ヨハンの申し出
「――アルヴィ・フォン・バルテル、お前の血を吸ってやる!!!」
レオンが翼を広げて急接近し、私に覆い被さる。
大きな口を開けると、鋭い牙が覗く。
振りほどこうとしても、体が硬直したように動かなかった。
剣もない。
腕力も敵わない。
止めるように訴えても、レオンは聞く耳なんて持たなかった。
「お前のすべてを、吸い尽くしてやる!!」
レオンがそう叫び、私の首筋に齧りついたところで、ハッと目覚めた。
「――!?」
呼吸が乱れ、額にびっしょりと汗をかいているのを感じた。
また、この悪夢をみた。
満月の晩に、レオンが劣等生に襲いかかって血を啜る事件は、私にとって衝撃的な光景だった。
あの晩から、何度もレオンに襲われる悪夢をみてしまうのである。
事件は詳しく調査されるわけもなく、闇に葬られた。
ルベルト・ケステン、グレイ・フォン・オンケン、それからレオンの三人がいなくなっても、何かが変わるわけはなく、神学校での毎日はごくごく普通に過ぎていく。
異常なのは神学校だけではない。
この国は上層部の者達のほとんどが吸血鬼だという。
昔からアインホルン聖国の者がオブリガシオン大国にやってきて婚姻を結んだ、という話は聞いたことがなかった。
その逆――オブリガシオン王国の者が、アインホルン聖国の者と結婚した、なんて話は耳にしたことがあったが……。
おそらく吸血鬼であることを隠すために、結婚によって国外へ出ないように努めていたのだろう。
当然ながら私がセシリアに相応しい者を見つけても、オブリガシオン王国へ連れ帰ることは不可能に違いない。
アインホルン聖国での婿探しなんて、最初から不可能だったのだ。
どうセシリアに報告しようか。
なんて考えていたら、窓からコツコツと小さな物音が聞こえた。
カーテンを開いてみると、エリザベータの姿を発見する。
緊急の手紙らしい。
ルームメイトを起こさないよう、静かに窓を広げると、エリザベータは部屋の中へとはいってきた。
疲れているのだろう。
サイドテーブルに下りて、水差しの水を要求していた。
ソーサーに水を注いで上げると、ごくごくと水を飲んでいる。
ここまで休みこともなく、手紙を運んでくれたらしい。
手紙と引き換えにクッションを差しだして、しばし休むように言っておく。
セシリアからの手紙は、私と彼女しかわからない暗号で書かれてあった。
そこには〝早急に撤退せよ〟と書かれてある。
私が先日セシリアに送ったヨハンに赤い錠剤について、同じ物を煎じることができるか侍医に調べさせていたのだ。
その結果、赤い錠剤は人の血液から作られた物だということが明らかになったという。
これを常飲しているのであれば人ならざる者であることは確実で、距離を取るべきだという判断をしたようだ。
まさかヨハンのためを思って送った赤い錠剤がきっかけで、撤退を命じられることになるなんて。
セシリアが言うことは絶対である。従わなければならない。
ユリウスにはなんて言えばいいのか。
深夜、私は一人で頭を抱えてしまった。
◇◇◇
翌日――ユリウスと話すために早めに登校していたら、背後から声がかかる。
「アルヴィ・フォン・バルテル!」
振り返った先にいたのは、ヨハンだった。
「おはようございます。珍しいですね、こんな時間に会うなんて」
「アルヴィ・フォン・バルテルと、話したかった」
「私と、ですか?」
ヨハンはこくんと大きく頷く。
深刻そうな表情で私をじっと見ていた。
何かあったのだろうか?
「場所を変えますか?」
「いい、この時間帯、誰も通らない」
それでいったいどうしたのか。話を聞いてみる。
「アルヴィ・フォン・バルテル、その、頼みある」
「なんでしょう?」
「ユリウス・フォン・アイスフェルトとの兄弟関係を解消し、俺の兄弟になって」
「え!?」
思いがけないお願いに、驚いてしまう。
「いったいどうしてそのようなことをおっしゃるのですか?」
「危険、ゆえ」
いったい何がどう危険なのか。
問いかけてもヨハンは眉間に皺を寄せるばかりで、説明しようとしない。
「俺の兄弟なれば、助ける、できる」
もしや私がユリウスに吸血されることを危惧しているのだろうか。
それならば心配いらない。ユリウスはオブリガシオン王国出身の母親の血が強いからか、吸血行為を必要としないから。
「あの、申し出はたいへんありがたいのですが……」
「考えておいて!」
ヨハンはそう言うやいなや、私の反応を確かめる前に去ってしまった。




