ですねえ」
アンバーと呼ばれていた木のような怪物が、倒れたオパールのもとへ行く。そして、その体を持ち上げて自身の枝へと刺した。
「いでぇっ!? なにすんのよアンバー! てか私の首は!?」
やはり、というか死んではいないらしく、背中あたりからオパールの声がする。
「たった今消し飛びました。ここは帰りましょうか。目的は果たせたでしょう」
「そうネッ。じゃ、もどろう」
そう言うと、オパールとアンバーは、足元から消えていく。まるで黒板消しで下から消していったかのように、跡形もなく消えていく。
リルちゃんは特に追おうとはせず、僕の方を見た。
「……フェイさん、街の人を助けましょう。ザイネロさんとエイドールさんが今頑張っています」
そうだ、街はまだ燃えている。突然の出来事で狭まっていた視界が、徐々に広がっていく。この広場からいくらか続いている道にはごうごうと火の手が上がっている。
びっくりするほど、ここは暑い。
「あ、そ……そうだね」
「私も、魔法で消火します。フェイさんも、お仲間さんたちと一緒に」
「うん、わかった」
そして、僕たちは消火活動、救助活動を始めた。無事だった冒険者の人や、城の兵士さんと共に街の火を消し、人々を助けた。
朝日で空が変色し始める頃、ようやく街の火の手は収まった。僕は謎の二人組と戦った広場の、今は水が出ていない壊れた噴水に腰を下ろし、休憩していた。
「ふぅ」
「お疲れ、フェイ」
メアニーが隣りに座った。労う彼女の方が、相当疲弊している。当然だろう、自分の愛する街が焼かれてしまったんだから。
「メアニーこそ、お疲れ様」
「うん、ありがとう」
はぁ、とため息を付いて彼女は街を眺める。
「傷を負った人は、今ほとんどが治癒魔法で治療してもらってる。炭化してる人は、腕のいい魔法使いがやって五分五分って感じかな……」
炭化してる人が五分五分で助かるという事実に驚きを隠せないが、しかし、この街の様子からいって炭化している人がほとんどなのだろう。
「二人とも、お疲れ」
「あ、ティカ」
「お疲れ様ー」
そこに、ティカも加わった。僕達三人は、しばらく座って街を眺めていた。というか、呆然としていた。
「ねえ、彼女は何者なんだい?」
「彼女?」
「ほら、あの、私達を助けて戦った、女の子だよ」
「あー……友達、かな?」
一応勇者であることは伏せておこう。一応。
「じゃあさ、フェイもつもる話があるだろうし、彼女と話してきたらどうかな」
「そうだね、じゃあ」
「あ、ちょっとその前に」
「ん?」
メアニーが、真剣な眼差しで僕を見ながら言う。
「私にかけた魔法を、解いてくれないかな」
「あ……」
そうか、今メアニーは僕の幸運の影響で姫だとバレないようになっている。それを解くということは、街の皆を安心させたいということなのだろうか。
「私は、街が大変なことになっている時にそこに居なかった。ちゃんと、皆に謝りたい」
「いや、それは……」
もちろん否定したかったが、しかし、メアニーがそう思っているのだ。彼女の思いを汲んであげよう。
「……うん、わかった」
「ありがとう」
「じゃあ、各自用事が終わったら、この噴水の広場に集合しよう。そして、色々と話そうか。……色々と。」
「うん」
「……そうだな」
僕達は一旦別れ、僕はリルちゃん達を探し始めた。
どこにいるかな、まあ、適当に歩いていれば幸運で見つかるか。
「それにしても、盛大に破壊されてるなぁ」
街は、鎮火されたものの酷い有り様だ。こんなことを、何故あの黒い二人は行ったのだろう。彼らは魔物なのだろうか。いや、それにしたって、何か目的があるのではないだろうか。
もしくは……それこそ自然災害のように、何の理由もなく、たとえばただ何となくというだけでこんなことをしたのだろうか。
それは……許せないな。
「あ、フェイさん!」
沸々と湧いていた怒りを、透き通った声が遮った。
そして予想通り、前方からリルちゃん達が歩いてきた。その両隣には、見覚えのある二人がいる。両腕の無い綺麗な女性と、真っ白なローブを着た金髪の男性だ。
「おお! フェイ!」
「フェイちゃん!?」
二人は駆け寄ってくる。その雰囲気は、特に変わった様子はない。
「ザイネロさん、エイドールさん、お久しぶりです」
ザイネロさんは紫色の髪を揺らし、さわやかに微笑んだ。
「久しぶりだな。元気そうでなによりだ」
エイドールさんは面白いぐらい目を泳がしてキョドキョドとしている。
「あっ、ああ、久しぶり、フェイちゃん。いや、マジで久しぶり……だな」
「緊張し過ぎですよー? いくらフェイさんが可愛いからって」
「バッ、そ、そんなんじゃねー!」
エイドールさんとリルちゃんの親しげなやりとりに僕は少し驚く。そうか、この三人で旅をしていたんだ。そりゃ、仲良くなるだろう。
「どうだ、立ち話もなんだし、そこの広場で座って話さないか?」
「あっ、そうですね」
「おう、そうだな」
「そうしましょー!」
結局、元の広場に戻ってしまった。噴水の縁に腰掛けて、改めて僕達は話し始める。
「フェイは、どうしていたんだ? 前に別れてから随分時間が経ったが」
「ええと……」
とりあえず、僕は大体のことを話した。アイレス王国のお姫様と共にフォーコイド王国へ行き、世界最高齢の魔物、エン=ティクイティと会ってきたといった内容を。ただ、一応ティカ、つまり怪死竜カオティコルのことは、伏せておく。
「……そうか、なかなか、壮絶だったな」
「あっ、ということは、昨日フェイさんと一緒にいらっしゃったのがお姫様ですか!?」
「うん、そうだよ。……というか、僕は僕でまあ壮絶ではあったんですけど、ザイネロさん、リルちゃんどうしたんですか? 滅茶苦茶強くなってるじゃないですか」
ザイネロさんは苦笑いしてリルちゃんを見た。リルちゃんは照れくさそうに笑っている。
「予想以上に、成長が早くてな。私の技や、エイドールの魔法は全部覚えてしまったよ」
「えぇ……」
流石、勇者といったところだろうか。それにしても、少し前まではあんなにか弱い一人の女の子だったのが、今ではどこか精悍な雰囲気を纏っている。今なら、魔王とも戦えてしまいそうだ。
「エイドールさんと、ザイネロさんの教え方が上手かっただけですよ。でも、強くなれたのは良かったです。これで村の皆も助けられますし、魔王も倒せますから」
「もう、魔王を倒しに行くの?」
「もちろんですよ! もうこんな酷いことはさせません!」
ん、と僕は少し引っかかった。これは、この街の惨状は、魔王の部下達の仕業なのだろうか? 確かに、この世界の情勢はよく知らないけど状況的に判断すれば、街にこんなことをするのは魔王……そんなイメージだ。
「そ、そうだね」
「だが、まだ戦力が足りないな。並大抵の冒険者ならばいない方がマシだが……」
申し訳なさげに僕の方にザイネロさんが視線を送る。
「あ、もちろん、僕も戦わせていただきますよ」
「ありがとう、助かるよ」
うーん……なんだか、変な流れに流されてる気がするな。ティカは明らかにこの襲撃を予想していなかった風だし……。彼女に、伝えられていないのだろうか? だがあの主犯格を彼女は知らないと言っていた。
「俺も、他の殊位冒険者を当たってみるよ。この辺にマロイさんがいたはずだ」
「あっ、その方なら会いましたよ! 臨時救護所にいらっしゃるはずです! 早く行った方がいいと思いますよ!」
僕が言おうとしたことを、リルちゃんに言われてしまった。なんだ、この子もマロイさんに会っていたのか。
「おっ、本当か。じゃあ急がないとなー」
「ザイネロさんも会いに行った方がいいんじゃないでしょうか? 同じ殊位冒険者ですし!」
「ん? ああ、そうだな……行っておこうかな?」
「その方が、いいと思います!」
「よし……じゃあ、またすぐ会おう、フェイ」
「またなー!」
「あっ、はーい」
エイドールさんとザイネロさんは、どうやら魔王との戦いに備えて色々と準備を進めているようで、僕との再会もそこそこにまたその作業へ戻ってしまった。
後には、僕とリルちゃんが残った。
ガタガタと瓦礫を撤去する音が遠くから聞こえる。
「フェイさんに会いたかったんですよー」
「あ、エイドールさん?」
「いいえ! 私がです!」
僕の方に距離を詰めてリルちゃんは密着してきた。彼女は今は鎧を着ておらずシンプルな青いローブのような物を着ている。
そうか、この子まだ僕を女の子だと思ってるのか。
「あはは、それは嬉しいな」
「何だか、冒険してる途中とか、寝てるときとか、たまーにフェイさんの顔が浮かんできたんですよ。その度に、何だか懐かしい気持ちになるんです」
不思議なことをリルちゃんは言う。印象に残りやすかったのだろうか。何だか、リルちゃんは会う度に人が変わっていくというか、成長し続けている感じだ。
どんどん大人になっていくな、この子は。
「不思議だねー」
「はい、不思議です!」
にかっ、と白い歯を出してリルちゃんは笑った。
「……そういえばリルちゃん、魔王って、どう思う?」
「え? どうしたんですか急に」
「いや、ただ単に疑問に思っただけんなんだけどさ……本当に、この街を襲ったのは魔王軍なのかなーって」
漠然とした疑問を、つい僕は口にしてしまった。リルちゃんはキョトンとした顔で僕を見ている。まずいな、これはリルちゃんには聞いちゃいけないことだったんじゃ……。
「あはは、そうかもしれませんね!」
「えっ」
真っ向から否定されるかと思っていたら、想定外の返答が飛んできた。
「確かに、少しおかしな点がありますから。魔王軍の襲撃は、魔王軍直属親衛隊によってしか今まで行われていませんでした。そう、聞いています。ですがそのような目撃情報は、今のところありません」
やはり、そうなのか。
「ですがまぁ、それはいくらでも否定のしようがある話ですし、それに……」
それにと言って、リルちゃんの目が少し鋭くなったのを僕は感じた。
「たとえ魔王がどんな善人であっても、倒さなきゃだめなんだと思います」
「……え」
「しばらくザイネロさん達と特訓して、色々な街を訪れました。ほとんどは……魔王軍に襲われていませんでした。ですが、皆怯えていましたよ。その時私、思ったんです。……人は頭がいいから」
「頭が……いいから?」
「だから少しでも危険があったら、絶対に安心できないんですよ。次はここにくるかもしれない、襲われたら死んでしまうかもしれない。そう考えるだけで、夜も眠れないじゃないですか。だから……魔王はいるだけで、罪なんだと思います」
それは、とんでもなく危険な思想だった。それでは、永遠に人間と魔物が歩み寄ることなんかない。話し合って、解決することはできないのだろうか……いや、それは、僕達の世界にも、言えることか。
「フェイさん、私、人間が好きです」
「え? う、うん」
「だから、人間には安心して暮らして欲しい。できれば、全部の人間を死なないようにできたら一番いいんですけど、それが難しいから、魔王を倒します」
「……そっか」
これは、避けようのない戦いなのだろう。ならば、僕はリルちゃんと魔王の戦いでできるだけ被害が出ないようにするだけだ。
「あ……すみません、何だか真面目な話になっちゃって」
「いいよいいよ、僕も……」
「いえ、私がしたいのは、そういう話ではないんです!」
な、何だろう。リルちゃんは、さっきの話をしていた頃よりも真剣な様子だ。
「ぼかして伝えてみましたが、あまり伝わっていないようなので……」
ずいっ、ずいっと彼女は僕に顔を近づけてくる。そんなこそこそと話さなければいけないことなのだろうか……?
「え、ちょ」
近い、めっちゃ近い! あ、この子よく見たら目の色が不思議な、瞳が、虹色に輝いてる──
「んっ」
「!?」
ふにっとしたそれでいてしっとりした感触が僕の唇から伝わる。温かい……この感覚は、ちょっと前にもあった……ってええええ!?
「ぷは……ふふ」
「えっ、えっ、えっ」
「……私、好きですからね。フェイさんのこと」
「なっ、なっ、なんでっ!?」
僕とこの子にそんな接点があったっけ!? ただ、会って、話して……一緒にちょっと冒険しただけの……。
「好きになるのに理由がいりますか? 私たちは」
「え、その、それは……」
「魔王を倒したら、お返事聞かせてください。幸せに暮らしましょう。で、ではまた!」
呆然としている僕を置いて、リルちゃんは歩いていってしまった。にこやかな笑みと唇の感触が脳裏に残っている。
……状況が、理解できない。彼女は僕を男だと見抜いて告白してきたのだろうか。
それとも……。
「んぁああっ!」
僕は噴水の縁にのたうち回る。空の青さがなんだかうっとおしい気分だ。
この気持ちは何だろう。僕キスされすぎじゃないかな?
僕は本当に男なのだろうか?
むしろ男ってなんだ?
もう……この……情けない感じ!
「フェ、フェイ? どうしたんだ」
「うるさいっ、キスするよっ!」
「え、ええっ!?」
「あっごっごめん!」
勢いあまって僕を心配してきたティカに変なことを言ってしまった。ティカは顔を赤くしてうつむいてしまっている。
「う、その……お前が……言うなら……」
「ち、違う違う」
と、否定してどうも違和感がある。この乙女みたいなリアクションをしているこの子は、あの怪死竜なのだ。あの、青い業火で冒険者達を襲い街を襲おうとした黒い竜なのだ。
「っていうか君……本当にカオティコルなんだよね。僕が……その、倒したよね」
「……そうだな。その通りだ」
「なら、君は、何でこんなことを? 魔王軍はあのままでいいのかい?」
ティカは今度は悲しそうに俯いた。
「……居れないさ。私は、復活初日に倒された弱い竜だ。魔王様の、足手まといにしかならない」
「あ……なんか、ごめん。でも、なおさらなんで僕のところにきたの? 偶然?」
この質問には、ティカはなかなか答えない。かなり悩んだ後、僕の隣、リルちゃんが座っていた位置に座った。
「いや、偶然ではない。あそこにいたのはお前に会うためだ。だが……メアニーにも話すつもりなのだが、私は明確な意志をもってお前の所へ来たわけでは、ないんだ。ただ、魔王様の言葉が、残ってて」
「魔王の、言葉?」
「あれは……私たち魔王軍直属親衛隊が全員が集結した時に、魔王様が言ったんだ。私はその言葉をどう受け止めたらいいか分からなくて、ただ、理由を付けて魔王軍を離れてしまっただけなんだ」
「な、何て魔王は言ったんだよ」
ざあっ、と風が吹いて灰の臭いがした。ティカは、衝撃的なことを言う。
「……『これから戦いが始まる。だが人間を殺すな。魔物を助けろ。我々の敵は……神だ』、と」
僕は、リルちゃんの言っていたことを思い出した。ああ、何となく、僕がとんでもないことに巻き込まれ始めたのは……分かってきたぞ。




