73 フローラの答え
誤字報告心からありがとうございます…!!
気をつけます……!!
三人から凝視されていることを不思議に思いながらもフローラは馬鹿正直に答える。
「わたす、嘘は証拠を隠滅をしたり、なにかを誤魔化したりする時に使うけんど、そういえば母様には一回も通用したことねぇんだ…。
そもそも嘘って自分をよく見せるために使うものなのけ?
それならリアム様に嘘なんかついてもしょうがないべ!嘘をついてまでリアム様に自分を良くみせたいと思ったことなんて一度もないかんな〜!」
「「………」」
リアムに男としての興味がないと嫌でも分かるフローラの返事にトーマスとララは凍り付く。
ララは「リアム・ダメ・絶対!」派を貫いているが、これは流石に可哀想すぎる…と少しだけ同情した。
一方、フローラに自分を良くみせる価値もない人間だとはっきり言われたリアムは―――
「ふっ、はは、そうか、そこからなのか。分かりやすくていい」
「?、??」
どこか吹っ切れた様子のリアムは年相応な本物の笑顔で笑い、そんな笑顔を見たのが初めてだったフローラは胸がざわざわ?ムズムズ?するも、その理由が分からずただただ困惑する。
リアムは自分に嘘をつく女達の戯言に嫌悪の感情しか抱けなかったが、フローラが自分を意識してつく嘘ならば聞いてみたい、と初めて思った。
それはきっとリアムを男として見ている証拠で、いつかその甘美な囀りを耳にすることが出来たならば嬉しすぎて、その他の人間が撒き散らす駄音など浮かれた心でいくらでも聞き流せそうだ。
「俺はきっといつかお前に嘘をつかせてみせる」
「? つかないべ??」
「長期戦なのは分かってるからいい」
「??」
「あ、あれだけフローラ様にはっきり眼中にないと言われたのに……なんてメンタルしてるの!?」
ぼそっと呟かれた不敬すぎるララの言葉を余裕でスルー出来るほどリアムの機嫌は良い。
好きだ嫌いだ、付き合ったや振られたやら、浮気された、同棲する、絶賛二股中だのなんだの、周囲で繰り広げられるくだらない恋愛模様を、そしてそんな低俗な感情に一喜一憂出来る人々を馬鹿らしい気持ちで見下してきたが……「人を好きになる気持ち」というのはこういうことだったんだな。
―――俺はフローラが好きだ。
リアムは自分の気持ちを、今、はっきりと自覚した。
フローラが虹色の瞳を持つ特別な乙女だからではない、どうでもいい相手にはたとえそれが自国の王子であったとしても嘘偽りなく興味がないと言い切れる女の子だから好きになったのだ。
遅すぎる初恋をやっと自覚したリアムの恋愛に関する知識はとうの昔に枯れており、なんなら好きな子に「かわいいね」と言いながらスマートに手を握れる隣国の王子(御年五歳)の方が経験豊富かもしれない。
分からないのならばこれから知れば良いのだし、そもそもフローラに普通の常識が通用するとも思えない。
先程も口にしたがこれは長期戦だ。リアムはどれほどの時間が掛かろうともフローラの気持ちを自分に向かせてみせると決意する。
「トーマス、予定変更だ。夏期休暇にフローラの領地へ向かう」
「はっ」
リアムはフローラの手を取りソファまでエスコートし座るように促すと、腰掛けたフローラのすぐ隣に自身も座った。
「??わたすの領地?」
フローラはリアムとの近すぎる距離にも若干困惑しているが、もうすぐ始まる長期休暇にブラウン領に来るという話も初耳でまったく意味が分からない。
「ああ。この前フローラの実家に婚約証明書を送ったが詳細を尋ねる書簡が届いてな。
フローラから説明してもらおうと思っていたのだが俺が直接赴いて説明することにした」
そりゃあ王都で大人しくしていると思っていた娘が自国の王太子殿下と婚約することになりました、なんて手紙が届けば親としてはどういうことですか!?となるだろう。
「うちの領地は遠いべ?それに危険な場所だから来ねーほうがいいと思うけんど…」
「ブラウン領は辺境とはいえ、大きないざこざもなく平和そのものだろう?どこに危険要素があるんだ。
それに遠いとは言っても馬を交換しながら走らせれば五日ほどで着く」
「うーん、まぁリアム様がいいなら別に構わねけど」
フローラはなにかあれば自分が守ればいいだけかと考え直す。
それにリアムが一緒に来るのならばきっと旅費は王家持ちだ。長期休暇とはいえ、普通に往復すれば二週間かかる距離にある領地にどうやって帰るか悩んでいたところだったのでちょうど良かったと笑みを零す。
「…フローラ様、あのことを抗議されては?」
領地に帰るための費用が浮いたとホクホク顔で喜び、王家に影をつけらていることなどすっかり忘れている様子のフローラにララがそっと耳打ちしてきた。
「あ、そだったな!リアム様に聞きたいことがあったんだべ」
「ん?なんだ?」
リアムはただでさえ近い距離にいるフローラへとさらに顔を寄せる。その様子は非常に甘やかで、フローラが見てみたいと思ったリアムの溺愛行為なのだが、残念ながらそのことにはまったく気づかなかった。
「わたすに王家の影がつきまとってるみたいだけんどリアム様はなにか知ってるけ?」
「は?俺はそんな指示は出していない。というか王家の影を動かせるのは基本的に国王である父だけだ」
「国王様け〜。やっぱりあの時怪しまれたんだべな〜」
「…おい。あの時ってなんだ?お前は一体なにを仕出かしたんだ?」
リアムによる溺愛タイムはすみやかに終了し、重要そうなことを隠していたフローラを問い詰める尋問タイムへと流れるように移行した。
フローラにしてみれば空気を読んだ上でのあえての行動だったというのに、なぜか責められいる今の状況が解せない。
「わたすはなにもしてないべ、したのは国王様だ。
あの時の様子からしてリアム様は知らねんだなと思って黙ってたけども言ってもいいのけ?」
「……。トーマスと侍女は席を外せ」
「承知しました」
トーマスはフローラと引き離されることに難色を示すララを促し(引きずり)部屋を出たので、室内にはフローラとリアムの二人だけとなる。
「…父のなにを知った?」
「国王様の祝福だ。『触れた他者の祝福を模倣出来る祝福』でわたすの力をコピーしようとしたみたいだけんど弾いてしまっただ。
国王様でも模倣出来ない祝福をわたすが持っていると怪しまれたんだべなぁ、きっと」
「!? 父の祝福は『植物を上手に育てることが出来る祝福』であって、そのような特別なものでは……、っ!! だから………秘匿されているのか、実の息子である俺にも…」
リアムと共に挑んだ国王陛下との晩餐で、フローラが眼鏡を渡す際に手が触れたあの時の出来事だ。
国王の祝福の力を以てしても女神ティアに溺愛されたフローラの力を模倣出来るはずもなく、逆に鑑定眼鏡によって自身の秘密を知られてしまう結果に終わった。
「こいつぅ、今フローラ様の御力を模倣しようとしましたよ!!雑魚の分際で女神の力に手を伸ばすなどありえねぇ!身の程を知れ!!」と眼鏡がぷんぷんしながら国王の鑑定結果を教えてくれたのでフローラがサッと周囲を一瞥すると、国王はその瞬間ほんの一瞬目を見開いており、この反応は自分の祝福が弾かれたことでフローラの持つ力の異質さに気付いたのだろうと推察される。
ジョージは国王がフローラの手に触れたことで祝福を手に入れたと確信したのか、分からない程度に口角を上げ淡く笑んだところを見るに国王の祝福の力を知っているのだろう。
リアムはというと、フローラと国王のやり取りを先ほどから変わらぬ緊張感で見守っており、どちらかというと手が触れた時よりも眼鏡を落としそうになった瞬間に心拍数が跳ね上がっていたのでおそらく国王の祝福について何も知らないと判断する。
フローラは、リアムが知らない事を自分がおいそれと口にすることは出来ない、よって今まで黙っていたと話を結ぶ。
黙ってフローラの話を聞いていたリアムは国王の祝福内容以上にフローラの状況判断能力の高さに驚いていた。
晩餐での眼鏡を受け渡すやり取りは記憶しているが、あの時のフローラに祝福を模倣されそうになった動揺は一切なく、逆にこちらを冷静に観察していたとは気づきもしなかった。
全国民が周知している国王の「植物を上手に育てることが出来る祝福」が実は偽りであり、本当の祝福内容は別であると知れば普通は驚くなり手を払ってしまったり何かしらのアクションを起こしてしまいそうなものだが、そんな素振りは一切見せずその場を乗り切る豪胆さはさすがだなとリアムは感心する。
……ちなみに、フローラはもちろん(?)国王の表向きの祝福内容など知らなかった。
フローラ基準では、勝手に他人の祝福の力を模倣するなんて「今から攻撃します」と言っているようなもの。
フローラは国王から攻撃を受けたと判断するやいなや瞬時に戦闘モードに入り、誰が敵で誰が味方なのか状況把握に努めただけであって、決してリアムが感心するような話しではない。
「……教えてもらえて助かった。そういうことならば父がフローラの力を警戒し影をつけようとしたことにも納得出来る。
あと、前から気にはなっていたんだが……場数を踏んだ猛者のようなその判断力、一体どこで手に入れたんだ?」
「? 一瞬の判断ミスが命取りになる環境にいれば自然と身につくど?」
「お前の領地の話なのか……? え、平和、なんだよな?」
「来れば分かるだ」
「……」
リアムはフローラの領地に赴く際は念の為イーサンを同行させようと心に決める。
ここ何十年も問題報告書など上がって来ないブラウン領は、領民も百名ほどしかおらず税収も雀の涙程度しかない。
鉱山があるわけでもない。
肥沃な大地があるわけでもない。
こちらとしては凡庸な土地を管理してもらえて助かる、くらいの感覚でいたのだが…。フローラの口から度々出てくる不穏な単語には違和感を覚える。
「それで影は外してもらえそうけ?難しいならわたすが魅了かけて適当に処理すっけど」
「待ってくれ。こちらでなんとかする、絶対になるとかするからお前は動くな」
「分かっただ!」
フローラにはなんとかするとは言ったものの国王とジョージに手を引かせる妙案など簡単に思いつくはずもなく、リアムは深いため息を一つ零した。
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