74 リアムとジョージの舌戦
「―――リアム様。先ほどまでフローラ嬢が来ていたようですね。仲睦まじいようでなによりです」
「ジョージ………」
王宮の廊下で今一番会いたくない男に遭遇したリアムは、一瞬本気で逃走を考える。
寮の門限があるためフローラ達とトーマスは王宮の馬車に乗り、すでに学園へと帰っていた。
リアムはというと、急遽フローラの領地へ行くことを決めてしまったのでスケジュール調整の確認のために関係各所を回っているところだった。
書類を介した時間の掛かるやり取りをするよりも、サッと動いて直接伝える方が早いと合理的に考えるリアムは、このように自ら動くことが多い。
ジョージの元へはどうやって影を引かせるか熟考し、作戦を練りに練った後に行くつもりだったが……どうやら待ち伏せされていたようだ。
大方、フローラから王家の影の存在について知らされた俺がどのような対応を取るのか不意打ちで確認しようという腹積もりだろうなと当たりをつけたリアムは、内心で舌打ちしつつも促されるままジョージの執務室へと連行されて行った。
***
「リアム様、どうぞ」
「ああ…ありがとう」
ジョージが手ずからお茶を入れたことからも分かるように、執務室にはリアムとジョージの二人しかいない。
ジョージはリアムの対面に置いてある重厚なソファに座り、お茶を一口啜るとすぐさま本題へと入る。
「さて、リアム様。私に何か聞きたいことがあるのでは?
実は私もリアム様にお聞きしたいことがありますのでお先にどうぞ」
ジョージの「お前の疑問などお見通しだ」と言わんばかりの先手攻撃とその後の追及を匂わせる発言に、もう逃げ場はないと悟ったリアムは諦めて話し出す。
「……。なぜ、フローラに影をつけた?」
「おや、おかしなことをおっしゃいますね。
フローラ嬢は今やリアム様の婚約者候補ですよ?
有事に備えて影をつけるのは当然のことかと。むしろ対応が遅すぎたが故にあのような事件が起きたのですから」
「ではアマンダとの一件があったから急遽フローラに影をつけることにしたというのか?」
「勿論です。それ以外に何かあるとでも?」
フローラに影をつけるという話は一度議会で反対されていて、ちょうどその頃フローラに悪女の噂が流れていたこともあり、ジョージはどちらかといえば影をつけることは時期尚早というスタンスを貫いていた……というのに、平然と意見を翻す飄々とした態度にリアムは僅かに苛つく。
本当はフローラの祝福の異常性に気づいたから影をつけたんだろ?こちらも国王の本来の祝福の秘密含め、すべて知っているのだぞと言ってやりたくなるが…でも我慢だ。
「では私からもいいでしょうか?
王家の影を毎回追い返してしまうフローラ嬢のあの侍女は一体何者なのですか?」
「……」
リアムはアリアについての話も先ほど詳しくフローラから聞いていた。
「ウィルソンに所属していた元影という経歴を持つ侍女に扮した男」という怪しさしかない人間をフローラの側に置くのはかなり抵抗があったが、フローラが「アリアはもう家族だから」と強く主張するので渋々認めた経緯がある。
その元影の男はフローラに火傷跡を治してもらったことに深い恩義を感じているので絶対に裏切ることはない、と不敬な侍女が断言したのでとりあえずその言葉を信用することにした。
だがジョージの質問に対し、「あの侍女の正体はウィルソンの元影だ」なんて馬鹿正直に話せばウィルソンに調べが入ることになり、行方不明になっている影の顔にひどい火傷跡があったという情報など簡単に仕入れ、ではなぜフローラの側にいる元影の顔に火傷の跡がないのか?と疑問を抱かせる事態となり、そのまま芋づる式にフローラの祝福は治癒であると推測されてしまうだろう。
フローラの祝福は治癒である、と思われるだけならまだよかったかもしれない。
いまだかつて授かった者のいない稀有な祝福であることに間違いはないが、フローラには力を加減してもらい擦り傷くらいしか治せませんと言い張ればそこまで騒がれることもあるまい。
だがリアムはすでにフローラの祝福を「自身の戦闘力を十倍まで高めることが出来る祝福」だと偽ってしまっている。
今更「本当の祝福は治癒です」と言ったところで、なぜ最初に嘘をついたのか?と聞かれればその返答に非常に困ることとなる。
…何がややこしいって、国王サイドはフローラの祝福が「自身の戦闘力を十倍まで高めることが出来る祝福」ではないことを知っていてあえてこちらを泳がせているし、リアム達もその嘘がバレていると知りながらも知らないフリをしなければならないということだ。
こちらはフローラの祝福は「自身の戦闘力を十倍まで高めることが出来る祝福」である、との主張を変えてはいけない、なおかつリアムが国王の本当の祝福を知っていることを悟られてはいけないので取れる手は断然少ない。
「リアム様?答えられないのですか?」
ジョージがリアムに駄目な教え子を見るかのような、やれやれという視線を送る。
リアムはジョージから面倒な貴族のあしらい方や狡猾な狸達と渡り合う術を学んだので、あながち教師と教え子という立ち位置は間違いではないのだが…それでもあの視線はいつ見ても腹が立つ。
内心で「いいだろう…受けて立ってやる!」と己を奮い立たせ、リアムはジョージとやり合うために用意した設定を話し出す。
「あの侍女はウィルソン家の元影だ。
アマンダの指示でフローラに襲い掛かって来たようだが戦闘力十倍の人間に勝てるわけもなく、返り討ちにしてやったとフローラが自慢気に話していたな。
アマンダはボロボロになったその影が死んだと勘違いして気絶したようだが。
男は今ならば自分は死んだことにして組織から抜けられるのではと考え、フローラに助力を願ったらしい」
「…こちらでもその侍女がウィルソンの影だったということは調べがついています。
そしてその男の顔は火傷の影響でひどく焼けただれていたとの情報も。これについての説明も願います」
―――ここからだ。
リアムはバレない程度に深呼吸をして気を引き締める。
「フローラはエリクサーのような薬を持っていた」
「エリクサー?万能薬など御伽話の世界の話ですよ。
まさかそのエリクサーで影の火傷跡を癒したとでも言うのですか?」
リアムのあまりにも荒唐無稽な話にこの程度の作り話で自分を欺こうなど百万年早いわとジョージは鼻で笑う。
「そのまさかだ。
影の火傷を癒せたことで効果は実証されたのでエリクサーを国王に献上したいと、フローラが今日持参していた。それがこれだ」
「は?」
まさか実物を出してくるとは思ってもいなかったジョージは、リアムが懐から取り出した小瓶の中にある無色透明な液体一滴を凝視する。
「………こんな話を信じろと?
リアム様どうなさったのです?つくならつくで、もう少しマシな嘘をお願いします」
「ジョージが信じられないのも当然だと思うが、これは本物だ」
リアムの真剣な眼差しを受け、ジョージはテーブルに置かれた小瓶を手に取り中の液体を観察すると、小瓶の価値は分かるのに中の液体の価値が分からず一瞬困惑する。
そして液体だと思っていた小瓶の中身はぷるぷるとふるえる弾力性のある物体であると分かった。
「……、リアム様、これは本当に何なのです?」
「エリクサーだと言ってるだろう?これはフローラがアンプリス霊山で手に入れたものだ」
「アンプリスで!? …………。」
未だ誰も登頂することが叶わない難攻不落の霊山で手に入れた謎の物体。ジョージの中でエリクサー実在の話は一気に信憑性が増したことだろう。
なぜならばアンプリスで発見された(ということにしている)不思議な力を宿す眼鏡の存在を知っているのだから。
アンプリス霊山の名を出せばすべてそれらしく聞こえるから今後も何かと使えそうだなと、身も蓋もないことを考えながらリアムは一気に畳み掛ける。
「ジョージの祝福の力でもこの瓶の中身の価値は分からなかったたずだ。それも当然のこと、エリクサーに値段などつけられないのだから。
だが信じるも信じないもそちらの自由。
信じるのならば国王に献上するし、信じないと言うのならばこれは破棄する。―――どうする?ジョージ」
形勢逆転だ。瓶の中身をエリクサーと信じるならばフローラが祝福の力で影の火傷を癒したというジョージの主張は使えなくなり、身体能力十倍の祝福の設定を押し通すことが出来る。
瓶の中身の価値が分からない以上偽物だと判断する材料はなく、そしてリアムの言葉の真偽を確かめる術もない。
早く認めて引き下がれ…とリアムが無表情の裏で強めの念を送っていると、ノックもなくジョージの執務室に入ってくる人物が―――そのようなことが出来る人間など一人しかいない。
「おや、リアム君。ここにいたのか〜」
「……っ、」
国王は掴みどころのない笑顔で部屋に入って来ると、そのままリアムと同じソファに腰掛けた。
国王の真の祝福を知ってしまった今となっては、何も考えてなさそうな笑顔ですら額面通り受け取ることは出来ない。
―――リアムが国王の姿を確認した途端、一瞬警戒から身体を強張らせたこと……ジョージは見逃さなかった。
お読み頂きありがとうございます!! どのような評価でも構いませんので広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、 ポイントを入れてくださると嬉しいです!




