予期せぬこと
僕がクロウィ冒険者ギルドを訪れると、クラウゼンさんが奥の方へ手招きする。
「来てくれましたか、フィルシュ君! 君にお客様ですよ……何でも元々パーティーを組まれていたとかで……」
「えっ……!?」
僕の心臓がキュッとちぢむ……。
その場で凍り付くように動きを止めた僕の前に、待っていたかのように一人の人物が目の前に進み出て来た。
――その女性は、美しい銀髪を隠したフードをゆっくり取りはらう。
「……メリュエル。どうして」
「ご無沙汰しています、フィルシュ……」
彼女は静かな表情で、頭を下げた……相変わらずきれいだけど、すこしやつれただろうか。
僕はつい《リファレンスエリア》をつかい、周りを警戒した。
《黒の大鷲》の他のメンバーは今、ここにはいないようだけど……なぜ彼女が、一人で?
意図が見えてこない……。
正直、言いたいことはたくさんある……けど、今はそんな個人的なことより、ここにいる仲間達を守ることの方が大事だ。
「答えて欲しい。いったいなぜ君がこんな所まで僕をたずねて来たのか。他のメンバーは? もし、この街の人達になにか危害を加えようなんてつもりがあるなら……僕は本気で君達と戦うよ」
周りの冒険者達も僕のその言葉を聞いて、彼女を警戒しだす。
殺気立つ空気の中、彼女は僕の敵対的な視線を受け、わずかに哀しみの色をたたえた瞳を下へそらした。
「……私がここへ来たのは、誓ってそのようなことのためではありません。そして彼らはここには……いえ、この世界のどこにももういません。私と後一人を除いて……」
どういうこと……!?
警戒を解かない僕に、メリュエルは静かに頭を垂れる。
「少しだけ、場所を移させていただけませんか? お願いいたします……」
その姿は神様に祈るときの様に真摯で……少し考えた後、僕はうなずく。
「わかった。行くよ……」
「フィル!? 大丈夫なんですか……?」
リゼがおどろいたように目を見開く。
彼女は少しだけ、僕があのパーティーを去った経緯を知っているから。
「うん……彼女は神に仕える僧侶だもの。それが誓うって言ってるなら、危害を加えることは決してないと思う」
「ですけど……」
「……リゼリィ。いいではないか……我達が主様の身を守って差し上げればよいだけのこと。何かあれば、女……貴様の首は胴と泣き別れになると思え」
「ええ、どうとでもなさってください。しかし……」
ヨルの脅しも気にせず、メリュエルはおだやかに僕に笑いかけた。
「信頼できる人々との出会いがあったようですね……よかった……。では私の後に着いて来てください。あまり来るとおどろかれるので、護衛は数人でお願いします」
「ごめん、ポポ、レポ、頼めるかな?」
「「言われなくても」」
どちらかというと、なにかあった時リゼ達の身柄の方が心配だ。
たのもしい返事を受け、僕達はメリュエルの後に続くことになった。
◆
てっきり街の外に出るのかと思ったが、彼女が訪れたのは、一軒の宿屋だった。
「こんなところでいいの?」
「ええ、ついて来てください」
彼女は二階に上がると、通路の奥の部屋の前で立ち止まり、室内に声をかける。
「戻りました……入りますよ」
「……メリュエル……?」
僕はごくりとつばを飲みこんだ。
聞き覚えのある声だった……でもなんだ、この弱々しい感じは。
まさか――。
そしてメリュエルが扉を開ける。
「あ……お客様、なの?」
そこには、彼女がいた。
桃色髪の狂剣士……元《黒の大鷲》のメンバー、シュミレ・エルツが……変わりはてた姿で。
「ごめんなさい、こんな格好で……」
彼女はツインテールにしていた髪留めを外しているようで、そのまま背中に桃色の髪を流している。体を横に向けて、どうにか体を起こそうとするが、力が入らないらしい。
「起こしますから、そのままにしていなさい」
メリュエルがそばにより、彼女を優しく起こす。
すると彼女は、無垢な少女の様に「ありがとう」とほほえんだ。
両腕に一つずつ、かなり大きく深い傷跡が刻まれている……。
「あ、あの、見ないで……」
「ご、ごめん……」
ついまじまじと見てしまった僕に、彼女は恥ずかしそうに顔をうつむけた。
その弱々しい仕草が元の彼女とどうしてもかさならない。
メリュエルが毛布を上げてそっと腕をかくし、シュミレが不思議そうに僕らを見る。
「メリュエル、この人達は? お友達?」
その言葉は、ある事実を示していて――。
彼女が何かひどい目に遭ったのは分かったが、これではまるで……。
「……覚えていないそうです。これまでのほとんどを」
メリュエルは静かにそう告げ、シュミレの背中を撫でた。
「あなたの顔をみれば、少しでも思い出すこともあるかも知れないと、思ったんですが……」
「そう……ゼロンと、リオは?」
「……、亡くなりました」
わずかに言い淀んだ彼女の短い言葉にぐらっと来る……予想はしていたけれど。
「……嘘じゃ、ないんだよね?」
「ええ……」
本当は答えを聞く前から、そんな気はしていたんだ……でも、実際に耳にするとその事実は予想以上に重たく感じた。冒険者だから、こういう時だってある。
長い間、何人も仲間を失った冒険者を見て来たから……気構えはしていたはずなのに。
「……リゼ。皆、三人だけにしてくれないかな」
「フィル……フィルのせいじゃ、無いじゃないですか! こんなの……フィルを追い出したのはあなた達なのに、こんな時だけ! こんな……」
「大丈夫だから……ごめん」
リゼが僕に代わって言ってくれたことで、かえって話を聞こうという決心がついた。
僕は彼女達の背中を押して、外に出し……そして、ベッドに近づく。
「本当に、覚えていないの?」
「……あたしと、会ったことがあるの?」
ぼんやりと、シュミレが僕の顔を見つめて手を伸ばそうとしたが、腕の力はやはり入らないらしい……それを見て、メリュエルが小さなため息を吐いた。
「……僕は、フィルシュって言うんだ。なにか思い出さないかな……」
「……フィルシュ……?」
彼女はぼんやりと僕の頭を見つめたまま、固まってしまった。
僕はメリュエルに治療の経過をたずねる。
「彼女は、しばらくしたら記憶を取り戻せるの?」
「傷自体は治っているはずなのですが、心因性のものなのか……この一月ほど腕の力も、記憶も戻る兆候がありませんでした。……一般的なことは覚えているようなので、あなたを見ればもしかしたらなにか反応があるかと思ったのですが」
「家族の方は……そうか」
「ええ、彼女は魔物により両親をうばわれ、長い間孤児だったようですから……仲のいい知己もいたのかも知れませんが、私達には探す余裕はありませんでした。そんな時、隣町であなたが活躍していると風の噂に聞き、藁をもすがる気持ちでたずねたのです」
正直、僕は複雑な気分だった。
なにを今更、という気分の一方で……冒険によってきつい代償を負ってしまった彼女のことをどうにかしてやれないか、という気持ちもあった。
彼女にとっては、どうなんだろう……記憶が戻った方が、幸せなのかな……?
悩んでいる僕の目と、シュミレの目がふいに合う。
「……なんか、その髪の色……なつかしい気がする」
「なにか思い出せそう?」
「……あなた、あたしと良く、一緒にいた人なんでしょう? わからないけど……危ない時、いつも一緒にいた……そんな気がして」
ぐぐっと彼女が肩を上げようとして……。
毛布がぱさりと落ち、ふるえる指先が持ち上がった後落ちる寸前……思わず僕はその手を、とってしまっていた。
「……ごめんなさい、思い出せなくて」
「いや、いいんだ」
「でも、なんだか、私のことを知っていてくれる人に会えてうれしい。今までメリュエル以外、誰とも会えなくて、少し寂しかったの」
わずかに指に力を込めながら儚く笑うシュミレに、僕はどう声をかけていいか悩んだ。そして……。
「……メリュエル、しばらくここに留まるの?」
「ええ……あなたが私達の顔をもう見たくないと言うのでなければ。レキドの街には、私達のことを快く思わない者もいましたから、あそこにはもどれませんし」
「なら……今、僕達が共同で住んでいる所があるから、そこに移らないか?」
僕はそう提案する。
ゼロンを……《黒の大鷲》を内心よく思わない者はたくさんいた。
この街でも、もしかしたらメリュエルやシュミレを目の敵にする人間がいるかも知れない。そして、今の無抵抗なシュミレが襲われたら……メリュエルだけでかばい切れるかどうか。
……だが、メリュエルは首を振る。
「ありがたい申し出ですが……できませんよ、あんなことをしておいて」
「うん、僕も、絶対許してやらないってそう思ってた。でも……」
僕はシュミレのふるえる手をにぎって言う。
「この子が今なにもわからないのに、危険な目にあったり寂しい思いをかかえているなら……やっぱりさ、出来ることはしてあげたいよ。せめて、体の調子が戻る位までは」
「そうですか……」
メリュエルはそれを聞いて、どこかつらそうに笑う。
「本当に、あなたは変わらないのですね……どこまでも優しい人。だから、選ばれたのでしょう」
「選ばれた……?」
「……なんでもありません。あなたがそう言って下さるのであれば断わる理由はありません……しばらくの間、私達をお守りいただくよう、お願いいたします」
「うん……」
やり取りを見ていたシュミレが不思議そうに僕に顔を向ける。
「私達、どこかへ行くの?」
「ああ、安心して暮らせるような所へ……だからゆっくり、体を治して。友達もきっと、たくさん出来ると思うから」
「本当!? ……うれしい! うっ……」
彼女が急に体を前に折る。苦しいのだろうか……よく見ると、肩口にも大きな傷跡が見えた。
「時々まだ、傷が痛むようです……。そろそろ休ませた方が良いですから……また明日迎えに来ていただけますか?」
「うん、わかった。それじゃあシュミレ、お大事にね……また明日」
「また明日……うれしいな。必ず来てね、フィルシュ……」
彼女は横たわりながら僕を見つめている……その姿は、捨てられた子猫みたいだった。
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