出会い
「君はどこへ行くんですか?」
私は自分が何を質問されたのかすぐに理解できなかった。
予想外にも程がある。
なぜ、私の行き先などこの男は知りたいのだろう。
私は何を言うべきか悩んだ。
しかし、何も浮かんで来ない。
随分と長い沈黙が流れたが、その間も紳士は私から目を離さないので、私は痺れを切らして視線を落とした。
綺麗に磨かれた靴がピカピカと光っていた。
「あの」
と、また紳士が声をかけてきた。
「君さえ良ければ、ついて行っても良いですか?」
私は驚きと共に身構えた。
「良くないです!ついて来ないでください!」
すると、紳士は目を丸くして頷いた。
「そうですよね。やっぱり、そうなっちゃいますよね。変なこと言ってすいません」
彼はそう言うと、私の座っている真正面に腰を下ろした。
向かい合って座ったら、嫌でも目が合ってしまうというのに。この男は何が目的なのだろうか。
「気味が悪い、とか思ってます?当然です。僕が君なら、きっと同じように感じるでしょうから」
物腰が柔らかなその物言いに、私の警戒心が少しずつほぐれ始めていた。
「僕は今日結婚式をするはずでした」
紳士は私との間にある虚空を見詰めながら、急に落ち込んだ。
私は膝をますます抱え込んだ。
「でも、結婚式はキャンセルになりました」
そう言うと、彼はがっくりと肩を落とした。そして、ポケットから白いハンカチを取り出して泣き始めた。
「どうして?と、聞いてくれませんか?」
紳士は泣きながら、変なことを言っている。
私はつい、彼のペースに乗せられて「どうしてですか?」と質問してしまった。
すると、彼は堰を切ったように語り始めた。
「彼女が、花嫁が、消えたんです。
昨夜のうちに荷物ごと全部消えてしまったんです。
まるで夜逃げですよ。
僕は捨てられたんです。
なぜ僕との未来を捨てたのか理由もなにも教えてもくれないなんて、あんまりじゃないか!
僕たちの二年間はなんだったんだ!」
閑散とした車中で彼は叫んだ。
私はそのあまりの剣幕に驚きつつも、感動すら覚えていた。
私もこんな風に胸の内をぶちまけたら気持ちが良いのだろうか。
「彼女には秘密があることはわかっていたんだ。
でも、それを追及したところで彼女が何かを失うというのなら、
僕はその秘密ごとひっくるめて彼女の人生すべてを支える覚悟でプロポーズしたんです!
彼女は一人で生きていく覚悟をした立派な女性でした!
でも、それでも僕は彼女を支えたかったんだ!
僕を支えて欲しかったんだ!
愛していたんだぁぁぁ!」
紳士はその出で立ちに相応しくないほど取り乱しながら、一生懸命訴えていた。
私はつい質問せずにはいられなくなった。
「あの、彼女さんは一人で生きていく覚悟をしていたって、どうしてわかったんですか?」
紳士はハンカチで涙を拭いて、シートに座りなおした。
そして、私に向かって言った。
「彼女は未亡人でした」
「はぁ」
「彼女は過去に一度、愛する人と死別していたんです」
私は納得した。
「死が二人を分かつまで愛することを誓った相手が、実際に死んだとき。君ならどうしますか?」
突然、難しい質問をされて私はオドオドした。
まだ結婚なんて一度もしたことがない。
それどころか、初めての恋愛が突然終わったところだ。
そんな質問をされても私の中に答えなんてない。
「答えようがありません。私はまだ結婚を意識するような相手を知りません」
それが本音だった。
「君は本当に結婚を意識する相手を知らないんですか?」
私は絶句した。




