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『西国最強の夫婦まかり通る! 〜旦那様は今日も素敵です〜』  作者: 平子 天陽


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20/31

風神

こんにちは! あまはる です!

この物語を手に取っていただきありがとうございます。

※本作は史実を元にしたフィクションです。

 実在人物を題材にしていますが、人物描写・会話・逸話などに独自解釈と創作を多く含みます。

心にゆとりを持ってお読みください(^^)

更新は21:00になります♬.*゜

 筑前の空は、重かった。


 夏の湿気を含んだ風が、立花山城の木々をざわりと揺らしている。

 城内では、人の流れが止まらない。


 丸太を運ぶ者。

 矢束を数える者。

 兵糧俵を積み上げる者。

 石をつめて防壁を強化している足軽までいる。


 戦の準備は、もう日常みたいになっていた。


 だが。


 城を包む空気の奥には、別の緊張がある。


 ――島津は、止まっていない。


「秀吉様より、停戦命令が出ています」


 小野鎮幸が静かに言った。


 広間には、宗茂、誾千代、十時連貞、薦野増時。

 立花家の主だった面々が揃っている。


「島津側へも正式に届けられたそうです」


「で?」


 十時が腕を組む。


「島津は止まってるか?」


 小野は一瞬だけ黙った。


「……止まってません」


「でしょうねぇ……」


 薦野が遠い目になった。

 もう胃が限界だった。


「なんなんですかあの人たち」


「勢いが怖いんですよ」


「わかっている」


 宗茂が短く返す。


 その視線は、地図へ落ちたままだった。


 筑前。

 筑後。

 肥後。


 崩れた線。

 残っている城。


 どこが抜かれれば、どこまで崩れるか。

 もう頭の中で全部繋がっている。


「止まるなら、ここまで来ていない」


 静かな声だった。


 秀吉の名は大きい。

 天下人。

 今、日本で最も勢いのある男だ。


 だが。


 今の島津にも、勢いがある。

 勝ち続けている軍は、簡単には止まらない。


「“秀吉が来る前に終わらせる”つもりでしょうね」


 小野が言う。


「大友を潰す気です」


 空気が重く沈む。

 誾千代だけが、少し眉を寄せた。


「……そんなに急ぐの?」


「急ぐさ」


 宗茂が答える。


「天下人が本気で動けば、島津も無事では済まん」


 つまり。

 島津にとっても、“今”が勝負ということだった。


 風が吹く。

 湿った、生ぬるい風だった。


 その時。


高橋紹運(たかはしじょううん)様、ご到着!」


 広間の空気が変わった。


 誾千代が、はっと顔を上げる。

 入ってきた男を見た瞬間、その目が少し揺れた。


 高橋紹運。(たかはしじょううん)


 誾千代の義父。

 そして、宗茂の父でもある。


 穏やかな物腰の奥に、鋼のごとき強さを持った武将だった。

 鎧姿ではない。


 だが。

 立っているだけで空気が変わる。


 温厚篤実。

 泰然自若。


 まるで、“風”そのものみたいな男だった。


「息災であったか」


 紹運が笑う。


「なんだ、暗い顔だな」


「父上」


 宗茂が立ち上がった。

 紹運は宗茂を見る。

 その目は、どこか満足そうだった。


 立花家へ入った頃より、ずっと顔つきが変わっている。

 戦場の顔だった。


「島津はどう動くと思いますか」


 宗茂が問う。

 紹運は即答した。


「来る」


 迷いがない。


「止まらいだろうな」


 その一言だけで、全員が理解した。

 この男もまた、同じ景色を見ている。


「岩屋へ入る」


 一瞬。


 誾千代の瞳が揺れる。


 岩屋城。

 立花山城へ至る道を塞ぐ、前線の城。


 つまり。


 一番危険な場所だった。


「父上」


 宗茂の声が低くなる。


「兵が足りません」


「知ってる」


「城も小さい」


「知ってる」


「防御にも限界があります」


「知ってるわ」


 紹運は笑った。

 全部分かっている顔だった。


 だからこそ。


 誾千代は、少しだけ怖くなる。


「……なら」


 宗茂が静かに言う。


「退けば、生き残れます」


 広間が静まった。


 十時も。

 薦野も。

 小野も。

 誰も口を挟まない。


 紹運は、宗茂を見た。

 その目は厳しい。

 だが、どこか嬉しそうでもあった。


「その先は?」


 短い問いだった。

 宗茂は答える。


「……立花山です」


「その先は?」


「博多」


「その先は?」


 一瞬だけ沈黙。


「……大友が崩れます」


 紹運は静かに頷いた。


「なら退けん」


 それだけだった。

 重い言葉だった。


 誾千代の胸が、ぎゅっと痛くなる。

 分かってしまった。

 この人は、最初から戻る気がない。


 でも。


 紹運は、まるで気にしていないみたいに笑う。


「なんだその顔」


 ぽん、と誾千代の頭を叩く。


「泣くな」


「……泣いてない」


「目、赤いぞ」


「赤くない!」


 睨み返す。

 紹運はおだやかに笑った。


「元気でよろしい」


 その空気だけが、少しだけ救いだった。


 宗茂は、ずっと紹運を見ていた。

 止められない。

 この人は、もう決めている。


 ならば。


 言うべきことは、一つしかなかった。

 宗茂は静かに頭を下げる。


「……時間を稼いでください」


 紹運が目を細めた。


「任せろ」


 短い。

 だが、力強かった。


 その日の夕刻。

 高橋紹運は、兵を率いて岩屋城へ向かった。


 空は曇っている。

 風が強い。


 

 

 ◇


 誾千代は立花山城の城門から、紹運を見送った。


「旦那様」


「なんだ」


「義父上、戻るよね」


 宗茂は、答えなかった。


 風だけが吹く。


 誾千代は唇を噛む。


 分かっている。

 でも。

 まだ信じたかった。


 立花山城を出て、岩屋へ向かう紹運の背中は大きかった。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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