真っ赤な満月の夜
鬱蒼とした木々が生える中である上に、夜だというのに、どうしてか目の前で繰り広げられている様子を捉えることができた。
目にしたのは、は信じがたい光景。
レオンは麻袋に入っていた生徒の首筋に齧りついて、果物の果汁を吸うようにジュルジュルと音を立てて血を飲んでいたのだ。
いったいなぜ? どうしてそんなことを?
頭の中が真っ白になり、冷静に考えられなくなる。
血を吸われた生徒の顔色はどんどん悪くなり、青白く染まっていった。
このままでは死んでしまうだろう。
どうしようか。
そう思った瞬間、レオンが彼から離れた。
「ぷはっ!! やはり断食期間中の血は最高にうまい!! 普段はまずいもんばっか飲んでいるから、血も臭くなるんだな!!」
彼が何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
ユリウスのほうを見る。
怒りに染まった眼差しでレオンを睨んでいた。
「おい、起きろ! ノルベルト・ケステン! いつまでそんなところでみっともなく寝ているんだ!」
レオンは地面に伏した状態になっていた、麻袋を運んできた劣等生を足で蹴りつける。
「ううっ!!」
その衝撃で目覚めたようだが、なんとも痛ましい姿だった。鼻や口元は血で汚れ、蹴られた顔は大きく腫れている。目元には大きな青あざができていた。
「グレイ・フォン・オンケンの血、この学校の生徒にしたら、なかなかいけたぞ」
「よ……よかっ……です」
「がはははは!」
「で、でした……ら、おれ……を、レオン様、の、兄弟……に」
「何を馬鹿なことを言っているんだ! お前なんかをこの俺が兄弟に選ぶわけがないだろうが!」
「え……でも、餌……運んで……たら、兄弟……してくれ……る」
「俺が頼んだのは、この男じゃなかっただろうが! この無能が!」
「彼……いな……かった」
「どうして一学年の劣等生が、休日にいないんだよ!」
「わ……わから、ない……ルームメイト、知らな……って」
どうやらもともとレオンはグレイ・フォン・オンケンと呼ばれた生徒ではなく、別の一学年の劣等生を連れてくるように言っていたらしい。
「どうしてルームメイトに責任を取らせないんだよ! あいつのルームメイトに、三つ子がいただろうが! 一人くらいいなくなっても、バレなかっただろう!」
「三つ子……結束、固くて……」
思わず、ユリウスと顔を見合わせる。
今日一日中外出していて、三つ子がいる一学年の生徒と言えば、該当するのは私しかいない。
レオンは私を狙っていた?
ゾッとしてしまう。
「だから、言い訳するなと言っているだろうが!!」
またしても、レオンはノルベルト・ケステンと呼んだ劣等生を蹴りつける。
「ぐはっ!!」
「ふん、軟弱者め!! どうせ、まずい血の持ち主なんだろうが!!」
そう言ってノルベルト・ケステンの胸ぐらを掴むと、先ほどグレイ・フォン・オンケンにしたように首筋に齧りつく。
「ぎゃああああああああああ!!!!!!」
ノルベルト・ケステンは断末魔の叫びのような声を上げる。
耳を塞ぎたくなるくらいの、苦痛に満ちた叫びだった。
ジュルジュル、ジュルジュル、ジュルジュル――先ほど見せたときよりも、ハイペースで飲んでいるように思える。
最初は悲鳴を上げていたノルベルト・ケステンだったが、しだいに元気がなくなっていく。
このままでは確実に死んでしまう。
出て行こうとする私を、ユリウスは制する。
危険だ。
そう言って石を掴むと、レオンめがけて投げた。
石は見事にレオンの頭に命中した。
「へぶっ!!」
レオンの頭が大きく揺れ、胸ぐらを掴んでいたノルベルト・ケステンの体が放りだされる。
「くそ! 誰――!?」
ユリウスは再度、レオンめがけて石を投げる。
今度は顔面に命中していた。
「おのれ、絶対に許さん!!」
石が飛んできた方向から、私達の位置を把握したらしい。
ユリウスは私の腕を引き、一目散に逃げ始める。
「待て!!!!」
逃走する私達にレオンはすぐに気付いたようだ。
猛烈な速さで追いかけてくる。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ――!!」
まさか彼があんなに乱暴で、人の血を吸う化け物だったなんて。
頭がくらくらして、今にも倒れてしまいそうだ。
けれどもここで止まったら、彼に襲われて、私も同じように血を吸われてしまうだろう。
走って、走って、走り抜けて――。
私達の頭上を、大きな影が通り過ぎていく。
いったい何なのかと見上げると、そこには黒い翼を背に生やしたレオンの姿があった。
「どこのどいつかと思っていたらユリウス・フォン・エーデルと、アルヴィ・フォン・バルテルではないか!」
最悪だ。
上空で腕組みし、私達を見下ろすレオンを見ながら思う。
「ユリウス・フォン・エーデル! 〝血まみれの満月〟が輝く晩に、兄弟の血を飲まないとはどういうことなんだ!?」
「黙れ!!」
「お前がいらないのならば、この俺が飲み干してやろう」
レオンはそう宣言するやいなや、私めがけて飛んでくる。
目の前に迫ったレオンがぶつかりそうになった刹那、ユリウスが私に体当たりをして回避させる。
共に地面を転がった私達だったが、すぐさまレオンが旋回してきた。
武器なんて持っていない。
首の前で腕を十字に重ねて守ろうとした。
その瞬間、ユリウスがくれた銀の腕輪が眩い光を放つ。
腕輪が放つ光を浴びたレオンは、「ガアアアアアアアアア!!!!」と叫んだ。
飛行を維持できなくなったようで、その身は地面に落ちる。
光が収まると、レオンが驚くべき状態になっていた。
白目を剥いて動かなくなったレオンの髪は老人のように白髪と化し、顔には深い皺が刻まれている。
太い腕も枯れ木のように細くなっていた。
「こ、これは……!?」
遠くから人の声が聞こえる。
「ブラザー・マテオ、あっちでなんかめっちゃ光ってた!!」
パウウルの声に似ていた。
彼だけではない。フィン、ヘィン、ホィンの声も聞こえてきた。
「アルヴィだ!! アルヴィがいる!!」
助けがやってきたようだ。
膝の力が抜けて、その場から動けなくなる。
そんな私をユリウスが支えてくれた。




