ルーカスの実家にて
下町を足早に通り過ぎ、大通りに待たせてあった馬車に乗る。
先生に話を聞いてからというもの、ユリウスは眉間に深い皺を寄せ、何か考えているようだった。
ときおり、「いいや、そんなわけ……」と呟いている。
彼はきっと何か知っていて、自分の中でその可能性についてぐるぐる考察しているに違いない。
今は話を聞かずに放っておこう。
馬車は貴族達が暮らす住宅街へ入っていく。
これからハンス、ルーカス、マクシミリアンの実家を訪問し、彼らと面会をする予定だ。
ちなみにユリウスが三人の実家に訪問を希望する先触れの手紙を出したようだが、いずれも返信がなかったという。
再度、本人宛にも手紙を送ったというが、結果は同じ。
もしかしたら会ってくれないのではないか。
なんて不安が過るも、直接訪問した上級貴族出身のユリウスを追い返すことはしないだろう。
そんな期待と共に訪問する。
ここからもっとも近い場所に屋敷を構えるのは、ルーカスの実家であるベッカー子爵家。
かなり裕福なようで、貴族街でもよく目立つ大きな屋敷を構えていた。
門から入ろうとすると、守衛に止められる。
ユリウスは窓を開き、エーデル公爵家の者だと伝え、手紙は出していると答えた。
すると、あっさり通してもらえた。
返事がなくても一度でも手紙を送るとこういう言い方ができるのだな、と勉強になる。
屋敷の前で馬車が停車すると、従僕が出てきた。
下りてきたユリウスに、従僕は物申す。
「あの~、午前中はお客様の訪問はないと聞いていたのですが」
「私はユリウス・フォン・エーデル。ベッカー子爵子息、ルーカスのクラスメイトだ」
「ルーカスお坊ちゃまの!?」
従僕は驚愕の表情を浮かべ、中に入るように言ってくれた。
ユリウスがエーデル公爵子息だから驚いたようには見えなかった。
従僕の彼が反応したのは、ルーカスのクラスメイトという一言のように思える。
ルーカスに何かあったのだろうか?
疑問に思いながら中へと入った。
従僕は客間に案内し、しばし待つように言う。
「ユリウス、どのように感じました?」
「ルーカスに何かあったとしか思えない」
「ですよね」
ユリウスも同じことを考えていたらしい。
「従僕の驚きよう、慌て方、落ち着きのなさ――おそらくルーカスはここにいないのではないか、と思ったのだが」
従僕の反応からそこまで読み取れたとは。私はルーカスに何かあったかもしれない、という印象しかなかったのに。
客間は豪勢な金枠のマントルピースに、マホガニーの家具、水晶のシャンデリアと贅が尽くされた一室となっていた。
そのどれもが真新しく、最近あつらえたように思える。
「ルーカスのご実家は、かなり裕福なのですね」
「いや、たしかに長年造船業で儲けていたようだが、ここ近年はそこまで財を成すような家ではなかったはず」
「では、ここの豪華な内装は?」
「最近、いい実入りがあったのでは?」
ここに来てから三十分ほど経過しただろうか。
お茶も何も出てこない、というのは歓迎されていない証だろう。
無理もない。
約束もしていないのに、無理にやってきたのだから。
五分後――やってきたのは執事を名乗る男性だった。
「その、本日、主人は不在でして」
執事の背後にいる従僕は額に大粒の汗を浮かべ、先ほどよりも落ち着きがない様子を見せていた。
私はその言葉を信じそうになっていたが、ユリウスは目を眇め、執事の本意を探るような目つきでいる。
「なるほど。では、ルーカスについて重要な情報を握っていると伝えてくれるだろうか?」
「そ、それは……」
ユリウスはルーカスについての重要な情報など握っていない。
先ほどの発言は執事に対して探りを入れているのだ。
しかしながら、ユリウスの挑発に乗ったのは執事ではなく、従僕だった。
「やはり、彼らはルーカスお坊ちゃまについて何か知っているのですよ!! 旦那様に報告して、面会してもらうべきです!!」
執事は従僕の口を塞ごうと必死になる。
そんな騒ぎを聞きつけたからか、誰かがやってきた。
黒い喪服に身を包む、四十代半ばくらいの女性。
ルーカスと面差しが似ていたので、すぐに母君だとわかった。
黒い服を着ているせいだろうか。
顔色が悪く、げっそりと憔悴しきっているように見えた。
「何を騒いでいるのですか。みっともない」
「お、奥様、彼らはルーカスお坊ちゃまが通っていた神学校の、クラスメイトなんです!! ルーカスお坊ちゃまについて、何か知っているようで――!!」
「あの子、ルーカスの……?」
ルーカスの母君は涙をはらはら流し、その場に頽れる。
執事が支えるも、顔はまっ青で今にも倒れてしまいそうだった。
「あの子が! あの子が何を、何をしたというのですか!?」
「お、奥様、しばしお休みされたほうがよいかと」
「待って!! ルーカスの、ルーカスの〝最期〟について、聞かせてちょうだい!! いったいどうしてそんなことになったの?」
ルーカスの最後、というのはいったいどういう意味なのか。
ユリウスのほうを見ると、瞳が動揺で揺れているように思えた。
「多額の金と引き換えに、あの子を喪ってしまうなんて――!!」
そこから言葉になっていなかった。
執事がルーカスの母君を支えながら立ち上がらせ、退室していく。
従僕も執事に手を貸すように言われたが、彼はただただ呆然としていた。
「あの、少しお話を聞きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「い、いえ、私は、ルーカスお坊ちゃまについて、何も知らなくて……!」
「騒動について、なんでもいいので、教えてください」
「わ、わかりました」
ひとまず場所を変える。
彼は使用人専用の休憩室に案内してくれた。
「今の時間であれば、誰も入ってこないので」
「ありがとうございます」
従僕は茶を淹れてくれた。
ポットを持つ手がガタガタと震えている。
奥方の動転した様子を目にして、動揺しているのかもしれない。
そんな従僕が淹れてくれた紅茶を囲み、話をする。
「わたくしめの母は、ルーカスお坊ちゃまの乳母でして」
従僕はルーカスと同じ月に生まれた、乳兄弟だったという。
幼少期は遊び相手も務め、良好な関係を築いていたらしい。
ルーカスには兄がいて、ルーカス自身は後継者の予備だった。
兄が結婚し次代の継承者となる男児が生まれたからか、ルーカスは神学校に行って聖職者になる道を示されたという。
「かの神学校は聖職者の出世の足がけとなる場所。合格したと聞いて喜んでいたのですが――」
入学したばかりだというのに、衝撃的な情報が届いたという。
それは、ルーカスの死だった。




