首都襲撃
テリジオンが襲撃まもなく襲撃される。そのエン=ティクイティの言葉に最も反応したのは、やはりメアニーだった。
「そ、それは……!」
「事実だとも。私が言うのだから」
無慈悲に、エン=ティクイティは告げる。僕は、とにかく事態を収束させなければならないと考え、すぐにテリジオンに着く方法を考えた。ここは一日かけて辿り着いた樹海の深淵で、徒歩で戻ると同じだけ時間がかかる。徒歩は無理だ。
クロアが来た方法はどうだろう。
「クロア、君のクリスが全速力出したら、どのぐらい早くテリジオンに着けるかな」
「んー、そうねえ。クリスは私が想像したもの以外は食べたものにしかなれないから、一日はかかるかもしれないわ。私も、アネクみたいに全部の乗り物や機械の構造頭に入れてるわけじゃないから、速く着くのは難しいかも」
「そっか」
んー……参ったな。マイさんがこの場にいれば全部解決したんだけど、いないしなぁ……。瞬間移動の魔法が使える魔法使いとか、近くにいないのかな。
あ、そういえば。
「ティカ。君と僕が『初めて』会ったとき、君瞬間移動がどうとか話してなかった?」
「そっ、そう……だな、話していたな」
「街まで瞬間移動できる魔法ってあるのかな? テリジオンまで」
「ん……それほどの距離となると、『拠点帰投』しかないな。特定の場所に、魔法の印を置いて、いつでもそこに瞬時に戻れる魔法だ」
なるほど、やはりそういう魔法が、ルーラとかそらをとぶみたいな便利魔法があるのか。しかし、この場にその魔法を持っている人などいないだろう。
エン=ティクイティは、何でも魔法を持っていそうだが……まさかテリジオンにその目印を置いてはいないはず、そう思いつつも僕はエン=ティクイティに期待の眼差しを向けた。
「ん? ああ、私はその魔法は持っていないよ」
「あ、そうなんですか……」
「しかし、心配するな。すぐに来る」
「え?」
エン=ティクイティが空を指さした。すると、月明かりに照らされて、誰かがこちらへ飛んでくるのが見えた。誰だ? 白い服だ。手に何か、長いものを持っている。
「あ、あの人は……!」
メアニーが声をあげた。視力が両目とも0.8の僕には、まだよく見えない。しかし、その人物が、あっという間に僕たちの目の前に降り立った時、ついに分かった。
「あなたは……マロイ・バウズハンさん!」
黒い刺繍が入った白いローブを着た、僕ぐらいの年齢の見た目の殊位冒険者。メアニーは、即座に彼の近くに行き、懇願する。
「お願いです! 今すぐテリジオンへ行かせてください!」
「…………」
しかし、それに対してマロイさんは何も答えない。あ、そういえば。
「メアニー、その人女の子が近くにくると固まる人だよね?」
「あ、そ、そうか……」
メアニーが離れると、マロイさんは意識を回復したようで、話しだす。
「ふふ……久しぶりだね、君たち。それに、見知らぬ少女と……君は、エン=ティクイティ、か」
「マロイさん、僕達は今、すぐにテリジオンへ戻らなきゃならないんです。お願いします!」
「ほう、それは大変だ。しかし、僕はまず、君に質問しなければならない。そのために、ここへ来た」
そう言うとマロイさんは、その持っていた長い杖を、僕へと向けた。その目には、いつでも攻撃できる、というような覚悟が宿っていた。
「君は、何者だ。君がレオールの店で使ったあの魔法は何だ。君は、スウォーズィの事件にどう関わっている」
……なるほど、この人は、だからここへ来たのか。僕がやらかした様々なことを調べるために。
「……今、説明している時間はありません。テリジオンが、襲撃されてしまう」
「……信用、できないな」
「本当です! 今、説明に時間はかけられませんが……ただ、僕はあなた達に、この世界の人々に、敵意はない。それだけは、言えます」
む、とマロイさんは考えた。さすがに、これだけで信用してもらうには無理があるか……そう思ったが、僕の背後から、クロアが舌を鳴らす音が聞こえた。タンキングだ。
すると、マロイさんは、急に納得した様子になった。
「ふふ……いいだろう。君達をテリジオンへ送り届ける。調べるのは、その後でもいい」
「あ、ありがとうございます!」
ちら、とクロアに僕は目配せをする。クロアは、にこりと微笑んだ。とっさに、彼女がマロイさんの心に影響を与えていてくれたようだ。
とりあえず、僕はエン=ティクイティに礼を言っておく。
「じゃあ、ありがとうございました」
「ああ、全てが終わったら……また来なさい。その時は色々と、話をしよう」
「うん、分かりました」
全てとは、どこまでのことを言っているんだろう。この人は、何をどこまで知っているのだろう。彼女が微笑む姿は、少女のようだ。たとえ何年生きていようとも。
「うふふ」
クロアがにやにやと、僕の隣りからエン=ティクイティに話しかける。
「私も色々と、お話ししたいわねえ。でも、戻った方がよさそうね。そういう流れなんでしょう?」
「うむ。そういう風に、今世界は流れている」
どういう風に流れているんだ……? しかし、それを聞こうとする前に、マロイさんが準備を終えてしまった。
「よし、いつでも戻れる。行こうか」
彼の周囲に、白く光る円が浮かんだ。どうやらあの範囲にいる人が移動することができるらしい。たたっ、とメアニーがその中に入った。
「フェイ、行こう」
「う、うん。すぐに行こう。街は守りたい」
僕も入る。そして僕とメアニーは、ティカを見た。彼女は、その円に入るのを躊躇しているみたいだ。彼女に関する情報が本当だというのなら、当然だろう。
最初から、出会ったときから彼女に目的があったなら、彼女はどんな目的で僕達と旅をしていたのだろう。僕たちと寝たり、食べたりしていた時、彼女はどんな感情だったのだろう。
「ティカ……君は?」
「わ、私は……」
戸惑っている。クロアは興味深そうに、ティカを見ている。
「ティカ、私たちはもう仲間になったんだ」
葛藤の最中にいるティカに、メアニーが語りかける。僕はその横顔が、とても凛々しく見えた。
「君が何であれ、誰であれ、私たちは仲間になったんだ。君が何かを悩んでいるなら、私たちはそれを一緒に悩みたい。だから、今は、私たちと来てくれないか。その後で、一緒に考えよう。私たちは、もう仲間なんだ」
この子の器の大きさには、敬服させられる。森を滅ぼし魔物を従えるクロアと仲むつまじい僕を当然の如く受け入れ、様々な疑惑があるティカにこんなことが言えるなんて。
メアニーの真摯なメッセージは、ティカに響いたようだ。ティカは、恐る恐る一歩を踏みだし、白い円に近付いていく。
「うふ、うふふ。あなたは不思議な子ね。混沌の申し子だわ。安心しなさい。ベールゼヴヴには言わないから」
「う……」
クロアはにやにやにやと、可愛い顔を可愛らしくにやつかせてティカにそう言った。そして、クリスさんに命じ、彼女を黒い大きな鳥にする。クロアはその上に乗り、僕へ微笑みかけた。
「じゃ、楽しかったわよ、フェイ。本当に楽しかった。大好き。またすぐ会えるわ。また、すぐね」
そう言い残し、飛び立っていく。すぐ、か。いつだろう。はあ……皆僕より、頭が良かったり長生きだったりで、世界を違う風に、より鮮明に見ている。不安じゃないのだろうか、僕のように。
「では……『拠点帰投』!」
マロイさんが杖を振るった。途端に、景色が引き伸ばされていく。思わず目をつぶった。そして、テリジオンの景色をふと思い出す。のどかで、活気があり、平和そうだった。無事だろうか、あの街は。僕はそう祈りつつ、目を開いた。
そこには、炎が広がっていた。
「なッ! こ、これは!」
どこだろう、ここは。いや、テリジオンなのは知っているんだけど……全く、わからない。それほど、炎が景色のほとんどを占めていた。
「……レオールっ!」
マロイさんは、ギュンッと飛行してどこかへ飛んでいってしまった。レオールさんのところへ向かったのだろう。
「と、とにかく鎮火しよう! フェイとティカは水魔法使えるよね?」
「うん」
「もちろんだ」
いや待てよ? 僕の『バブル』は有害なんじゃないだろうか。でも、四の五の言ってられない。火が、火が! 街へ広がっている。こんなに熱いのか、こんなに息苦しいのか……火は。
「『粘液蕭々』!」
ティカが唱えた魔法によって、空から粘液が街へ降り注ぎ、火を削っていく。僕も『バブル』によって、街に広がる火を抑える。しかし、キリがない。これが襲撃によるものなら、原因があるはずだ。
「フェイッ! ティカ!」
目前の曲がり角から、何かが這いずってこちらへ来る。褐色の長い触手のようなものが絡まったものだ。その所々に生えた緑色の薄いものは……葉だろうか。とすると、あれは植物ということになる。
しかし、その塊の中心にある大きな赤い花からは火が噴き出ている。あれは……何だ。
「……いや、馬鹿な。あれは、魔界の花だ!」
ティカが声を上げた。魔界……そういえば、あのウアグとかいう怪物も魔界にいるんだったか。
「倒せるの、あれ」
「ああ……花弁も破壊すれば。私も、見るのは初めてだ」
「あれが、街を燃やしたんだね。私達の……街を!」
メアニーは、僕達が制止する前に駆け出していた。彼女の武器である白銀に輝く剣を振りかざし、魔界の花へ飛びかかった。
「うりゃあああっ!」
しかし、その一閃は花へ届くことなく、蔓で受け止められた。
「くっ」
相当堅い。さらに、剣から属性的攻撃が見られなかった。やはり魔界の魔物はこちらのとは勝手が違うのか。よし、僕がここは。
「待て、フェイ」
「えっ」
杖を構えた僕を、ティカが制した。
「お前の技は……一部は、魔界の生物には栄養だ」
「そ、そうなの?」
「ここは、私がやる」
ティカはそう言って、魔界の花へ近付いていく。僕や、メアニーの助けはいらないのだろうか。魔界の花は、一旦蕾のように収縮し、一気に花開き火炎を噴出した。その火炎に、ティカが飲まれる。
「フェイっ! ティカがっ」
「う、うん……でも」
彼女が本当にあの怪死竜ならば、確かに、任せて良さそうだ。そして火炎の放射が終了し炎が晴れたとき、ティカは変わらずそこに立っていた。一つだけ変わっているのは、彼女の右腕だ。
「え、ええっ!?」
メアニーが驚きの声を上げる。無理もない、ティカの腕は彼女自身の体の大きさを軽々と超す巨大なものへ変貌しているのだ。僕は、あれは一度見ている。凍死竜フリジコルが、ザイネロさんと戦ったときの姿だ。
「……むんっ!」
そしてその黒く刺々しい巨腕は、めしゃりと魔界の花を一殴りし、沈黙させた。ぶわっとここまで風が来る。僕の足下にあった燃えた木くずが鎮火した。
「わぁ……」
「……もう、隠す必要もないからな」
ティカの腕は一瞬で元へと戻り、僕達の方へ気まずそうに歩いてくる。魔界の花はピクピクと動いてはいるが、再び活動することはなさそうだ。
「すごいっ! すごい強いんだね、ティカ!」
「えぅ、あ、ありがとう、メアニー」
天真爛漫なメアニーは、異形の姿を見ても全く臆することなく、ひたすらに賞賛した。ティカは照れくさそうに戸惑っていた。
「よし、この調子でいこう。避難している人がいるはずだ。そっちの援護をしたい」
僕達は魔界の花を飛び越え、先へと進んだ。そこは、ひらけた広場だった。噴水があったのだろうが、粉々に破壊され、ただ燃えた瓦礫などが散乱している悲惨な場所だ。
「うわ、酷いねこれは」
「この広場は、皆の憩いの場所だったんだ。ゆるせない……」
メアニーが悔しそうに唇を噛みしめる。そして、先へ進もうとしたその時。
「……っ!?」
ティカが突然後ろを振り向いた。何事かと思い僕もメアニーも、後ろを、つまり魔界の花があった方を振り向いた。僕は息をのむ。
そこには、二つの何かが立っていた。
「ネエ、見た!? ネエ、見ィ!? あたしぃのお花が……押し花に、押し花にされてたんヨォ! 笑える! 笑える!」
一人は、特徴的な、というか醜悪で腹立たしい喋り方の女性だ。競泳水着のような変な黒い衣装で、不気味なほどに白い肌だ。髪も黒く、しかも光沢が強い。火の煌めきを反射している。
「見ておりましたね。1カメ、2カメ、3カメ、4カメ……ほら、よく撮れております。スーパースロウでもよく撮れております。いいリズム感ですね」
もう一体は、三メートルほどの黒い極度に細い幹のような物にクリスマスツリーのように様々な色の丸い玉が付けられている。それらは泡のように幹の内側から沸き出している。
何となく、僕は悟った。こいつらは危険だ。敵だ。この街の惨禍の元凶だ。
「な、何だ……敵……!?」
「敵だよ、敵に違いない。そうだろう、ティカ……ティカ?」
ティカは怯えていた。彼女が、怯えている。どういうことだ?
「私は、あいつらを知っている……何故か、あいつらが強く恐ろしいということだけ、知っている」
「ふむ……」
何だろう、こいつら……いや待てよ、僕も知っているな、というか、見たことがあるな。こいつら、クロアが遠くを見る魔法で見せた、アネクが街を守って戦っていた相手だ。もう一人黒い男がいたはずだけど。
「オーカーは上手くやったかな? あたしぃ達は上手くやったかな? どう? アンバー」
「ばっちりでございますオパール。他者を蹴落として生き残った者がおります。家族で一人生き残った少女がおります。仲間に庇われて生き残った冒険者がおります。強固な城壁と兵士に守られ生き残った貴族がおります」
「うん、うん、運がいいこと。何よりィ、生きててよかった! 生き残ってよかった! アハハアハハアハハ!」
何を、言っているんだ。こいつらは。とにかく、野放しにしておけない。僕は杖を構える。こいつらは、不幸にしてしまおう。
「フェ、フェイ……?」
メアニーが、僕の表情の変化に気付いたらしく、心配そうに肩に手を置く。
「大丈夫……僕がやる。やれるよ」
その僕の様子を見て、オパールと呼ばれていた女が反応する。
「イヒヒ」
にたにたと、笑いかけてくる。
「さっちゃんはね……さちとしっていうんだホントはね……」
「……っ!?」
「だーけどバケモノだから自分のこーとフェイブルってよーぶんだよ♪」
な、こ、こいつは……僕を知っている、僕をちゃんと、知っている。こいつは……何だ。何故、僕を知っている。僕は動揺した。
その僕の一瞬の隙を、オパールは見逃さなかった。
ガチャリ、といつの間にか彼女は手に無骨なハンドガンを構えていたのだ。
「笑えるね、さっちゃん♪」
そして、その引き金を引───かなかった。
「いっ?」
「え」
オパールの右腕は、切り落とされ、地面へと落ちていた。切り口から、黒い液体がどぼどぼと漏れ出す。な、何だ? 何が……起きたんだ。
「大丈夫ですか、フェイさん」
僕達と少し離れたところから、声が聞こえた。そこにいる人物は、剣をちょうど今鞘に収めているところだった。僕は、彼女に見覚えがある。
「テリジオンが襲撃されたと聞いて、飛んできました。間に合って、良かったです」
「き、君は……!」
黒い短髪に幼げな顔立ち、そして新しく手に入れたであろう鎧と剣は、不思議と合っており、勇ましい。
「リ、リル……ちゃん!?」
「お久しぶりです、フェイさん」
そう、そこに立っていたのは、勇者リル・ピルグリムその人であった。




