表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとつの恋が終わるとき  作者: 森 彗子
3/4

手紙

彼のことを思っていた。

彼は優しかった。

彼は私の事を好きだと言った。


私の髪の香りが好きで、私の柔らかな部分が好きで、私の顔も名前も声も全部好きだと言ってくれたのに。

抱き締めてくれた長い腕も、襟足の長い髪も、首筋のほくろや眼鏡を外したときの切れ長の目も、乾いた唇も、椅子に深く沈んで音楽を聴いている姿 も、私の手作り弁当をわざと美味しそうに食べてくれた一生懸命さも、雨の日にサプライズで車で迎えに来てくれた優しさも、大好きだったのに。

なのに、なぜ彼は私に突然背を向けたのだろう。


「俺よりもずっと良い男はいるよ」


彼の捨て台詞が木の葉と共に風に攫われていった。


乾いた冬の冷たい北風にさらされて、私の心は壊れた。

結婚を夢見た乙女心は、粉々に砕かれてそこら中に散らばっている。

私はその瓦礫の上で膝を抱えて泣くしかなかったのだ。


手に届くものを掴んで、ガラスを割った。


その欠片を拾って、私は自分のうでに尖ったガラスを突き立てた。


赤い血が迸った。


私は自分自身の体を傷付けたのだ。



突然、景色が変わった。

白いベッドの上で寝ているからだに戻ったのだ。


私は辺りを見渡した。春風が舞い込む窓際には赤いガーベラの一輪挿しが置かれていた。

変な夢を見ていた。


動かそうとした左腕に激痛が走った。

見ると、手首から腕の付け根まで白い包帯に包まれている。

消毒液の匂いが血の匂いに勝っていた。ただ、指を動かそうとすると鋭い痛みが襲ってきた。

ベッド脇のチェストの上に手紙が置いてあるのを見つけ、私は右手でそれを掴まえた。


手紙を広げると、そこにはひどく汚い文字が並んでいた。


***


 まさか、ヒロがこんなことをするなんて思わなかった。初めて聞いたときは、とてもショックで信じられなかった。会いに行くわけにはいかないから、手紙を書くことにした。


 オレがなぜ突然ヒロに別れを告げたのかは、自分でもうまく説明できない。一緒にいる時はいつも楽しくて幸せだった。でも、なにかが引っかかって いた。それがなにかはよくわからないけど、オレはヒロとこの先も一緒にやっていく自信が持てなかった。きらいなところがあるなら言い訳にできるけど、きら いになったわけじゃない。悪いのはたぶんオレの方で、ヒロには落ち度はない。オレが自分のことを許せなくて、今の自分ではきっと誰のことも幸せにできない と気付いたから、一人になってやるべきことをやろうと決めたんだ。ヒロと過ごした時間は宝物だと思ってる。ヒロのことを考えると自分の人生に付き合わせて 苦労させることが目に見えていた。オレは人と付き合えるような資格なんてないつまらない男だ。


 オレはしばらく一人で生きていく。でも、ヒロはたぶん誰かそばにいないとダメになりそうな気がする。オレはヒロを支えてあげられない。だから、ちゃんとした良い男と出会うように、祈ってるから。これまでずっとありがとう、ヒロ。どうか幸せになってください。


                                            晟一


***


私は号泣した。


包帯交換する看護師さんが、優しい声で慰めの言葉をかけてくれた。

でも、そんなことが癒しになるというのなら、私は恵みの雨を全身で浴びたい気分だった。


一人で生きていく覚悟なんて、私にはない。

でも晟一は一人で生きていく覚悟をして、私を捨てたのだ。


いや、ちがう。


私を捨てたのではなく、自分を孤独に追いやることで何かを得ようと覚悟しただけだ。


私は最初から彼の荷物にさえも入っていなかったんだ。




私は勘違いしていた。

大好きな人といつかめでたく一緒になれると信じていた。


好きなだけじゃダメだと彼は厳しい現実を突きつけている。

晟一はつまらない男なんかじゃない。


つならないのは私。


私がお子様だから、晟一に突き放されたんだ。


今の自分ではきっと、誰にも相手にされない。



そう思った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ