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 清廉の間は御殿医の勤める通称「医院」と呼ばれる王城南に位置する塔の中腹階にある。国賓や貴賓が王城滞在時医院にかかる場合に通される豪奢な病室と言えばわかりやすいか。


 御子はその豪奢な病室のふかふかなベッドの中でもぞもぞとうごめいていた。



(くっそが……手も足も太もももベッドに縫い付けかよ! 頭も固定に猿ぐつわかよ! 私はどこぞの犯罪者か!)



 まったくもって納得いかないと彼女は憤怒の形相でうごうごと芋虫がもがくように身体をくねらせたが、あまりに動かないのでぐったりとベッドへ沈んだ。斬った首も痛むし身体の位置が固定されているので血がうまく巡らず全身と内臓が地味に痛む。



(思った通りの扱いだわドチクショウめ……逃げねば、せめてここからなんとしても逃げねば)



 御子はいまだに力を失わず、頭の横できゅいきゅい鳴きながら時折彼女の頬を舐める小さな獣に目を向けた。


 邪神が産みし穢れた獣。毛は黒く禍々しい障気を放ち、暗闇に光る赤い眼孔は恐ろしく人や獣を喰らい地を汚す邪神の使徒。彼女は道中でその穢れた獣をどれだけ屠ってきたか。



(こうしてみると……人間なんかよりよっぽど可愛いよね)



 彼女は頬を舐める穢れた獣にすりより自身のこれからを考える。近くには人の気配がなかった。もし誰かいたならばこの小さい獣はすぐさま討伐されただろう。邪神の使徒は時の経過で成長していく。今は小さくとも、時が経てば強大な穢れを撒き散らすのだ。


 それと対峙した時は恐ろしくそれだけで死ぬかと思った。穢れた獣は敵である彼女を正確に狙ってきたから。


 邪神を封じ込めた今、彼女から邪神の気配がするのかはたまた彼女から産まれ出でたせいか、獣は彼女に従順であった。



「……」



 御子はきゅいきゅいと鳴く獣をしばらくじっくりと見つめた。穢れた獣は彼女を見つめ返し、不思議そうにきゅいっと一声鳴く。


 御子はそうしてしばし思案したあと、獣の赤い瞳を見詰めて意を決したように声を漏らした。



「ンーッ! ふぁぐふぃふぇっ」


「きゅっ」


「ふぁふぁふっ? ふぁふふふぉっ」


「きゅいっ」



 なにやら猿ぐつわを噛まされたまま間抜けに鼻息荒く訴える御子に、獣はさも「ガッテン承知だぜ!」と言うかのごとく、どことなくキリッとした表情で鳴くと、猛然と彼女の頬をペロペロ舐めだした。



「ふぃふぅがっふぃふぁがーっ」


「きゅいっきゅいっ」



 御子は必死に訴え固定されていながらもなんとか首を振るが、獣は動く彼女の頬を追い掛け尚もペロペロと高速で舌を動かした。御子は暫くそうしてふがふがと唸った後やはりぐったりとベッドに沈んだ。獣は短い尻尾を振りながら動かず舐めやすくなった御子の頬をご機嫌で舐め回す。



(違う違ーう! 舐めるんじゃなくて、せめて片腕の拘束をだな……といて……獣と意志疎通出来るかもと信じた私がアホなのか)



 穢れた獣に舐め回されつつ、御子は遠くを見るように天井を眺めた。はやくなんとかしなければ、そのうち様子を見に誰かしら来るだろう。そうしたらこの獣も討伐されいよいよ涙も流さぬよう水晶に生き埋めにされるか。



(はやく、はやくなんとかせねばっ)



 状況を打破すべく、意味はないが気合いを入れてふんぬと歯を食いしばる彼女の頬が一瞬膨らみ、まだペロペロと彼女を舐めていた獣が驚いて「きゅいっ」と鳴いた瞬間、彼女の頬に痛みが走った。



「ふぃいっ!?」


「きゅいきゅい」



 穢れた小さい獣がおろおろと彼女の頭のまわりを動く。小さくとも邪神の使徒ということか、獣が鳴いた瞬間鋭い牙が彼女の頬をかすめ線のように傷を作った。


 つ……と赤い筋から血が流れた。流れた血がふかふかとした枕を汚し、涙から現れた獣など比べようもない大きな穢れた獣が姿を現す。大きな獣は彼女の枕元に座り、静かに動けぬ御子を見下ろした。小さい獣が必死できゅいきゅい鳴きながらやはり彼女の頬を舐める。大きな獣は小さい獣の首元をおもむろにくわえると、首を振って小さい獣をベッドから放り出した。



「きゅいぃっ」



 大きな獣に投げられ放物線を描き、べちょりと小さい獣が床に落下したが御子には確認のしようもない。暴れるでもなく静かに枕元に座る大きな獣と目を合わせた御子は、その瞳に知性を感じたような気がして先程小さい獣相手に失敗した事をもう一度試してみた。



「ふぉふぇふぁい、ふぉーふぉふふぉ、ふぉふぃおっ」



 解読が難しい御子の鼻息の荒い言葉に大きな獣は「承知仕りました」と言うかのごとく、どことなくキリッとした表情で頷くと彼女の頬の傷をペロペロと舐めた。



(うん、ですよね)



 御子ははやりどこか遠くを見るように天井を眺めたが、頬の傷を舐める大きな獣の躯がたわむのを感じるととっさに身を強張らせた。長年争ってきた経験から穢れた獣がたわむ時は何か攻撃の前なのだと、反射的に身体が強張る。


 大きな獣が四つ脚の一本を振り上げた。彼女は獣が自身を殺し邪神を復活させるのだと思った。



(あぁ、くそ! 結局わたしはっ)



 固く瞼を閉じ、きたる衝撃にそなえるが内心は諦めに満ちている。どうせ死ぬならば自らの手でと思っていたが、考えてみれば獣は彼女の血から現れたのだから一緒かと、御子が身体の強張りをといた瞬間、大きな音と衝撃が彼女を襲った。


 清廉の間には息を乱しに乱した王と近衛兵と、近衛兵に背負われて三半規管に負荷がかかり今にも胃を逆流させそうな御殿医が扉を蹴破り乗り込んでいた。


 扉を丁寧に開ける間も惜しみ体当たりした王は、いつの間に現れたのか穢れた大きな獣が御子に向かい四つ脚の一本を振り上げる場面を目撃する。



(間に合わぬ!)



 御殿医を背負っていた近衛兵は御殿医を床に落とすと腰に差していた剣を引き抜き駆け出したが間に合わないのは誰の目にも明らかだった。


 耳を破るような轟音が響く。音とともに木片が散らばり近衛兵は目を守るために顔を腕でおおい、脚をとめた。清潔を保たれ塵一つ落ちてない清廉の間に羽毛と木片の塵が立ち込める。


 大きな獣の脚は狙いを寸分違わず、丈夫なベッドを粉砕した。


 この中で一番驚いた人物はベッドに貼り付けられていた御子である。彼女は獣の腕が己へ振り下ろされるのを覚悟し、脱力した瞬間粉砕されたベッドから投げ出され、もんどりうって床に落ちた。木片であちこち傷がつき、流れた血から穢れた獣が次々と現れる。


 呻く御子を取り囲み現れた数匹の獣は、剣を構える近衛兵や厳しい表情の王、事態が飲み込めず固まる御殿医を前に醜い唸り声を上げ鋭い牙を向く。じりじりと前進し近衛兵との距離を詰めていた。



「御殿医よ、人を呼んでくるのだ」



 いつ戦闘になるかもわからない緊張状態のなかで、まったく戦力にならない御殿医を王はこの場から離脱させるべく静かに御殿医を蝶番の外れた扉へ引きずっていく。


 近衛兵と数匹の獣の距離はじわじわと詰められていた。獣の後ろでもがいていた御子は、ようやくと何が起こったのか悟り繋がったままだがなんとか動く手で脚の拘束と猿ぐつわを取り外すと、己の横で小さな牙をむいていた獣を掴み窓に駆け寄る。



「御子様!」



 御子に気を取られた近衛兵が獣から視線を外した一瞬を獣どもは見逃さなかった。いっせいに近衛兵へと群がり、なんとか応戦する近衛兵の顔に濃い焦りの表情が浮かぶ。


 御子は窓を開け放ち、窓枠に手をかけるとそこに登り凪いだ目で室内をみた。ひたと王に視線を固定をすると、糸のように目を細める。



「もういいよ。けして私に近寄るな」



 御子が声を出すと、獣どもは近衛兵から離れ窓に集まって近衛兵を威嚇する。そこへやっと追い付いた大臣と宮殿魔術師が蝶番の壊れた扉を見て驚き、窓枠に立つ御子を見て顔を強張らせた。



「御子様!」


「危のうございます! こちらへ!」



 近衛兵と息を切らせた宮殿魔術師が一歩御子へ近寄る。すると彼女は窓枠より身を乗り出し、ただ一言「それ以上近寄るならばこのまま落ちて邪神を甦らせる」と近衛兵と宮殿魔術師の脚を床へ縫い付けた。



「御子よ、誤解なのだ」



 王は顔を強張らせたまま御子を刺激しないように静かな声を出す。御子は王に向かい嘲りの笑みを漏らすと、片腕に抱いた穢れた小さい獣に頬を寄せて呟いた。



「返答は、目覚めた時にいただきました」



 御子を拘束しておくよう指示を出した大臣は顔色を真っ白にし、息すら出来ぬ有り様でただ事態を見守った。



「待て、待つのだ。致し方なかったのだ。けして我等はそなたの」


「ウソツキ」



 王の必死の言葉を、御子は暗い表情で遮る。何か言葉をかける度に彼女の表情は暗く憤怒に満ちた。



「私がその言葉を信じると思ったか」


「御子よ! そこから降りるのだ! 我等には言葉が足りぬだけなのだ!」


「もう、いい。人よりも獣の方が私には優しかった。それがアナタ達の答えなのだろう」



 御子は静かに目を閉じた。王や大臣や、他の誰でも、この世界の人々を見るたびに例えようもない怒りや憎しみにかられ平静を保っていられなかった。一度噴出した感情は今までどう抑えつけていたのかもわからない程彼女のなかを渦巻く。



「私は疲れた。もう疲れたのです」



 御子の腕から力が抜け、彼女の髪を風がかき回す。現実味もなくゆっくりと御子の身体が空中に投げ出され、御子を取り囲んでいた獣どもも次々と窓から御子を追っていった。


 近衛兵は間に合わないとわかっていながら窓に向かって走る。



「御子様ァ────!」



 彼は悲痛な叫びを上げ窓に向かい必死で手を伸ばした。驚異的な身体能力で距離を詰めたが、彼の手は風にはためく御子の服を掠めたのみであった。いやにゆっくりと流れた時が加速する。御子は穢れた獣どもに囲まれながら、空中を落下していった。




この様な拙い文章にお気に入り誠にありがとうございます。とても励みになります。

もし誤字脱字ありましたらお知らせいただければと思います。その他質問疑問感想等ありましたら今後の展開に障りがない程度にお答えいたします。

ここまでお読みいただきありがとうございました。よろしければ今後ともよろしくお願いいたします。

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