きっと君は来ない
「わぁ、すごいなぁ」
彼女は一人森の中で山菜を取っていた。その途中でいろんな花がところ狭しと咲き乱れ、花びらが風に舞っているのを見て、うっとりとする。
そして鳥の鳴き声を聞き、顔を上げると、木の枝に引っかかるように作られた鳥の巣があった。きっとあそこには小鳥が何羽もいるのだろう。
「……ふふ」
彼女は自分のお腹にそっと優しく触れた。
「よしよし」
膨らんだお腹は腰に負担になるが、そんなことも一切苦にならないぐらい彼女にとってそれは愛おしいことだった。
「はやく、会いに来てくれないかなぁ」
鳥の子守歌。風の演奏。耳を澄ませば聞こえてくる。
あぁ、幸せだ。
「僕から生まれてくる可愛い赤ちゃん。どうか幸せになってね。僕に似ちゃだめだよ」
子どもを産むのは初めてだけれど、きっと大丈夫だという自信があった。
それでも不安をぬぐえないのは愛おしい人に会えないからかもしれない。
「あの人は子ども好きかなぁ。動物は好きだって言ってたけど……人は嫌いだって言ってたなぁ」
お腹がズキリと痛む。
「い、たた。あ、ははは。大丈夫だよ。君は僕たちの子どもだもの、よしよし……」
お腹を優しくなでると痛みが和らいだような気がした。
人を避け、誰もいないこの世界にただ一人でのんびり健やかに過ごしてきていた。それは自分にとっては問題のない幸福な時間だったけれど、コノコにとってはどうだろう。
人にかかわることなく、自分とただ二人この広い自然の世界で暮らすというのはどうだろう。
コノコにとって幸せなことだろうか?
「……」
傷つくことも、悲しむこともある。僕はそれから逃げた。
そしてひっそりと生きているのに、コノコにとってそれはいいことではないと思う。
「気まぐれな僕の愛おしい人。来てくれないかなぁ」
もしかしたらもう来てくれないかもしれないし、今日来てくれるかもしれない。
分からないけど……。
コノコについて話さなければいけない。
空を見上げ、歌を歌う。不安な気持ちを抱くと、僕は壊れてしまう。そういうときは歌えと言われているから歌を口ずさむ。
「Iamatoy Èucciso Desapareça Ilaime」
歌声は風に吹かれ消えていく。
誰に届けるわけでもないけど、声はかき消され、より一層切なくなった。
「僕は、壊れた勇者だ」
空が赤色に染まった。