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帰る場所は海の底  作者: cat-run
第一章 海底世界

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プロローグ 決意

第一章 海底世界

       プロローグ 決意


 とある学校の教室にて。


 時刻は昼の1時を過ぎたところ。

 

 昼休みを迎えた生徒たちは友達と喋ったりスマホでダンス動画を撮ったりしていて教室内は大変にぎわっている。

 

 そんなにぎやかな雰囲気とは対照的に、教室の隅の席では一人の男子生徒が机に突っ伏していた。


 時折、ほかの生徒がそちらにちらりと視線を向けるが何事もなかったかのように向き直る。

 少年に話しかけようとする者は誰もいない。

 そして少年もまた机から顔を上げようとしない。


 カツカツカツ……


 そんな中、二、三人の足音が少年に近づいてくる。


 少年がピクリと反応する。自分のもとへ寄ってくる三人組に心当たりがあった。勘違いであってほしかった。


 足音が目の前で止まる。


「よぉ、ぼっち!」


 嫌な予感は的中した。少年にとってこれほど聞きたくない声はない。


「おい、聞こえてるか?耳なくした?」


 けらけらと笑いあう三人組。


 少年は恐る恐る顔を上げる。

 案の定、目の前には見覚えのある顔が三つ並んでいた。


 声をかけてきたのは、三人組のリーダー格である金髪の少年だった。


「相変わらずの間抜け面だな。どうよ? このあと飯行かね?」


 優しそうに笑いかけてくる。軽いノリで、まるで友達のように話しかけてくる。


 しかし少年のエメラルドグリーンの瞳には、そんな彼の姿が憎悪とともに映っていた。


ーーいつものことだ。


 この三人組が何を考えているのか、少年には手に取るようにわかる。


 この三人とともに駅前のファミレスへ行く。


 セルフサービスの水を四人分取り、食事中は三人の会話のキャッチボールを聞きながら黙々と食べる。


 そして最後には、ドリンクバーなどが上乗せされた伝票を持たされ、四人分の会計を済ませる。


 彼らが決して善意で誘ったわけではないというのはわかっている。


 それでもーー。


 少年は黙ってうなずいた。


 首を横に振ったら、逆らったらどうなるかももう知っている。


「オッケー! 決まりな。 いつもの場所、いつもの時間な!」


 金髪の少年は笑っていたが、その目は「遅れたり逃げたりしたらわかってるな?」と言っているようだった。


 三人組は満足そうに笑い、少年から離れていく。


 傍から見れば、一人ぼっちの少年を食事に誘う、優しくて気の利く少年たちに見えるのだろう。


 周囲の生徒は、それで納得したふりをしている。


 ーー自分たちは巻き込まれたくない。


 ただそれだけなのだ。


 誰もが結局のところ自分のために生きている。


 世界は残酷で不平等だ。


 俺だって普通の生活がしたいのに……


 そんな世の中への不満を少年は心の中に吐き捨てた。


 やがて、昼休み終了のチャイムが鳴り、生徒たちがあわただしく動き始める。


 ーーこれがいつもの日常だった。


  学校が終わるとアルバイトへ向かう。

 接客は得意ではないが、それ以外の作業なら淡々とこなすことができる。


 バイトを掛け持ちして稼いだお金は、奴らに吸い取られる。


 そしてまた働く、働く、働く、働く。


 そんな負の連鎖から脱出することができないまま少年は生きている。

 一生こうして搾取され続ける人生を送るのだろうか。そう考えない日はなかった。


 その日もファミレスに向かう前に、コンビニで金を下ろした。


 財布の中身を確認しながら店を出る。


 そして路地に差し掛かった、その時だった。


 ガシッ。


 突然肩を掴まれたと同時に少年が振り返る。

 

 そこには知らない学ランを着た見知らぬ顔が三つ並んでいた。


 ーーどこのチンピラも三人組なのか。


 そんなくだらないツッコミをしている場合ではないというのに、少年の頭は恐ろしいほど冷静だった。


 少年は黙って、相手の言葉を待った。


「なあ、にいちゃん。金、貸してくれね?」


肩を掴んでいる大柄な男が似合わない猫なで声で聞いてくる。


 チンピラは三人組であるというトリビアに「金欠」という要素も追加した。


 それにしてもーー。


 ラグビー部だろうか。


 男はやけに体格に恵まれている。


 自分もこれくらいの体格だったなら舐められずに済んだのだろうか。

 絶体絶命の状況だというのに、少年はそんなことを考えていた。


「なあ、黙ってねえで、何とか言ったらどうなんだ」


 どうやら、この単細胞はこちらが黙り続けていることに痺れを切らしたのだろう。


 左手で胸ぐらを掴まれる。

 

 次の瞬間ーー。


 右拳が少年の左頬を打った。


「……っ」


 衝撃に、少年の身体がぐらりと揺れる。


 腰から力が抜け、そのまま地面へ崩れ落ちた。


「おい、やり過ぎじゃね?」


 三人組の中でも細身の男が、デカブツを制する


「このバカに、うまく生き残るコツを教えてやってるんだよ」


 薄暗い路地の中では、男の顔はよく見えない。

 ただ、僅かに酒の匂いがした。

 未成年なのかどうかはわからない。

 

 だが、そんなことはどうでもいい。

 

 今この瞬間。

 

 少年の中には、確かな怒りがあった。

 

 ーー許さない。


 こいつらを社会的に抹殺してやる。


 しかし、現実は漫画やアニメのように都合よくはいかない。

 

 「なんだその目。 なに? やんの?」

 

 これまで笑いながら様子を見ていた男も口を開く。


 その一言で先ほどまでの怒りは体の奥へ引っ込んでしまった。


 もう殴られたくない。

 頬の痛みを感じながら少年は直感的にそう思う。

 

 恐怖に身体が支配され、少年は立ち上がることすらできなかった。


 ポケットから財布を抜き取られた。ーーゲームセットだ。


 現実はどこまでも非情であった。


 少年は夜の街をよろよろと歩いていた。

 痛みと怒りで今すぐにでも叫びだしたい気分だった。

 少年はピタッと足を止めた。

「ふざけんなよ」

 何度も何度も何度も。


 違う。こんなのはいつものことではないか。

 

 少年の口から乾いた笑いがこぼれる。


 


ーー疲れた。


 どうせファミレスへ行ったところであいつらに殴られ蹴られするだけだ。


 ならいっそ……


 少年の中で何かが切れた。


 正直、今回の一件だけでこの選択をするのは非常にばかばかしいと自分でも思う。それでもーーもう限界だった。


 気づけば走っていた。

 決意が揺らがないように。


 ザァ……。

 ザァ……。


 一定のリズムで繰り返される波の音は、不思議なほど心地よかった。


 ここは、町はずれの海浜公園。


 夜だからか、人はほとんどいない。


 海風が頬を撫でる。


 潮風が鼻をくすぐる。

 

 少年はまた歩き出す。高台に向かって。

 

 高台に着くと木の柵に寄りかかり、月明りに照らされた海面を見下ろす。 ふと、そこに映った自分の姿を見た。


 ひどくやつれた顔をしている。しかし、一番目を引くのはエメラルドグリーンをした瞳だった。


 少年はこの瞳が嫌いだった。

 いじめの発端ともいえるこの瞳が……。


 しかし、そんなことはもうどうでもよかった。


 木の柵に足をかける。

 

 不思議だ。

 ようやく解放されるというのに、嬉しさを感じない。

 ここまで追い詰めた奴らへの怒りも、死への恐怖心も、この世界と別れることへの悲しみも、明日という未来も……。


 もうどうでもいい。

 この黒い海の先に何があるのか少年は知らない。

  

 海へ向かって一歩を踏み出す。


 そしてーー。

 

 少年の姿は、黒い海へと消えた。

 

 

 

 


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