ユリウスの過去
ユリウスはしばし私と見つめ合っていたかと思えば、頭を抱え始める。
「あ、あの、頭が痛いのですか?」
「違う!! いいや、ある意味そうかもしれないが……」
いったいどうしたというのか。心配になってしまう。
「一度、保険室に行って休んだほうがいい」
「必要ない!」
「ですが、顔色もずいぶん悪いようですし」
「アルヴィのせいだ!」
「私、ですか?」
「ああ……いいや、違う、そうじゃない!」
言っていることがばらばらでまとまりがなく、筋道もあったものではなくて、何もかもがめちゃくちゃだった。
入学式の日に目にした、神秘的に映ったユリウスの姿とは真逆の、なんとも人間らしい姿を見せてくれる。
「いったん落ち着いたほうがいいかと。水を持ってきましょうか?」
「アルヴィはすぐ、私に水を飲まそうとする」
「落ち着くには、それが一番なんです」
「落ち着いている!」
どこが? と詳しく聞きたくなるくらいの動転っぷりであった。
しばしうろたえ、支離滅裂な発言を繰り返していたユリウスだったが、再度私と目が合うと、ハッと我に返ったようだった。
「いいや、お前の言うとおり、めちゃくちゃなことを言っているな」
この短い時間できっと、ユリウスの中で何かしらの葛藤があったに違いない。そんなときに、私がいろいろ言って余計に混乱させてしまったのだ。
セシリアもたまに、感情的になって自分を見失うことがある。
そういうときは声をかけずに放っておけばいつの間にか解決して、いつもの彼女に戻るのだ。
ユリウスにもそうするべきだった。
「すみません、一人で考える時間が必要でしたよね」
「いいや、そのような時間はいくらでもあった。私は……ずっとずっと一人だったから」
一人だった。それはどういう意味なのか。
詳しく聞いていい話なのか迷う。
どうしようか、と考えていたらユリウスは自らについて話し始めた。
「私は兄とは腹違いの兄弟だったんだ」
ここで明らかになったのは、ユリウスの母君がオブリガシオン王国出身のご令嬢だったこと。
なんでも母君がアインホルン聖国に旅行しているときに、ユリウスの父君と出会い、結婚したという。
兄がいるということは、後妻だったのだろう。
「母はずっと、祖国に帰りたがっていた」
けれどもそれは叶わなかったという。
「父が許さなかったようだ」
ユリウスの母君が体が強いほうではなかったようで、祖国に帰れないことを気に病むあまり病となった。
ユリウスが十歳のときに、亡くなってしまったという。
「もともと私は、周囲の者からあまり歓迎されていなかった」
アインホルン聖国の者でもない、オブリガシオン王国の者でもない、中途半端な立場の者。
父親であるエーデル公爵は、ユリウスを後継者の予備として教育の投資を惜しまなかった。
けれども兄バルドルとの扱いは天と地ほども違ったという。
「幸いというべきか、兄は優しかった」
けれども兄バルドルは全寮制の神学校に通ったり、巡礼の旅に出たりと、屋敷を空けることが多かった。
会えるのは年に一度あるかないか。
とても心の拠り所にできる相手ではなかった。
ユリウス自身も、十二才から家を出て聖職者になるために大聖堂を拠点とするようになる。
その後、結婚した兄バルドルとはますます会えなくなった。
ドライヤー大公家の令嬢を妻として迎え、一年後には子どもが生まれた。
未来のエーデル公爵が生まれた、と誰もが祝福する。
ユリウスの甥ヘンリックの周囲には、大勢の人達が集まって、笑みを浮かべていた。
自分の立場とは大違いだ、とユリウスは思ったという。
「甥が生まれて、実家とはさらに疎遠になってしまった」
兄バルドルは司教として神への奉仕に務めていたようだが、家族との時間を大切にしたいと、比較的ゆっくり働ける神学校での勤務を希望した。
神学校の生徒達を相手に、聖術を教える教師となったのだ。
この決定も、ユリウスの心を傷つけた。
兄バルドルはいつもいつでも、口ではユリウスと毎日会いたいと話していた。
けれども忙しいからと、それが叶うことはなかったのだ。
しかしながら妻子ができた途端に、兄バルドルは家族のためにと言って、余裕のある暮らしをするようになった。
自分は本当の家族ではなかったのだ、とユリウスはショックを受けたという。
それが今から六年前、ユリウスが十三歳の話だった。
もう、家族に期待するのは止めよう。ユリウスはそう思ったという。
この先、父親が死なない限り実家には帰らない。
そんなことを覚悟した数年後に、事件が起こる。
「いつも通り、エーデル公爵家の屋敷から神学校に出勤していった兄が、帰らなかったそうだ」
途中で事故に遭ったのではないか、と聖騎士が調査するも、それらしい痕跡は見つからず。
誘拐疑惑もあったようだが、相手は成人男性。容易に実行できるわけがない。
それに、身代金の要求もなかった。
誘拐ではないだろう、というのが調査結果である。
「その日、神学校で兄を見かけた者はいなかったらしい」
そもそも出勤なんぞしていないのではないか。
出勤する振りをして、どこかへ向かった可能性がある。
「心ない者が、兄がどこぞの女と駆け落ちしたのではないか、と言い出したのだ」
その話が広がり、ユリウスの兄バルドルは愛人と一緒になるために妻子を捨てて逃げた、ということになったという。
「私は、ありえないと思った。兄は、絶対にそういう裏切り行為をするわけがない」
ユリウスは独自に調査したようだが、何も見つからなかったという。
「最後、調査の手が届かなかった場所が、ここ、神学校だったんだ」
今でも、兄バルドルは行方不明扱いだという。
「私は、このように何年も兄が行方をくらましているとしたら……すでに生きていないのではないか、と考えているのだ」
そうだとしたら、何かの証拠が神学校にあるかもしれない。それを調査するためだけに、神学校へ入学したのだ。
「あなたはどうしてそこまで、お兄様のためにしようと思ったのですか?」
「それは――」
兄バルドルはユリウスのために何かしてくれたように思えなかった。
ただ、たまに帰ってきたときにユリウスに優しくしただけ。
心から弟を心配し、孤独に寄り添ってくれたわけではない。
「兄は一度だけ、私をオブリガシオン王国へ連れて行ってくれたんだ」
母君が帰りたいと熱望していたオブリガシオン王国について、ユリウス自身も特別な感情を抱いていたという。
いつか母と共に目にしたい。
その願いは、母君の死後叶ったという。
「父が兄に、母の遺骨を実家に届けるよう、命じたんだ」
ユリウスの父君であるエール公爵は、後妻として迎えた妻をアインホルン聖国で埋葬しようとは考えていなかったという。
オブリガシオン王国に行く機会は二度とないかもしれない。
ユリウスはそう思い、兄バルドルに懇願して同行したようだ。
「オブリガシオン王国に行った日のことは、忘れることはないだろう」
ユリウスは私をまっすぐ見つめながら語る。
「ただ、母の祖国にも居場所がないことがわかったのだが」
兄バルドルは母君の実家を訪問し、ユリウスの祖父に当たる人にある提案をしたという。
それは、ユリウスを引き取らないか、というものだった。
「母は駆け落ちに近い形で父と結婚したらしく、祖父にとって私は望まない孫だった。もちろん、拒絶されて終わりだった」
「そう、だったのですね」
何もかもが酷い話である。
ただ、ユリウスはオブリガシオン王国に連れていってくれた兄バルドルに深く感謝した。
誰にも必要とされていないし、行く当ても、頼るべき人もいない。
それがわかって、この先独りで強く生きようと思ったからだという。
「兄に何かあったときは、必ず助けよう。そう思っていたのだが――」
行方不明になってしまった。
ユリウスにできることは、広まった不名誉な噂を払拭すること。
「きっと神学校に兄が行方不明になった理由が隠されているはず」
そんな強い思いと共に、ユリウスは神学校へやってきたようだ。




