001.異世界転生
「こ……ここは。」
「ようやくお目覚めになられましたか。私は女神、エレノア。そして、ここは神々が集う場所。また、あなたの処分を下すところ。」
そう聞いた途端、息苦しくなった。一度に多くの情報を詰め込まれても理解が追いつかない。
「私は何もしていない……。だから、処分される覚えもない。」
「大丈夫よ。あなたはもう、今世には存在していないのだから。そうねぇ、まずはあなたの名前を確認しようかしら。」
「私の名は……、リディア・エマ・アストレイよ。タリアン王国の王女よ。」
私は、ドヤ顔で返事する。さすがに自分のことを知らない人がいるわけがないだろう。すると、エレノアはクスッと笑った。
「その名前は、今からあなたに授けられる名前ですわよ。前世の名前は既にお忘れなのかしら。」
そう言われて、私はハッとする。そう言えば、一日中パソコンに向かっていた気がする。
……何をしていたんだっけ?
画面。コード。大量の設定資料。
そして――
「……ゲーム?」
ぽつりと呟いた。
「一体、私が何をしたというの?」
「あなたは、これからリディア・エマ・アストレイとして存在してもらいます。それがどういう意味かはお分かりですよね。」
「いや、分かるわけないだろ。」
「いずれ分かることでしょう。なので、私からは何も言いません。では、生まれ変わったリディア・エマ・アストレイ。良い人生を。」
エレノアが持っていた杖を高く振り上げる。
すると、私の身体は虹色の光に包まれ、意識が遠のいていった。
——私が、リディアとして生きる?
——じゃあ、元のリディアは誰なの?
そんなことを考えている自分に気づいたときには、とある部屋のベッドに横たわっていた。
数人が横になれそうな大きなベッド、天井には、どこから持ってきたのかと思うほど豪華なシャンデリアまで吊るされている。周りには、これまた豪華なソファーや鏡台が備え付けられている。極めつけは、その広さだ。体育館と見間違えるほどだった。
(本当に転生している……)
恐る恐る鏡で自分の姿を見てみる。
「ん……、この顔はどこかで見たことがある。」
自分の顔なのだから、見たことがあるのは当然だ。
なのに、なぜか妙な既視感がある。
「違う……。そういう意味じゃない。」
鏡の中の少女を見つめる。
私は、この顔を知っている。
でも、それは鏡で見たからじゃない。
「私が初めて作ったキャラクター?」
そんなことがあるはずがない。きっと何かの偶然だ。そう思わないと自分が自分でないような気がする。
「失礼します。」
ドアのノックと同時にメイドが入ってくる。
「今日のご予定ですが……。」
メイドの言葉を遮るかのようにリディアは予定を詳細に話した。
「完璧です。私どもも知らない情報までご存知とは恐れ入ります。」
やはり、ゲームのシナリオ通りに進んでいる。なので、この先どうなるかは私には分かっている。
「まぁ、良い結果を持ち帰ることを期待しておけばいいですわ。」
「あ……はい。午後からの会談は我が国にとって大変重要な事案ですから。」
メイドはリディアに深くお辞儀をする。午後の会談で不良在庫となった軍事物資を隣国に売りつけるなど誰も思わないだろう。
(ふふっ、頭のいい人は考えることが違うのよ。)
「で、今日の朝食は何かしら?」
「はい、フィレ肉のソテーでございます。」
「あん、朝からそんな物を食うのかよ。」
リディアは不機嫌な返事をする。その様子を見たメイドは、顔を真っ青にしながら小声で答えた。
「お嬢さまのご命令でしたから。」
どうやら、私が転生する前の出来事らしい。未来は分かっているのに過去は分からないということなのか。このままリディアとして生きていくのは大変な気がしてきた。私は、まだこの世界のことをよく知らない。なので、ここは素直に謝っておいた方が良さそうだ。今は周りに敵を作りたくない。
「そ……そうだったかしら。自分の言ったことを忘れてしまってごめんなさい。」
「い……いえ、申し訳ございません。」
「あん、こっちが謝っているのに、何で謝り返すんだ。」
「お嬢さまが謝られること自体がおかしいのでございます。今までにない出来事で、正直困惑しております。ご機嫌を損ねられると何人もの使用人が解雇になりますので。」
(元のリディアは、どんな性格だったんだよ。こんな人間に転生したってこと自体が懲罰だわ。)
私は、リディアを知らない。だが、理不尽な態度をとっていた過去のリディアを知ろうと思う気はなくなっていた。
「朝食は、パンが良いですわ。」
私は、ご飯とパンなら、断然パン派だ。サクッと食べてコーヒーを胃に流し込む。それが私のルーティンだった。
「は、はい。フィレ肉のソテーを下げ、急ぎ用意いたします。」
(えっ、ソテーを下げる。いやいや、それはそれで出してもらいたい。なかなか食えない物を下げられてしまうのは寂しい。)
私は慌てて返事する。
「ソテーも出してちょうだい。もう作っているのでしょう。捨てるなんてもったいないこと出来ませんわ。」
「しかし、お嬢さま。パンにフィレ肉のソテーはお口に合わないかと。」
「いいの。せっかくだから、フィレ肉をパンに挟んでちょうだい。あと新鮮なレタスもね。」
「そ……それって、どういう料理ですか?」
メイドはキョトンとした顔でリディアに質問をする。
「そうね、サンドイッチというものよ。」
サンドイッチというには高級すぎる感じがするが、間違ってはないだろう。
「サンドイッチ……。お嬢さまの考案でしょうか?」
「いえ、皆さん一度は食べたことがある食べ物ですわ。」
リディアの一言にメイド達は、ひそひそと話し込む。
「食べたことある?」
「そんな物、食べたことないわよ。そもそもフィレ肉すらないのに。」
だが、後に王国内で「サンドイッチ」と呼ばれる料理が誕生することになるとは、このときの私は知らなかった。




