(回想)ギルドマスター戻らず……
……困ったことになった。
と、いうのがわかりやすく表現した今の僕の気持ちだ。
今、僕は数人の仲間と共に、クロウィの街を離れ、レキドの街をへと走っている。
どうしてこんなことになったのかを説明すると、少しばかり、記憶をさかのぼることになるのだけれど――。
――昨日のこと……。
「――大分未決済の書類が溜まっちゃってる。さすがに、そろそろ帰って来てもおかしく無いはずなんだけど」
レキドに行ったわがギルドマスター、クラウゼンさんと、ドワーフ娘のポポ、レポが帰ってこない。
筆まめなクラウゼンさんのことだから、一週間ほど何も連絡がないのはおかしい気がする。
あの二人がついているから心配はないと思ったんだけど、もしかしてなにかあったんだろうか……?
そのまま僕は書類の決裁をすませてゆきながら、かたわらに積まれた紙束を見てそっとため息を吐いた……その瞬間。
――パタン!
閉まっていた扉が勢いよく開き、思いふける僕は顔をびくっと持ち上げた。
「フィルシュっ! お、お客様です……!」
それを勢い良く開けたのはリゼだった……少しあせっているような表情だ。
そして、その隣には一人の女性がいる。
「え、ど、どなたでしょう?」
彼女はフードを目深にかぶっていて顔がわからなかった為、誰だか思い付かない。
何となくそのメリハリのある体型には見覚えがあるような気がするんだけどなぁ……って、こんなときに馬鹿か僕は……。
でも、結局その予想は当たっていたんだ。
「本当に、フィルシュ君なのね……ひ、久しぶり……」
ローブを取り払って弱々しく笑ったのは……レキドの街で副ギルドマスターを務めているはずの旧知の……リデル・エルノエという女性なのだった。
◆
「ど、どういうことなんですか!? 捕まったって……」
バン、と僕は思わず机をたたいてしまい、リデルさんがびくりと体をふるわせる。
「お、落ち着いてフィルシュ君……あの、せ、説明を、するから……」
「まずは話を聞きましょう、ここで彼女を糾弾しても何も解決しません」
「わかってるんだけどさ……。続きを、お願いします……」
レキドのギルドの話ということで同席してくれたメリュエルの冷静な言葉に、僕は一つ深呼吸をして気持ちを落ち着け、リデルさんを見た。
もう少し早く様子を見に行くべきだった……混乱の最中にあるレキドの冒険者ギルドが、まさかそんな暴挙に出るなんて予想外だ……。
重たい執務室の雰囲気の中、リデルさんは小さくなりながらことのいきさつを話し出す。
「《黒の大鷲》が全滅したっていう報告が上がって……その後レキドの街の冒険者ギルドはトップがいなくなったことで収拾がつかなくなってしまって、通常業務すら立ち行かない状態だったの。……そんな時に街のある有力者貴族から強い後ろ盾を得た一人の男がギルドマスターを引き継いだ。その男は大金をちらつかせて他の冒険者達を取り込んで、またたく間にレキドのギルドを掌握してしまった……」
隣を見るが、メリュエルもこのことは初耳のようだった。
リデルさんが話を続ける。
「そしてその男は、先日行われたレキドの有力者会議の際、こちらに支援の手を差し伸べようとしていたあなたがたのギルドマスターに……レキドの街の運営に介入しようとしているとか難癖を付け、そのまま拘束してしまったの……」
「なんなんですか、それ……一体」
クロウィとレキドは違う領内とはいえ隣接した街だから、何らかの協力体制を築いていくべきだと町長も話していたし……今回クラウゼンさんがレキドへと赴いたのは冒険者による管轄区域の侵害とは別に、その意見交換も目的だったのだと思う。
それをわかっていて拘束するなんて横暴すぎる……ことの真偽もわからない内に……。
そして、その話には続きがあった。
「他にもその男は、そちらが介入を有利に進めようとして有力貴族が買いつけたダークエルフの奴隷を横取りし、人質にしているとか言いだしたの」
「「ぶふっ……!」」
僕とヨルが吹き出し、周囲が目を丸くする。
「それって……?」
「我らのことではあるまいな!?」
リゼの疑問をさえぎってヨルが叫ぶ。
「さ、さあ……そこまでは。でも、ダークエルフの人って結構珍しいし、心当たりがあるならもしかしてそうなんじゃないかなぁ……」
肩をすくめ、両手を豊かな胸の前で合わせ首をかしげた彼女に、ヨルは強い口調で苛立ちを露わにした。
「ふざけるな! 我々は奴隷商人に住んでいた集落を焼き滅ぼされ、多くの同胞を失ったのだぞ! そこを主様が助けて下さり、仕事を与えて下さったから今我々はここで生活できているのに……! それを元々自分の所有物だったかのように言うなど……そやつに人の心はあるのか!?」
「ひええええっ、ごめんなさい!?」
その剣幕にリデルさんは手を前に出して後ろに下がる。
ヨルの言う通りだ。もしその伯爵が奴隷商人達に命令してダークエルフを狩らせたのだとしたら、到底許せることではない。
ヨルの気持ちは汲んでやりたいけど……まず優先すべきは、仲間たちの身柄だ。
「とりあえず……まず三人を助けなきゃ。くそっ」
「フィルシュ、これはやっかいな問題ですよ」
「わかってる……」
渋面でうつむく僕の背中をメリュエルが落ち着かせようとそっと撫でた。
「相手が貴族となれば、こちらも慎重に立ち回らないといけない。下手なことをすれば、大きく問題にされて、逆にこちらのギルド運営に口出しされるかも。もしかするとクロウィの街までその貴族は、支配下におこうと手を伸ばすつもりなのかもしれない」
「そんな……!」
リゼを始め皆が悔しそうな顔をする中、僕は一つの決断をする。
「……まず、この街の有力な支持者に事情を話すことから始めてみようと思う……長期戦になるかも知れない。ただ、その前に……」
僕はリデルさんを鋭い瞳でにらんだ。
彼女にうらみは無いけど……完全に信頼を置くのは危険だ。
「リデルさん……あなたはそもそもどうしてここまで来ることを許されたんです? 連絡役としてよこすのであれば、もっと位の低い者をよこしてもよかったはずだ。副ギルドマスターのあなたを送れば僕達が人質にすることも想定できたはず……。僕はまだあなたを信用できていません」
すると彼女は、青い顔で喉をならす。
「そ、それは……私、実はレキドの街から使者として送られたわけでは無く、逃げ出して来たの」
どういうことだ、と全員が眉を寄せる中、彼女は数日前のことを話しだした――。
◆
(リデル視点)
ある日やって来た男が、レキドの街の有力貴族――コーンヒル伯爵の名前を盾にギルドを支配して以来、私は従順なふりをして自分の身を守るのが精一杯だった。
……そして、ある日、私は書類を彼らに届けようとしてあの会話を聞いてしまった。
レキド冒険者ギルドの執務室の扉を前にして……。
くぐもった笑い声に、ノックをしようとした腕が止まる。
『ケケケ、上手く行ったなぁ。あんたらは大した悪だよ……まさかこんな風にして他の街のギルドまで手に入れちまおうなんてよ』
『はしゃぐのは計画がすべて済んでからにしていただきたい』
(計画……?)
今ギルドマスターの座についている男は、ハンセル・アヴィンという鳥のような仮面を顔の上半分に付けた男である。
なぜあんな怪しい男がギルドマスターの席に座っているのかと、ふつうであれば疑問に思うところだけれど……全ては男の後ろ盾になったコーンヒル伯爵がこの街の実権をほぼにぎり、街の有力者の多くを買収したところから始まったのだ。
伯爵には黒い噂がある。
決して表には出ないし証拠は無いが、領内の街の暗部と強いつながりがあり、奴隷の商いや非合法の薬などを売買を支援して利権を積みあげているのだと。
そして、それを非難できるような人物は、彼の手により次々と失脚させられてしまい、こんなことになってしまったのだ……。
今ハンセルと話しているのも、伯爵の側近であるビガーニ・オーマイという男で……私はこの男に副ギルドマスターの地位をうばわれてしまった。もともと抵抗なんて、できるつもりもなかったけれど。
それでも、あそこに囚われたあの三人だけは……どうにかして逃がしたい。
そうすればこの街の窮状を、国へと報告してくれるかもしれないし……。
今は少しでも彼らに従順なふりをして、情報を探らないと……。
私は部屋で行われる会話に聞き耳を立てることに集中する。
『ジジイとチビ共は捕まえたし、後は有象無象のはずだぜ、あっち側は』
『……知らないのですか?』
『あぁん……?』
『あの街にはやっかいな手練れの若手冒険者が一人いるそうですよ。最近王都から勲章を授与されて戻って来たらしいとのこと。ま、一人や二人どうということも無いでしょうが』
どうやら彼らはクロウィの街の内情にくわしいようだ。
こちらが《黒の大鷲》がいなくなって混乱しているのとは真逆に、あちら側では有望な若い冒険者が街の復興を手伝い、日々活気づいて来ているという話を噂では聞いている……
本当にうらやましくて涙が出そう……。
……元々、分不相応な地位を与えられた私のはたらきを認めてくれたのは、元《黒の大鷲》のメンバーであったフィルシュという少年くらいだった。
彼はあの有名なパーティの一員であったにもかかわらず、素直で人当たりのいい少年で、ひまがあればいつも誰もやりたがらないような雑用を手伝ってくれていた……本当に私の心のオアシスだったのだ。
だが彼は、力不足を理由に手ひどくパーティーを追放されたと聞いた。
その時ほど私ががっかりしたことはなかったけれど……結局その後パーティーが全滅したとを聞いて、それはそれで良かったのだと……きっと彼ならどこかで幸せに暮らしているだろうと思ったのだ。
『――そいつも近々消しておくとして……ああそうだ、あの女はこちらで始末しておきます』
(――――ッ!?)
そんな回想に浸っていた私の頭を男の声がつらぬく……。
『元副ギルドマスターだったリデル……もう用済みでしょう。手下に指示をかけておきました……あの女はここ数日我々と行動を共にしていましたからね。要らないことを知っている恐れがある』
ハンセルは下品に笑いだした。
『ひゃっひゃっ、よくそんだけ人をゴミみたいに扱えるもんだぜェ。もったいねぇなぁ、顔は地味だがいい体してたじゃねぇか。せめてちょっと遊んでからにしちゃあどうだい?』
『ふん、自由にできる女など娼館にでも行けばいくらでもいるでしょう。今のあなたなら金はいくらでも使えるでしょうし』
『ハハハ、違ぇねぇ。ま、せーぜー俺の知らねぇところで好きにしてくれや――』
口から心臓が飛び出しそうになるのを懸命にこらえた。
身体から汗がにじみ出し、ふるえそうになる。
(始末って……言った。だめだ、ここにいたら私、殺される!)
昔から得意だった、影の様に足音と気配を殺すのは。
私はそのまま、ゆっくりとその場から姿を消し、家にも帰らずそのまま街を後にした――。
――――……。
……彼女の話を聞き、僕らはさらに表情を暗くする。
「……真っ黒ですね。良くもそんな……それではまるでならず者の寄り合い所じゃないですか。他の冒険者達は……」
「以前のマスターもゼロンも人格者ではありませんでしたし、私達も、自分のパーティの活躍しか頭にありませんでしたから……少しずつ伯爵に買収され、取り込まれていてもおかしくはありません。リオならば何か知っていたかも知れませんが……」
リゼは怒りをあらわにし、メリュエルは責任の一端を感じているのか、顔をくもらせる。
「ごめんなさい、だから私、もう戻る場所も無いの……。お願い、かくまって――」
リデルさんが両手をにぎり涙ながらにうったえようとした時――。
ガチャンッ……!!
背後の窓が割れ、三人の男が得物を手に次々飛び込んで来た……。
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