065.低呼吸生命維持という名のアーツ
フェルネは、魚の運搬方法について頭を悩ませていた。
「鮮魚のまま運ぼうとするから、時間がかかれば傷んでしまう。それなら、冷凍してしまうか……。」
しかし、すぐに別の問題が頭に浮かぶ。
「冷凍設備が必要になるわね。それに、冷凍した魚を運んだ場合、どの程度まで品質が落ちるのか……。」
「冷凍なら、長時間の輸送や保管には向いていると聞くが、鮮魚に比べれば食感や風味が落ちるぞ」
隣にいた文官が、思わず口を挟んだ。
「あっ、すまない。聞こえたものだから、つい。」
「いえ。ありがとうございます。」
フェルネはそう答えながら、冷凍という案にも欠点があると理解していた。
「冷凍による劣化を考えると、魚を生かしたまま運ぶ方が良さそうね。そうなると、水槽と大量の水が必要になる。長期輸送だと不利になる……。」
フェルネは、どちらの案を採用しても欠点があることに頭を抱えた。
「生きたまま運ぶから難しいのだろう。なら、仮死状態にすれば、水の循環や交換も減らせるのではないのか。理屈は知らんが、研究者が言ってたぞ。」
文官の一人が提言する。フェルネは思わず前のめりになった。
「それって、どういう事ですか。」
「仮死状態……死んではいないが、生きているとも言い難い状態にする技術らしい。研究者の間では、ふざけて『半殺し』って呼んでいるやつですな。」
「具体的には?」
フェルネは、更に詳しく尋ねた。
「怖いから、そんなに前のめりにならないでくれ。死なないために必要な活動だけを残すアーツがあるんだ。まだ実験段階だがな。詳しくは、研究所のフォルシェンってやつに聞くと良いだろう。」
「フォルシェンね。早速尋ねてみるわ。」
「おい、今日はもう遅い。尋ねるなら明日にしろ。……って、行ってしまったか。」
フェルネは猛ダッシュで去ってしまったので、文官の声が聞こえていなかった。
その日の夜。 フォルシェンの研究所では——
「フォルシェンは居る?」
フェルネは扉をドンドンと叩く。
「こんな夜中に誰だ? 借金取りがここまでやって来たのか。」
フォルシェンは扉を開けると、すぐにピシャリと閉めた。
「ちょっと待ちなさいよ。」
フェルネは慌てて扉を開けようとする。
「こんな美人なメイドが、うちみたいな、むさ苦しい研究所に来るわけないだろ。何かの間違いだから帰ってくれ。」
「私は、あんたに会いに来たのよ。」
その返事で、扉の抵抗が一気になくなる。フェルネは思わず尻餅をついた。
「いたた……あんたねぇ。」
「初対面で会いに来たなんて……。逆プロポーズは止してくれ。」
「初対面で、誰が逆プロポーズするのよ。勘違いも甚だしいわ。」
「ははっ、軽いジョークのつもりだったが。もしかして、真剣だったのか。」
「だ……誰が、あんたなんかを……。」
フェルネはムッとするが、フォルシェンは、ニコニコして対応した。
「まぁ、何もない所だが、入ってくれ。」
フェルネが中に入ると、そこは異世界のようだった。足場は書類が散乱しており、壁には資料がピン留めされている。部屋の中央には、大型の機械が主のように占拠していた。中には「入るな危険」の札までついている。そして、部屋の端にあるテーブルに案内されると、フェルネはため息をついた。
「どうして、こんなに散らかっているのですか。」
「散らかっていねぇ。ちゃんと整理して置いてあるんだ。」
フォルシェンは整理していると言うが、誰がどう見ても散らかっているようにしか見えない。
「で、用件は何だ? 」
「あんたのお出迎えのせいで、用件を忘れる所だったわ。『半殺し』について確認したい。」
フェルネの返事にフォルシェンは驚いた。
「半殺しだと……。借金の返済だけでは飽き足りず、半殺しにされるのか。」
「違う。半殺しと呼ばれているアーツの事よ。」
フェルネは慌てて訂正する。
「あぁ、周りが勝手に半殺しって名付けているアレね。迷惑なんだよな、半殺しって名付けられて。」
フォルシェンは不機嫌そうに口にする。
「では、半殺しではないと……。」
「そうだ。『低呼吸生命維持アーツ』という名前があるんだ。もっとも、半殺しという物騒な名前で喜んでいるのは、リディアなんだけどな。覚えやすいってのもあるらしい。」
「あなた……お嬢さまを呼び捨てにするなんて……。」
「お嬢さまだぁ? ははっ、確かにお嬢さまだな。だが、俺にとったら、リディアはリディアだ。」
フォルシェンは笑って答えた。
「あなたは一体、お嬢さまとどういう関係なのですか。」
「俺……? 俺とリディアは旧知の仲だぜ。昔は研究者として王城で働いていたが、リディアにクビにされた、しがない研究者だ。」
「どうして、クビに……?」
フェルネは思わず尋ねてしまった。
「あぁ、これの研究に時間掛かってな。上から予算は出せないって言われて中断になってしまった。だが、俺はどうしても完成させたかった。だから、王城の設備を勝手に使って研究を続けた。その結果がこれだ。」
フェルネは、ただ黙って聞いていた。
「だが、リディアは個人的に融資してくれた。後から聞いた話だが、昔の高い税率は、研究費を捻出するためでもあったらしい。もちろん、俺の研究も対象だったからな。税率が下がった後は、融資も打ち切られた。今思えば、研究に区切りをつけろということだったのかもしれんな。」
「そう……。ところで、このアーツは魚でも使えるの?」
フェルネは、急に本題にすり替えた。
「もうちょっと話させてくれよ。って言っても、仕方がないか……。魚が有効かどうかは分からんな。ラットでしか試してない。試してみるか?」
「ええ。今から出来るかしら?」
「良いねぇ。じゃ、早速実験してみるか。」
フォルシェンは、喜んで実験を開始した。




