エルヴィンの忠告
断食前だからか、多くの商店が早々に閉まっているらしい。
「朝に開店して、昼前には閉店してしまうんだよね。面倒ったらないよ」
さまざまな商品を扱う雑貨店は営業しているようで、買い物を勧められる。
「あのお店だったら、最低限の商品はあるからさ!」
「エルヴィン、私は特に必要とする品は特にありませんので、お気になさらずに」
「え、嘘!? いいの? ここが自由に買い物できる最後のお店なんだよ!?」
「ええ」
エルヴィンから信じがたい、という顔で見られる。
「アルヴィ、荷物は? それだけ?」
「はい」
「鞄の中に、お菓子とか非常食とか、たくさん入っているの?」
「いえ、鞄の中は換えの下着や常備薬、日用品などです」
「だったら現地に届くとか?」
「頼んでいませんが」
正気か、という顔で見られた。
いったいどういうことなのか、理解に苦しむ。
「その、何か問題でも?」
「大問題だよ! 神学校では清貧――私欲を求めず、争いを避け、正しい行いをすることを美徳とされているんだ! 常に空腹なのは当たり前! お菓子なんて食べることはできない! 食料を隠すなんてもっての他! そういう場所なんだよ!」
神学校での毎日は満たされない何かとの戦いで、もっとも辛かったことは食事を満足に食べられないことだという。
足りないと訴えたら最後。
神への信仰が足りていない証拠だと叱られてしまうようだ。
「春は食事抜き、夏は日照りの下での労働、冬の冷たい湖に入って精神を浄化させられるんだ! あれほど辛い思いをしたことないよ。わかってる?」
「ええ、神学校はそういう場所であると認識しておりました」
何か問題でも、と訊ねるとエルヴィンは頭を抱えながら言った。
「ああ、そうだ。アルヴィはもともと禁欲的で真面目な性格だったんだ」
「そこまではないと思いますが……」
エルヴィンとはそこまで頻繁に会っているわけではなかったものの、私のことはよくわかっているという。
「アルヴィ、神学校への入学は君にぴったりなわけだ」
「はあ、さようでございましたか」
私だったら大丈夫、耐えきれると言われてしまった。
馬車に乗り込み、聖都シエルまで移動する。
到着まで約八時間。
エルヴィンは暇を潰すように、神学校時代の話を聞かせてくれた。
誰か一番上手くお菓子を隠せるかとか、裏庭でこっそり野菜を育てて収穫したこととか、親に暗号を送って食品をこっそり送らせたりとか、楽しいこともそこそこあったという。
けれどもそれ以上に辛いこともあったようだ。
「俺はさ、劣等生側だったんだ。意味、知ってる?」
「ええ」
エルヴィンは忌々しい、と言わんばかりの表情で語り始める。
「成績優秀者が優等生になるって話だけれど、実際は違うんだ」
「どう違うのですか?」
「優等生になるのは、アインホルン聖国の超上流階級。一部の王族に近しい生徒だけなんだよ」
「そうだったのですね」
てっきり優等生と劣等生の割合は半々かと思っていたが、そうではないようだ。
それはそうと、どうやら私はすでに劣等生であることが決まっているらしい。
入学式でわかる、と入学のしおりにあったので、どちらかドキドキしていたのだが。
「五十名ほどいるクラスの優等生の数は、五名以下」
「それでは、その中で兄弟になれる劣等生は、ほんの一部なんですね」
「一部どころか、実際はほとんどいない。奴らは基本的に、劣等生を下に見て、下等生物扱いしているから」
道義的に正しく、公明正大な環境かと思いきや、そんなことはないらしい。
「優等生のタイプはだいたい二種類なんだ。一つは劣等生を毛嫌いし、奴隷か何かだと思っている奴。もう一つは劣等生をいないものとし、徹底的に無視する奴」
どちらもお近づきになりたくない。
「その中でも、変なふうに目をつけられた奴は最悪なんだ」
「変なふうに目を付けられるとは?」
「〝高潔なる兄弟〟だよ」
それはその関係は実の兄弟よりも、親子よりも、夫婦よりも強く濃密な関係だとセシリアが話していた。
その関係のどこが最悪なのか。
「アルヴィ、優等生から〝高潔なる兄弟〟に指名されたら、絶対に拒絶したほうがいい」
「それはなぜ? 〝高潔なる兄弟〟になれば、一目置かれる存在になれると聞いていたのですが」
「それはそうに決まっている。〝高潔なる兄弟〟になったら、輝かしい未来は約束されたようなものだから」
エルヴィンは神学校時代、仲がよく尊敬していた優等生のクラスメイトから〝高潔なる兄弟〟になるよう誘われたことがあったという。
「どうして断ったのですか?」
「それは……劣等生側の〝高潔なる兄弟〟は、あい――いいや、なんでもない」
「なんですか?」
「ごめん、とても言えないや。入学して、しばらくしたらアルヴィもわかると思うよ」
エルヴィンはその当時の申し出を断ったから、聖騎士になった今があるという。
「あのとき〝高潔なる兄弟〟の受け入れていたら、助祭くらいにはなっていたかな」
遠い目をしながらエルヴィンは語る。
「神父になれるのは国内でもごくごく一部の、エリートだけだから。聖騎士は落ちこぼれがなるものなんだ」
教会内の上位序列に名を連ねる者は、神学校で優等生となった者か、高潔なる兄弟〟を受け入れたほんのごくわずかの劣等生だけだという。
「俺は、聖騎士でよかったと思っているよ。あんなこと、我慢できるわけがないから」
いったいどのような仕打ちを受けるというのか。
「アルヴィ、ごめん。怖がらせるようなことを言ってしまって」
「いいえ、その、お気になさらずに」
「まあ、変に目立たないことをしなければ優等生に目を付けられることはないし、高潔なる兄弟〟に指名されることもないだろうから」
劣等生と仲よくなって、それなりに従順に過ごしていたら、そこそこ楽しい神学校での生活が送れるという。
「あー、でも、集団生活は心配だな」
なんでも寮は十人ずつの大部屋が基本で、プライベートなんてあってないようなものだという。
「風呂は個室だから大丈夫だろうけれど……」
アインホルン聖国では、夫婦以外の者に肌を見せることは禁忌とされている。
そのため大浴場に放り込まれるようなことはないようだ。
「ああ、でも、覗きをする輩は一定数いるから、男しかいないと思っても安心はできないからね!」
「ええ、肝に銘じておきます」
「あとは月のものとか大丈夫?」
「それは薬で止める予定ですので」
「そっか。でも、無理はしないようにね」
「ありがとうございます」
エルヴィンは姉が五人もいるので、その辺の苦労を耳にする機会があったのかもしれない。
「あとは――ああ、そうだ! 神学校の校長であるシャルロード閣下は王弟で、教会内の序列第一位の枢機卿でもあるんだ。不興を買ったら大変なことになるから、振る舞いは注意しておいたほうがいいよ」
「わかりました」
私が学校内で何か問題を起こしたら。エルヴィンの実家にも迷惑がかかる。
絶対に密偵と間違われないようにしなくてはならない。
「他、何か質問とかある?」
「一点だけお聞きしたいのですが、〝神の裁き〟について何かご存じでしょうか?」
「でう゛ぁい……え、何それ? 初めて聞いた言葉なんだけれど」
エルヴィンが嘘を吐いているようには見えない。
やはり、〝神の裁き〟とは物語の中に登場するだけの設定だったのか。
一般的な言葉でない以上、口にするのは慎重になったほうがよさそうだ。




