メリュエルの謝罪
あの後僕らはダンジョン捜索の段取りを決めるため、監視付きで街の留置所に収容したテッドと話していた……。
その腕には今、犯罪者用の魔道具……ルビウスがクラウゼンさんに付けさせていたのと同一の、装着すると魔力が操れなくなり、スキルや魔剣等が発動できなくなる《吸魔の封環》というものが着けられている。
奴が大人しくすることと引きかえに要求したのは次の二つだ。
一つは《黒の大鷲》が全滅したダンジョン、《ハブラ族の古代神殿》への案内と、もう一つはメリュエルとシュミレの現地への同行。
「現地への探索は、俺とお前、それからその尼さんと、シュミレでいいだろ。仮にもSクラスのダンジョンだ、余計なヤツを連れて行って足手まといになっちゃかなわねぇしな」
「なぜシュミレを……? 今は記憶を失くしていて戦力にならないのですよ」
メリュエルは異をとなえたが、男は頑として首を縦にふらない。
「いいや、あいつは危険がせまりゃ、すぐに記憶を思い出すはずだ。今回は小僧に邪魔されたがな。連れていけねえなら、この話はなしだ……言っとくが、俺を今更消したって無駄だぜ……前にも言ったが連絡が途絶えりゃいずれ、他の俺より強え所持者が王都からよこされるだけだ……それにな」
テッドはいやらしく喉を鳴らし、後ろでアサにしがみつき震えるシュミレに目線を飛ばす。
「記憶を失くしゃあ人間どっか歪みが出てくる……それはお前自身が一番感じてんじゃねえのか? なぁシュミレ、テメェも本当は自分を取り戻してぇんだろうが!』
「……やめて!! 元の記憶なんて……私思い出したくない!」
「アサ、メリュエル……シュミレを外へ」
僕はテッドの背中を壁に押し付けてだまらせ、この場から皆を遠ざけた。
地下牢の階段を上がって行く皆の足音が聞こえなくなった後、僕は低い声でテッドに強要する。
「お前の要求は受けてやる……だけど、これが終わったら今後いっさい彼女に近寄るな」
「おーおー、お熱いこって! おい小僧……フィルシュつったか? お前もかつてのあいつの素行の悪さは知ってんだろ? どうしてかばってやる……体目当てか? 確かに外見だけはきれーなままだもんなぁ。だが服の下はボロボロだぜ? さんざ傷物にしてやったからなぁ」
「そんなことは知ってるよ……何年一緒にいたと思ってるんだ。死にたいのか?」
下衆な言葉に苛立ち、首を押さえている力を強めたが、テッドは苦しそうにしながらも喋るのをやめなかった。
「ぐ……おォ~怖ェ、だがよ……あいつ俺と同じで、殺せるなら魔物だろうが人だろうが構やしねェって奴だぜ? そうでなけりゃ、ガキのころから俺についてて生き残れるはずは無かったんだよ……。クク、血を見りゃ、すぐにあいつは自分を取り戻すさ……――ッ!』
「もう、だまれ」
聞くにたえない言葉を、エアロックで口をふさいで止めた。
しばらくして白目をむくまで続け、気絶したところ解放してやる。
……シュミレが、《黒の大鷲》に入った頃、彼女は本当に着の身着のままのボロボロの孤児みたいだったんだ。
来歴は知れなかったが、その剣術は、彼女が今までどれだけの危険を乗り越えて来たかをうかがわせ、僕が連れて来た彼女はパーティにスカウトされた。
そして彼女はその才能をいかんなく発揮して、あのパーティをSランクまで押し上げる要因の一つとなったんだ……。
その彼女が、自分の生い立ちを話すことは無かったのは、ひとえに忘れたいという思いがあったからだと思う。なのに……心にも体にも大きな傷を負ってしまった彼女の元に、現れたのがこんな奴だなんて……救いが無さすぎる。
僕は気絶した男を放置したままその場を離れる。
少しでもシュミレの苦しみを取り除かないといけないのに、なにもいい考えは浮かばないままだった……。
◆
夜にまた、僕はメリュエルとシュミレの元を訪ねる。
シュミレは背をむけて寝込んでしまっているようで、メリュエルは静かに僕を部屋に招き入れた。
「申し訳ありませんでした……フィルシュ。脱退したあなたを面倒なことに巻き込んでしまって」
ローブをぬいだメリュエルの銀髪が月明りに照らされて美しく光る。
まるでエルフのようにととのった顔立ちに、僕は少し見惚れてしまう。
「こんなこと……誰も予想できなかったことだもの、仕方ないよ」
「いいえ、そうだとしてもですよ」
表情には出ていなかったが、彼女は僕を頼りにしたことを含めた今回の行動を悔いているのが、声音からわかる。
「そんな風に言わないでよ。むしろ、なにも知らされないで結果だけ後で分かるより、よっぽどましだからさ」
過去をほじくり返しても、現実は変わらないから……今は彼女達を助けるため、出来ることをしなければ。
僕は久しぶりに潜ることになったダンジョンの情報を頭の中から引っ張り出す。
「《ハブラ族の古代神殿》ね……僕と君達が会ってから一月以上たってるから、ダンジョンの再構成は行われただろうし、遺品が残っている可能性は低いね……」
ダンジョンは、それ自体が生物と言っていいような形で、定期的に内部を自己修復する……。リタのお兄さんの杖が残っていたみたいに長期間遺品が残っていることはあまり無かったりするんだ。
「そうですね。現地で見つから無ければその場合、私達の私物や身体検査ぐらいしか当ては無くなりますが……長期的に拘留される位で、命まで取られはしないでしょう。安心して下さい」
「そんなことさせないよ……。何か悪いことをしたわけじゃないんだし、僕がなんとかするからさ。王都には友達もいるから……」
リタやアル、フォルワーグさんに頼み込めばどうにかなるかも知れない。
そう思って口に出した言葉に、メリュエルは少しだけ首をかたむけ悲しそうに笑う。
「フィルシュ……あなたはあんな目に遭ったのに、私達をうたがわないのですか? 私もシュミレもしかしたらあなたを騙し、利用しようとしているかも知れないのに」
「今更それは無いでしょ。シュミレはあんな状態だし、メリュエルだって、一緒に僕の仲間を助けてくれたじゃないか。なにより君達が信じて頼ってくれたんだったら、僕は力になりたいとそう思ったんだよ……それじゃ理由にならない?」
僕がそう言って笑うと、彼女は何かをこらえるように天井に顔を向けた後……僕に深く頭を下げた。
「ど、どうしたのメリュエル……」
「ごめんなさい……私はあなたに謝らなければいけません。ずっと偽ってきたことがあるのです……。実は、あなたのユニークスキル、《循環》は無能なスキルなどではなかった……」
「……えっ?」
いきなりの彼女の告白に、僕は頭が真っ白になる。
「私はネルアス神教会の上層部からある命令を受けていました。《黒の大鷲》の一員となったのは、ひとえにあなたと接触し、その成長を見守るためだったのです。そしてこうも伝えられてしました……あなたの力が、最低でもSクラスの魔物達と渡り合えるようになるまで、決してその力のをあなた自身や他の人間に明かしてはならないと。これを覚えていますか?」
メリュエルは、荷物の中から、見覚えのある物を取り出す。
黒い光沢を放つ、半分に砕かれた一つの首輪。
「それは……あの呪いの首枷!?」
《黒の大鷲》脱退直前まで僕の首に取り付けられていたそれを、メリュエルがなぜ持っているのか……真っ二つになったそれを、元の場所へ戻しながら彼女はそれに答えた。
「あるダンジョンで見つけたそれをゼロンがあなたに付けさせたのは全くの偶然でしたが……それには着用者を意のままに操る為の効果の他に、もう一つの呪い……使用者に逆らえないよう攻撃面の能力を大幅にマイナス補正するというものがかかっていた。それを私は利用したのです……周りの状況と合わせれば、あなたがそのことを重荷に思い、身を削って努力することは明白でしたから」
彼女があれを、呪いが強力すぎて解除できないと言った時の絶望感は今も覚えている。
そして僕はリゼと会った時に、急に自分の実力が上がったように感じた理由をやっと納得した。
「そう、すべてはあなたを成長させるために私が仕組んだことだったのです。あなたはこれを聞いてもまだ私を、許せるというのですか? 神に仕える身でありながら、嘘で塗り固めることでしかあなたを導くことが出来なかった、こんな私を……」
メリュエルは両手を強く握って俯く。
思い返せば彼女はいつも僕の怪我を神経質な位に治していた。僕が《リジェネレイト》のスキルを使えるようになってからは、そんなことは少なくなったけれど。
……確かにそのせいで僕は辛い日々を過ごした。もし今も一人で過ごしていたなら、そのことを引きずったまま、今も彼女達を恨んでしまっていたかも知れない。
けれど今僕は、その力のおかげで多くの人を助け、絆を結ぶことが出来た。
だから今はもう……職務との板挟みで苦しんでいた彼女を責める気持ちは湧いてこなかった。
「もういいんだ。君は仲間の救出を手伝ってくれたし、それに今、僕は沢山の仲間に囲まれて幸せだから。もう大丈夫」
罪悪感をこれ以上感じて欲しくなくて……僕は壊れそうな位握り締めたその手を開かせ、それを自分の手で包む。
「だから、そんなに背負い込まないで。もし気に病んでいるのなら、またこれからも君の力を貸してほしいけど、ダメかな?」
「あなたがそう望むのであれば……。しかし、大きくなりましたね、フィルシュ」
「そうかな? 相変わらず、僕は背も低いままなんだけどね」
冗談めかした僕にメリュエルは、少しだけ目を潤ませて微笑する。
「そうではなくて、人としてとても大きな器を持つようになったのだと、私は嬉しく思います。そして同時に力も少しずつ覚醒し始めた。左腕の刻印には気づいていますね?」
「うん……これは一体?」
「それは、この世界の四つの大いなる精霊王が分け与えし、偉大な力の印。私も全てを知る訳ではありませんが、それは巡る風の加護……あなたと絆をつむぐ全ての者と共鳴し合い、力を増幅させるものだと聞いています」
「どういう意味……?」
抽象的で意味が飲みこみづらく、僕はきょとんとしながら彼女の補足を待った。
「第一段階は【力の共有】……あなたと強い友好関係にある周囲の人間の能力値の一部があなたに加えられ、またあなたの能力値の一部も彼らに分け与えられる。信頼できる仲間が増えれば増えるほど、あなたと仲間の力は強化される。今でもその兆候を感じ始めているのではないのですか?」
確かに、リゼ達と出会ってから調子がいいというか、強くなったような気がするし……ダルマンタを倒した時だってリタに力を分けあたえることができた。
それはやはり、さっぱり使えないと思っていたユニークスキル《循環》のおかげだったんだ……明かされた沢山の事実に僕はつい考えこんでしまう。
「続きはまた今度しましょうか……。少し、風に当たってきます……」
それに気を使ってくれたのか、メリュエルは僕から手を離すと赤らんだ目もとを隠すように立ち上がり、静かに扉から出ていく。
少し頭の中を整理しなきゃ……明かされた秘密や、判明したユニークスキルのことで心が揺さぶられていて、僕はその時、彼女が動いたのに気がついていなかった。
「……? え、シュミレ……どうしたの」
さっきまでベッドで寝ていたシュミレが目の前でふらふらしている。
熱に浮かされたようなどこかぼんやりとした赤い顔だ。
「フィルシュ……アタシ、なんだか、苦しいの」
彼女はいきなりそのまま体を傾かせると、椅子に座る僕の上で向かい合うように体を預けて来た……。
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