65 天界の禁忌
翌日にレオのお宅訪問を控えた夜、フローラの夢の中にまたしてもティアが現れた。
「ティア様!また会いに来てくれたっぺか!」
「フローラたぁぁん!!!会いたかったぁ〜〜すっごくすっごく会いたかったぁ〜〜〜〜!!!」
ティアはフローラを抱き締めなめらかな頬にチュッチュッとキスを贈る。
「くすぐったいべ〜。大げさだべなぁ、一昨日夢で会ったばかりでねーか。
あ、そういえばイアフス様とどうなったんだべ?」
ティアの残した言葉があまりにも物騒だったのであれから壮絶な夫婦喧嘩に発展してはいないかと、密かにイアフスの身の心配をしていたのだ。
「そのことなんだけどぉ……」
「??」
一気にトーンダウンしたティアにフローラは不思議そうな視線を送る。
「えっと、まずね、あれからすぐにイアフスに確認しに行ったのよ。なんで私の世界の人間に勝手に守護を与えちゃったのかって。
そしたらイアフスは精神体になってて…どうやら他の神の世界に干渉した罰を受けて肉体を取られたらしいのよ〜」
「え!!?」
イアフスは夫婦喧嘩でティアに締められるよりももっと悲惨な目に合っていたようで、あまりの事態にフローラは絶句する。
「に、肉体を取られるって、イアフス様は大丈夫なんだべ!!?」
「精神体でもちょっと不便だな〜くらいの感覚で普通に生きられるし、肉体もそのうち再生されるわ。そうね、五百年もあれば元通りかしら。私達の五百年なんてあっという間だから大丈夫よ」
「ご、五百……」
とうやら天界にもルールがあるようで、一番の禁忌は他の神の創った世界に干渉することだそうだ。
イアフスがレオに自身の守護を与えたことは禁忌にあたる。
そして神々に罰を与えるというからにはティアやイアフスよりも格上の存在がいるわけで、これ以上天界の事情に詳しくなりたくなかったフローラはその存在をスルーすることにした。
「生きてて元通りになるんなら良かったけんど…そもそも、なんでイアフス様は禁忌を犯したんだべ?」
レオに守護を与えなければ肉体を取られることもなかったし、レオだって普通にティアから祝福を与えられていたはずだ。
「それが………実は私のためだったみたいっ、えへ☆」
「えっ!どういうことだべ!?」
ティアは自分の世界に干渉されたことを知るやいなや真っ先に旦那を締め上げに行ったというのに、イアフスはティアのために禁忌を犯したという……ちょっと妻がやんちゃ過ぎないだろうか。
なぜそのようなことをしたのかという理由はともあれ、フローラはすでにイアフスを哀れに思った。
「フローラたんっ、私をそんな『こいつやべー恐妻だ』っていう目で見ないでぇ〜〜〜!
違うのよ、私もまさかフローラたんとの出会いがこんなことに発展すると思ってなくてぇ」
「ん?どういうことだべ?」
なぜここで自分の名前が出てくるのか、とフローラは訝しむ。
詳しく話すために時はフローラ誕生まで遡る、らしい。
***
「え、なにこの輝き……。私の世界にすごい子が生まれちゃったわ!!!
え、ま、眩しっ。眩しすぎて直視出来ない!!!?」
「本当だ、とてもきれいな子だね」
ティアとイアフスは天界からいくつもある世界を見下ろしつつ、夫婦二人でのんびりとお茶を飲んでいた。
神には自分の創った世界を終焉まで見届ける義務があり、ティアも自身が創った世界の様子をごくたまーーーに窺っていたのだが、その時ひときわ輝く光を見つけたのだ。
大はしゃぎのティアとは対照的に、イアフスは伏し目がちに落ち着いた様子でお茶を飲んでいる。
イアフスは漆黒の長い髪を三つ編みに垂らし、眼鏡を掛けた物静かで穏やかな印象の偉丈夫だが、焼けた肌の逞しい身体は彫刻のように美しく、毎日のように若い女神達が熱い視線を送っている。
ティアに呪われそうな視線で睨まれ全員逃げ去って行くが。
一方のティアも天界で噂になるほどの美貌を持ち、二人は美男美女の最強夫婦としてその存在を知らぬ者はいない。
そんな二人は毎日お茶を飲みながらのんびりと過ごすことが日課となっていたのだが、この日からフローラの成長を見守ることも日課に加わった。
*
「はぅ…、フローラちゃん今日もかっわぃ〜〜〜!
見てよあの高速ハイハイ!身体能力が高いのね…。
前世は戦闘民族かなにかだったのかしら?たまにいるのよね、前世の身体的特徴や能力、記憶を受け継いだまま新たに生まれ変わる子が」
「その可能性はありそうな動きだね」
*
「フローラたんったら、今日も困っている人を助けているのね。
魂が美しいからと言って心まで美しいとは限らないのに、フローラたんは両方綺麗なのよ…本当に稀有な存在だわ」
「そうだね」
*
「ティアったらまたあの女の子を見ているの?飽きないわね〜」
「でも気持ちは分かるわ!あの子の魂、すっごく綺麗なんですもの。輪廻転生してもらって次は私の世界に産まれてもらおうかしら?」
「今すぐに異世界転移という手もあるわね!」
「ちょっと!何勝手なことを言ってるのよ!!フローラたんは私の世界の子なんだから!!!絶対に渡さないわよ!!」
「……」
*
「どうしよう……他の神達もフローラたんの素晴らしさ尊さ愛らしさに気づき初めてる……。さすがに干渉まではしてこないとは思うけど…」
「ティア、大丈夫だよ。落ち着いて」
*
「決めたわ!!私はフローラたんを愛し子にする!!
フローラたんの祝福の儀の日に直接会いに行って祝福を授けるの!後何年あるのかしら?四年?待ち切れないないわ!」
「いくら自分の世界とはいえ干渉し過ぎることは推奨されていない。直接会いに行くなんてどう考えてもやり過ぎだよ」
「いいえ!他の神達もこれくらいやってるわ!フローラたんの精神に少しお邪魔させてもらうだけよ。きっと罰は受けない」
「ルルーシュのことは考えてるの?
君が愛し子を作るだなんて聞いたらきっと悲しむはずだ」
「ルルーシュ?あの子には意思なんて持たせていないわよ?
私の世界を守ることだけを使命としているのだから悲しむなんて感情はないし、それに例えあの子が悲しんだとして何だと言うの?」
「ティア………」
*
「ふふ、ふふふ、あははははは!!今日はなんて素晴らしい日なのかしら!!!
間近で見るフローラたんの輝きと言ったらもう……私の貧しい語彙力では到底語れない!!
それにマーキングをして私の世界に結びつけたから他の世界に転生も転移の心配もなくなった!
ねぇ、イアフス……あら?最近イアフスを見かけないわね?二年くらい?三年だったかしら?
まぁいいわ!そんなことよりフローラたんの観察よ!!!!!!」―――「ちょっと待つっぺぇ!!」
フローラはここで一旦ティアの回想をぶった切る。
「自分が戦闘民族の生まれ変わりだったとか異世界に転移されそうになってたことにも十分驚いたけんど、それよりイアフス様の扱いがひどすぎね??
その見かけない二、三年の間にティア様の世界に干渉した罰を受けて精神体になってたって…あんまりだべ!!?」
普通、自分の夫が数年いなくなれば妻は心配するはずでは!?と、フローラはティアに詰め寄る。
「私達の寿命は何千年もあるから神々の数年なんて一瞬過ぎてあまり気にならないのよね〜」
「何千年!?」
何もかも桁違いすぎてフローラは天界の話について行けなくなりそうだ。
「あら、どこまで話したかしら?」
「んだ…、えっと『ルルーシュ』って誰のことだべ?」
「そうそう!ルルーシュはね、私の世界、つまりフローラたんが暮らす世界を護らせている神獣よ。
神が新しい世界を創る時、最初はどうしても存在が不安定になってしまうから世界に安寧をもたらすため神獣を一体配置するの。
神獣の役割は人間の手に負えないような自然災害を消滅させたり厄災を退けたり、人の心に巣食う悪が溜まり過ぎると発生する『深淵』を食べたりすること。
つまりね、神獣がいないと―――世界が滅ぶわ」
「!?」
いきなり物騒な話になりフローラは驚く。
「そのルルーシュ様とわたすが一体何の関係があるんだべ!?」
「それがね〜イアフスったら精神体だからあまり安定してなくて、私のために禁忌を犯したということしか分からなかったのよ」
「えーーー!?」
一番、一番大事なところがなにも分からないっ…とフローラは一人焦るが、そんなフローラを尻目にティアはのほほんと話す。
「だからね〜、フローラたんにお願いがあるの♪」
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