ギルマス代理の一日
朝、顔を洗っていると、屋敷の庭からかけ声が聞こえてくる。
「はっ、やっ!」
「ほら、腰が入っていないぞ! そんなことでは主様の護衛はやはり任せられんな!」
「なにおっ!」
……やってるやってる。
最近リゼリィは朝早くから、こうしてヨルに稽古を付けてもらっているようだ。
ヨルはコダチとかいう、黒塗りの鞘に納めた刃物を使う二刀流の剣士で、《双剣技》のスキルを持つ優れた戦士だ。一方のリゼも、《爪技》スキルの戦闘技術は日増しに向上を見せている。
ギルドの運営業務も色々と手伝ってくれているのに……その努力は本当に頭が下がる。
(よし、僕も頑張るぞ!)
そんな二人を見ていると、身が引きしまる思いがして、僕は今日も頑張ろうと頬を叩いて気合をいれ、朝の身支度をすませた……。
――そして、ところ変わって冒険者ギルド……。
「では、マスター代理、よろしくお願いしますよ」
「は、はい! ポポ、レポ、ギルドマスターをよろしくね」
「あいさ!」「がってんですぅ!」
礼服に身を包んで出てゆくクラウゼンさんとポポレポを見送り、僕は執務室の椅子に腰をすえた。
今日から二、三日ほどクラウゼンさんはクロウィの街を留守にする。
隣街レキドとの話し合いのためだ。
各街の冒険者ギルドには管轄区域が指定されていて、冒険者としての活動は基本的に所属しているギルドの管理している区域内で行わないといけないんだけど……最近、レキドの街の冒険者がこちらの区域などをよく侵害しているというので、その意見書を提出するために向かうんだ。
《黒の大鷲》が急にいなくなっておそらく、ギルドの管理が上手く行かなくなっているんだろうな……副マスのリデルさんが涙目になっている姿がうかがえる。
彼女のことはよく覚えてる……良く事務仕事などを手伝っていたから。
やさしい雰囲気のお姉さんで、たまに食事をご馳走になったりもしていたんだ。
レキドの元ギルドマスターは女性と密会している所を見られ、それがレキドの有力貴族の妻だったことから問題に発展してその座を追われ……その後釜にゼロンがすわる形になっていたけど、彼が亡きあとも……どうやら彼女は引き続き残っているようだと、クラウゼンさんから聞いた。
あまり芯の強い方ではなかったので、ゼロン亡き後彼女がギルドマスターに座ることは考えにくいけど……誰が今ギルドマスターをつとめているんだろうか?
おっと、よその心配をしてる場合じゃないや。
クラウゼンさんは特になにもしなくていいとは言っていたけど、一応ここにいる間はちゃんと副マスター、いやマスター代理としての役目を果たさないと。
色々依頼も来ているようだ……。
周辺地域に大量発生した《イビルパンプキン》の排除。
商工会から依頼されている、《マナリーフ》の採取作業。
近隣の村々への、各種配達もちらほら。
上手く依頼を割り振ってさばかないとね……。
「……主様のご用命とあれば、我らダークエルフ一同、最優先で片付けて見せますが」
「気持ちはうれしいんだけど、他の冒険者達の生活もあるから……もし手にあまったらお願いするよ」
形だけはすっかり敏腕秘書になったような、頼もしいヨルの言葉を丁重にお断りしつつ……僕は自分の裁量で判断できる書類にサインを押して片づけてゆく。
リゼリィもギルドの運営業務を雇いの職員と協力してこなしてくれているはずだから、こっちも頑張らないと。
そんな気持ちで書き物に没頭していると、あっという間に時間が過ぎてゆく――……。
――コトリ……。
「――フィル、お茶ですよ」
「……あ、ありがとう」
彼女が室内に入って来たのに気付かなくて、僕は少しあわてた。
もう昼過ぎになってしまっている。
「下はとくに問題は起こってない?」
「はいっ、順調です! 時間が空いたから、ギルマス代理のお世話をしてあげてって言われました!」
リゼリィがお盆を抱いてうれしそうに尻尾を振るのに、ヨルが横槍を入れた。
「その必要は無いぞ、主様には我がひかえている。身辺の警護は元より、雑談相手、お茶くみお着替え肩たたきなど、なんでもこなして見せよう」
「む、そのくらい私だってできます。むしろ、フィルの好みは私の方が良く知ってるんですからね」
「ふ……甘いな。そんなもの……」
彼女は一枚の用紙をひらひらとつまんでリゼに見せる。
「なな……何ですかこれっ!?」
「ポポ、レポに協力してもらった。大量の菓子と引きかえにな」
いやいやちょっと待って……何をしてるんだよあの二人は……!
僕もちらっと見たが、そこには僕が何を好んで食べるかとか、何時くらいに起きて何をしているかとか、色や服の素材の好み、得意や苦手な物であるとかが克明に記されている。
リゼリィが唇をわなわなとふるわせる。
「あ、あの二人――ッ!」
「ハハハ、これで彼我の優劣は解消された。後はどれだけ主様への思いが強いかだ」
「それだけは絶対に負けません……では勝負です! フィルが一番お気に入りの靴下は緑と黒のしましまで、次はブルーの水玉模様……ワンポイントでレッドドラゴンが入っているのはレアです!」
「やるな……ではこれは知っているか? 主様は歯磨きをされる時、下の右側の奥歯から順番に磨かれ、すすぎの回数は五回だ」
「それは知っています……ですが、すすぎの回数は休日は五割の確率で四回になるんです!」
「何だと!? さすが長い間そばにいるだけのことはある。では主様が良く使用されるベルトの穴は?」
「それは……三つ目ですか?」
「残念だな、四つ目だ。おたがい甘い所があるようだな……」
「くぅ……負けません」
なんのやりとりなんだよ細かいな!? どこまで見て……何を目指してるんだ……この二人は……。
その後彼女達は、僕の一挙一動を見逃すまいと目を皿にして見つめてきたので、仕事がやりづらいことこの上なく……しばらくして僕は二人を追い出すのだった。
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