青き翼
兄を飲み込んだロガの姿が、徐々に変貌してゆく。
身体が成人のものまで成長し、髪の色が水色に変化した。
まとう魔力も今までの黒紫から、青みがかったものへと変わる。
「……これが俺の新たな力か、ッフフ、喰らえ……《双水渦》!」
奴はそのままこちらに技を放つ……濁った色の激流が両手から勢いよく噴きだす。
「《トルネイド・ダブル》!」
先程とは射程も威力も比べ物にならない程上昇したその攻撃を二重詠唱で受け止め、何とか相殺させる。風と水が混じり、あたりに霧がばらまかれた。
「……ククク、人間のクセにそんな魔力持ちやがって……! オルフィカ様に馬鹿正直に献上するより、俺がここで頂いちまうとするかッ!」
オルフィカ――魔人となったリオとの会話でも出た名前だ。
確か魔人達の幹部集団の一人だと言っていたが……僕はやはり抹殺する対象として完全に認識されているのか……。
「なんなんだよ、そのオルフィカっていうのは……」
「前回の大戦で唯一、《六禍》の一人を追い落とし、入れ替わりで登用された御方さ! だがその序列は一番下……力さえ手に入れることができれば、俺だって……」
魔人ロガは物欲しそうな目をぎらつかせる。
魔人王が意思を統一し、彼らは互いに協力関係を築いているという話だったが、それはあくまで力による上下の繋がりだけで、少なくとも彼には忠誠心など存在しないようだ。
「わかっただろ? 《継承者》……お前らは俺達が登り詰める為の貴重なエサなんだ! 早くその体を喰わせろぉぉお! 《水絡網》……カハァァァッ!」
「ふざけるなよ、僕も他の《継承者》もお前達なんかの食糧にはさせるもんか!」
ロガは裂けた口から放射状に水を吹き出した。それは蜘蛛の巣のようにひろがり、僕のまわりで半球状のかこいを作る。
「もう逃がさない……ゆっくりとそのまま吸収してやるゥ」
囲いの網は高速で流動していて、触れるだけで体が切断されそうだ。
そしてそれは徐々に範囲をせばめてくる。
風魔法での切断を試みるが……。
(ダメか……)
部分的に破壊できてもすぐに再生する。
面倒な技だ……大規模な魔法で全体を巻き込んでも、効果があるかどうか……。
……向こうの状況にちらりと目をやる。
ロガがこちらに来た分押し込めてはいるかと思ったが、相手もまだ本気では無かったのか……四人を相手に互角以上の戦いを繰りひろげている。
明らかに一体化する前の双子より強い黒面とかいうのが、なぜ二人に従っているのか疑問ではあったが……奴と戦うためにもある程度の余力を残しておきたい。
(……そうだ! 風の魔法に効果が無いなら……)
思い付いた僕はディーグル族長から預かった魔剣《青き翼》を腰から抜いた。
青い輝きがあたりを照らす。
「なんだよ……それも魔剣とかいう奴か? アハハ、水の魔剣……いいじゃないか。それも俺が奪ってやろう!」
饒舌になったロガの言葉を聞きもせず、僕はその輝きに見入った。
すさまじい魔力を感じる……これなら、ただ振るだけでも……。
「これも喰らえェ……《邪水泡》ッ!」
ボジュジュジュジュ……!
魔人の掌から、飛び出したのは紫色に変わった毒散弾。
連続で吐き出されたそれらが水網の裂け目から僕に向かって来る。
「――ハァッ!」
だけれど、僕は確信を持って剣を一閃した。
青い魔剣から生み出されたさざ波のような魔力がそれらを浄化し、跡形もなくかき消してくれる。
(すごいっ……)
「なんだとっ!? ぐっ……その位!」
それどころか放射状に広がる澄んだ水のような魔力は、かこいを打ちやぶり、奴の肩を切り裂く。
焦った魔人ロガはさらに多い数の魔球を作ろうと力を込め始めたが、僕はそれを待たずに《青き翼》で水の監獄を切り裂いて脱出し、そして……。
「遅い……!」
一足飛びに胸元へ飛び込むと、僕は剣を握り込む。
ロガの顔が驚愕に歪み、彼は口から吐き出していた魔力水を戻して防御しようとしたようだが……そんな暇は与えない。
右手の魔剣と、左手の風刃での二刀流。
魔人の体を、緑と青のラインが走る。
「……複合技《風水・十字断ち》!」
「そん……イャァァァァアッ!」
ちょうどバツの字を描くように四分割されて、魔人ロガは血飛沫を上げて果てた。
◆
《ヨル視点》
この黒面とかいう者……一体何者なのだッ!?
主様が融合した双子の魔人を引き受けてくれたおかげで、こちらはこやつ一体に集中できているが……先程より放つ魔力がどんどん濃く、禍々しくなっている……。
それと相反するように、意志の無い操り人形のような動き。
何も言わず、その黒い視線も機械的にこちらを見据えるだけで行動も読めない。
先程から幾度か攻撃を試みているが、放つ魔力の濃密さと鎧の硬度も相まって、傷つけることすらかなわないとは……。
クラウゼン殿の魔法も行動阻害には一役買っているが、相手に疲れた様子はない……このまま魔力を少しずつ削られていけばいずれは……。
「ちいっ……!」
弱気を振り払いながら、相手の豪腕から繰り出される攻撃を受け流す。
その隙にドワーフ娘達が示し合わせたような動きを見せた。
「ポポ、今ですぅ!!」「くらえぇ、《転閃怒濤》っ!」
レポが連続突きで黒仮面の動きを封じ……間合いを開けて勢いを付けたポポが、赤髪をなびかせつつ担いだ斧ごと車輪のごとく突進。
――ギャリリリリリリッ!!
「…………」
火花が飛び、金属片が飛び散る!
だが、防御姿勢を取った奴の鎧を砕くことまでは出来ず……途中で攻撃が止まってしまった。
「……わわっ!」「ポポ!」
――いけないっ!
硬直から脱した黒面が、不安定な姿勢のまま地面でよろけたポポに向かって剣を振りかぶる。
我は寸前にポポの前に体を滑り込ませ、得物を交差させた。
(くっ……この細いコダチでは、受けきれぬ……)
真上から振り下ろされる黒剣に切り裂かれる自分を想像しながら、唇を噛む我の耳に届いたのは、クラウゼン殿の詠唱だった。
「《落天昇地!》」
黒面の体が灰色の球体に包まれ、がくんと動きが鈍る。
それでも奴は剣を振り下ろすが……軽い!
相手の重力を反転させたのか!?
(かたじけないっ……!)
我はコダチでそれを跳ね返すと、一気に攻勢へと転じる!
「行くぞ! はぁぁぁぁぁっ!! 《紅椿・六花弁》!」
――ザシュシュシュシュシュッ!
二刀を逆手に持ち、この機を逃すまいと全力で奴の防御の浅い鎧の隙間部分を狙う。残像を残すような速さで斬断して勢いのまますり抜け、血の花を散らせた。
これなら……どうだ?
「助かった……ありがとなっ!」「やってくれたですぅ! さすがヨル!」
手応えはあった……窮地を脱した二人が快哉を上げながらこちらに集まる。
黒仮面の体はぐらりとよろめき、片膝をついた。
主様の近衛を任される身としては、これ位やって見せねば……とはいえ、クラウゼン殿の魔法のおかげだ。あれが無ければ命を落としていたかも知れん……。
同じ種族なのに、これ程の力の差が有るとは……先日竜人村で倒した魔人からはまるで想像できない強靭さに我は内心舌を巻いていた。
「……諦めろ、お前に死してつぐなう以外の道は無い……」
「大人しくしやがれ……」「逃さないですよぅ……?」
我々は周りを取り囲み、武器を突き付けて黒面を牽制する。
……油断していたつもりは無い。
だが、反応できなかった。
――感情の火を欠片ほども灯さない瞳が、左右に動いたと思った時にはもう、金属が砕ける音が響いていた。
「げほっ……」「ポ……きゃぁっ!」
ダメージをまるで感じさせない、いや……先程よりもさらに鋭い動きで振るわれた剣は、ポポの大斧を砕き、ついでにレポを跳ね飛ばす。
「なっ……!」
そして奴は我に向かい体を捻り、剣を後ろに構え――流れるように振り抜く。
「いけないっ! 《グラビティウェーブ・ダブル》!」
――ガガガガガガッ……!
クラウゼン殿から放たれた重力波が地面を砕きながら黒仮面にさしせまるが……溜めた力を一気に解放するように生じた特大の黒い剣閃は、それを容易く打ち破りこちらへと突き進んで来る。
(避けられない……っ。 主様、お力になれず申し訳ありません……一族を、アサの事をお願いします……!)
――回避も、防御も無意味だと悟らされた我は目をつぶり詫びる。
だが……いつまでたっても衝撃はやって来なかった。
……我の体は暖かい腕に支えられ、宙へと浮いていたのだ。
「――間に合ったね……遅くなってごめん」
(……主様っ!)
私はその腕の主に無言で抱きついた。
一瞬でも主様の言葉を疑ったことを恥じる――やはりこの方は、どんな障害に遭おうとも必ず我らの元へ駆けつけてくれるのだ。
この方が、やはり、私にとってただ一人の最高の主様なのだ……今までも、これからもずっと!
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