魔剣所持者テッド
――ザシュッ!!
真上からの打ち下ろしは速く鋭い……さすがシュミレの師だとか言うだけのことはある。かわされたくせに男は嬉しそうな笑みを向けた。
「余裕か! こいつはどうだ! 《交差刃八連》!」
ガギギギギギッ!!
《剣技》スキル……。後ろの壁が切り刻まれてサイコロステーキのようになり、残骸が塵となってくずれた。
(あれが、多分この魔剣の能力なんだ……)
切ったものを粉々に破壊するような魔剣……だがそれとは別に、もう一つ気になることがある。
男のユニークスキルだ……所持しているのなら、早めに把握しておきたい。
常時発動で能力を補正しているようなものなら問題無いけど……。
「おぉいもっとガンガン仕掛けて来いよぉ! 様子見たぁつまらんだろよぉ! 《螺旋柳》!」
ギュルルルルル……!
引き絞った腕から放たれる、ひねりを加えた連続突き。
僕はとっさにハオリとかいう上着を外して目の前に拡げ、視界を遮断して下がる。
穴だらけになったそれを見て、貸してくれたアサに心の中で謝りながら……僕はその現象を冷静に見つめていた。
(効果範囲は……なるほど)
崩壊は全て、人の手のひらより少し大きい程度で止まる。
剣筋を見切ることが出来れば、回避自体は問題ないだろう。
積極的に戦わない僕を見て男はゆらゆらと立ち尽くし口を不満そうに曲げた。
「あ~、逃げばっかでつまんねぇよ。赤いのがみてぇんだがなぁ……肉とか血とかさぁ。ヘッヘッ、お前さぁ、俺のユニーク探ってんだろ? なら、教えてやるからとことん殺り合おうぜぇ……行け、《影鎖》!」
シュガッと、避ける間もなく僕と男の影のはしから細い綱のようなものが伸びて繋がる。そして男はなんとそれを引っ張った。
「なんだッ……!?」
身体が前のめりになり、僕はあわてて足で地面をけずる。
(これが奴のユニークスキル! 自分と相手を繋いで離れられなくさせるのか!!)
足元の細い影を風で切り裂いてみるが、当然それは何の効果も示さない。
なのに、男はそれを引っ張れる……身体が徐々に引きよせられてゆく。
「俺のユニークスキルは一対一専用技なのよ……対象者と俺の影を結び、一定距離以上離れられなくする。逃げを防ぐにはいい手段だろぉ? さぁ、踊ろうぜ……死のダンスを!」
男の姿が一直線にこっちに向かって来る……。
(冗談じゃない!)
まずいのはあの魔剣が防御不能だということと、ここが街中だということ。
手足ならまだいいが、胴体に一撃でも喰らったら、おそらく即死。そしてこちらは、こんな街中で効果範囲の広い魔法は使えない……。
間合いを詰めた男は、キレが増した斬撃をかわす僕にスキルで追撃する。
「っはは、お前、良く動くなぁ……風魔法使いってのは皆そうなのかぁ? んなわきゃねぇよなぁ、《五月雨》!」
「知るか……ッ」
降り注ぐような斬撃を身を引いてかわし、こちらも牽制を仕掛ける。
「《巻雨嵐》!」
《ウィンドバレット》+《ウィスパリング》の合成。
かつてフォルワーグ老達のアースベヒーモスを一撃で屠った、風弾の嵐が男の前方からから襲いかかる。
「よぉし来たァ! 《気斬・細雪》!」
対して男は声を弾ませると、ザンザンと左右の違う方向から剣士スキル《気斬》を放つ。それらは中央で衝突すると細かく弾けとび……こちらの放った魔法と衝突して全てをかき消した。
――しかしその時には、僕はもう次の手を打っている。
「――!? おぁっテメエ、そら反則だろっ!」
《エアウォーク》で空中に飛び上がる僕に対して男がスキルでの斬撃を飛ばしてくるが、余裕をもってかわす。
次いで対処を考えあぐね動きを止めた奴を眼下にとらえ、腕を真下に突き出し詠唱。
「《多重圧風陣》」
――ズズズズズズズズッ……。
高速詠唱で多重にはなつ突風が、男を強烈に地面へと圧迫する。
「グゥオォァァ、なんじゃこりゃぁ! ンギギギィィィ!」
男が圧力に耐えかね、ひざをくずす。
いくら魔剣で消そうが、連続で重なる風の壁は、男にはどうしようもないはず。
これで詰みだ――。
だが男はそこから驚くべき行動にでた。
「ヂィィィィ、《爆皎》!」
「……!?」
なんと震える手で持ち上げた剣をドバンと地面へ振り下ろし、真下に穴を作って土の中に潜行……そうして別の場所から這いだしてきた。
魔剣で土をえぐり取って地下に逃れるなんて……。
「ハァッ、ハァッ……ゲッホ! まったくとんでもねぇ、クッソ強えな小僧! 風魔法は最弱とかどこの馬鹿が言った? 俺じゃ無かったら死んでたぜ……」
とはいえ相応のダメージを受けてはいるようだ。
膝立ちになった体をふるわせ、口のはしから血を流している。
魔剣の放つ魔力が明らかに少なくなっていることからも、もう余力も残りわずかだろう。
このまま押し切る……そう思った時だった。
「――そこまでにしておきなさい……!」
一人の女性の声が響く。
進み出て来たのは、銀髪に白いローブを身に付けたネルアス神教の僧侶、メリュエル・ラーネリアだ。
「メリュエル……?」
「あん? ……教会の尼さんがなぜ首を突っ込む? あぁ、確かオメーも黒鷲だったか? 探す手間がはぶけたな」
「魔剣の所持者、ということは国からの使者ですね? 用向きは知りませんが、あまり無茶をしていると、その内持て余されて、消されますよ」
「それもまた悪くねぇかもな。ふー……まぁ、幕引きとしちゃ丁度いい所か。小僧、降参だ……あのままやってもどうせ勝てねぇ」
息を吐いて剣を戻し、手を上げた後、男はメリュエルに向き直る。
「あんたが言う通り、俺は国から命令されて来た調査官って奴だ。まだるっこしいことは省くぞ。テメェら、序列十七位の《闇の王》をどこにやりやがった? 王城の封印架に帰ってねえって国王やら重臣やらがおかんむりになってんだよ。場合に寄っちゃ国賊あつかいで捕縛命令を出すってことだぜ?」
それを聞いたメリュエルの表情が険しくなる。
「……それは、真実ですか?」
「あぁ? 知らねーよ、俺はそう言う命令を聞いたから来ただけだ。オラよ、ありがてえ書状ってヤツだ、確かめてみな」
男がポンと投げ出した丸まった紙をメリュエルが拾ってながめ、ため息をつく。
「……嘘ではないようですね。しかし、ゼロンは死んだのです。Sクラスのダンジョン攻略に失敗し、《黒の大鷲》は直近にパーティに組み入れたものも含め、計四名が死亡……残っているのは私とシュミレだけ……。ですが私達はもちろん、そんな物を所持してはいません。そも、所持者が死亡したさいの返還を回避する方法など存在するのですか? まだ、魔物に破壊されたとか言う方が可能性がありそうな気がしますが……」
「さあな。たとえ破壊されようが、残骸だけでも戻ってくるはずなんだとよ。テメェら持ち主のヤローが死んだとこ見たんだろうが……どうなったのか覚えてねぇのかよ?」
その言葉にはメリュエルは首を振った。
「そこまでの余裕はありませんでした。瀕死のシュミレを抱えて脱出するのが精一杯で、魔法で結界を貼るのが遅れていたら、私達も今頃この場にいませんでしたからね……」
「ふむ……んで、あの小娘は気が触れちまったってかァ、ハハッ……」
男の指が建物の影から成り行きを見守っていたシュミレの姿をさし、彼女は身を震わせる。
「あ~くそ、めんどクセエー……どーすっかなぁ」
男はぐしゃぐしゃと荒れ放題の赤髪をかき回すと、メリュエルに提案した。
「んじゃぁ、俺をそこに連れてけ。万が一にもまだ刺さってる可能性はあるかも知んねぇしな。それができなきゃ、テメェらを調査に反抗した罪人として国に報告する。お前さんも……こんな平和な街に、ヤバい奴らを呼び込みたくねえだろう?」
「……横暴ですね。私達だけでいけば死にますよ?」
真剣なメリュエルの言葉にも、男は耳を貸さない。
「かも知れねえが……それはそれで面白そうだし。どうだい、そっちの兄ちゃんも来ねえか? 知り合いなんだろ? 言っとくが、ここで俺を始末した所で、こいつらに対する疑いは消えねえぞ。むしろより濃くなるだろうなァ……それよっか協力してさっさと身の潔白を晴らさせるべきじゃねぇか?」
納得は行かないが、一理はある。
こんな奴らに、メリュエルとシュミレをつけ狙わせるわけにはいかないんだから。
「……わかったよ、仕方ないね。それじゃあ……」
僕は押し黙った後地面へとゆっくり降り立ち……奴に近づきにこやかに手を差しだす。
「お、殊勝だねぇ、若者……それじゃあよろし……ゴフッ!! グバッ……!」
だが手は握らず、不可避の速度で、男の体に思いっきり拳をめりこませた。
「ゲ、ヘェ……テメェ……何すんだ!!」
《スピードアップ・ダブル》――行動速度を極大増加させる、ここまですると体に影響が出る為あまり使わない魔法だ……男の目にも、おそらく僕が何をしたか分からなかったことだろう。
過度に使用した体がきしむが、こんな技を使おうとするくらい、僕の頭は怒りに染まっていた。
「この街は少し前に魔物の襲撃をうけて復興させたばかりなんだ……それをまたこんな風に破壊した落としまえ……それと僕の仲間を傷つけようとした、罰だ。次にお前がこんなことをすれば、命の保証はしないよ」
「……わぁったヨォ……チクショウめが。戦いは好きだが、俺だって一方的に殺されんのはごめんだからな……今回はこれで手打ちにしてくれや。リミドア王国軍特務部隊所属・第十三所持者、テッド・バキアスだ……よろしゅうに」
テッドと名乗る男は血反吐をはいて、再度白旗がわりに手のひらをふってみせる。
その後、危険人物であるこの男を罪人のように街の牢屋に連行すると、この場はいったんこれで片が付くこととなった。
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