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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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59 腐っても国王


 ―――きたな。

 

 リアムが気を引き締めつつフローラをチラリと見やると、口の中のハムをもぐもぐもぐもぐもぐとしつこいくらい咀嚼していた。なんとも気の抜ける光景だ。


 そしてゴクンとハムを飲み込み口の中を空にしてからやっとフローラが話し出す。


「この眼鏡は、祝福の儀以降の十歳の頃、アンプリスの山頂で見つけ、ました」


「アンプリスですって!?」


「えっ、あの登頂不能な霊山だよね!?」


 フローラの告白に国王とジョージは驚きを隠せない。



「はい。家族同然に大切な人の為、カラコロ草を探しに、アンプリスに向かい、ました。祝福の力があれば、それほど難しい、こともなかったです。

 アンプリスの山頂でカラコロ草を見つけた、ので、急いで帰ろうとしたら、足元に眼鏡が落ちて、ました」



 リアムはストーリーを捏造するにあたり、時系列を少し変更した。

 本当はフローラ七歳の時にアンプリス登頂を成し遂げているのだが「自身の戦闘力を十倍まで高めることが出来る祝福」なしにアンプリス登頂はあまりにも荒唐無稽過ぎる。



「なんと…アンプリス霊山は神々の住まう地であると言い伝えられているのでそのような不思議なことが起きてもおかしくはない、のか…」 


「アンプリスは隣国オーリアに属する山だから、ティア神ゆかりの物である“女神の落とし物”じゃないってことなのかな…。

 違う神の物であるならば、力を宿しつつも虹色に光っていないことにも納得だね」


「眼鏡を手にした時、自分の所有物になった、と理由は分かりませんが、感じました。眼鏡が一定の距離離れると、手元に戻ってくるのは、そのためかと。

 視力は悪くありません、が、持ち歩くのも、面倒なので、拾って以来眼鏡を掛けて、いるのです」


 辿々しくも急遽こしらえた嘘百パーセントの設定を守りよく二人と渡り合っている…!とリアムは手を握りしめフローラの芝居を母が子を心配するかの如く見守った。

 


「ティア神以外の神由来の品か…。フローラちゃん、ちょっと眼鏡を見せてもらってもいい?」


「はい」


 国王の言葉に、フローラが眼鏡を外すと見せかけて透明化と分身を同時に行う。

 タイミングがずれると違和感を感じる難しい作業だが、そこは完璧な出来る秘書(眼鏡)がセルフでやってくれるので問題はない。



 フローラは席を立ち国王の側まで赴くと眼鏡を両手で差し出す。


「どうぞ」


「ありがとう」


 すると眼鏡を渡そうとしたフローラの手と受け取ろうとした国王の手がぶつかり、一瞬眼鏡が落ちそうになった。


「おっと!!ごめんねっ、大丈夫?」


「大丈夫、です」


 フローラの反射神経を持ってすれば落ちそうになる眼鏡など空中で止まっているかのように見えるので、それをキャッチするなど造作もない。


 無事眼鏡を受け取った国王は手の中にある国宝級の宝をしげしげと眺める。


「見たところ普通の眼鏡だよね。度は入っていないんだ…。 

 不思議な力を宿していることに違いはないから王宮で保管したかったけれど、フローラちゃんを持ち主と認めてしまってるんじゃしょうがないね」


「いつの日か、“女神の落とし物”のように、宿った力が消える日が来て、わたくしが所有者でなくなれば、必ず進呈致し、ます」 



 フローラは深く頭を下げ、王に誓った。







***


 晩餐会は終始和やかなムードで進み、「また一緒にご飯を食べようね!」という国王の言葉でお開きとなった。

 リアムとフローラはすでに退室しており、部屋には国王とジョージの二人だけ。



「陛下はどう思われましたか?」


「う〜ん、そうだなぁ〜〜。面白かった、かな?

 フローラちゃんってすごいよね!十五歳の女の子が国王を前にしても一切緊張しないとかあり得る??威厳あるバージョンでいこうとしたけど取り繕うのもバカらしくなってやめちゃったよ〜。ジョージの方はどうだった?」


「フローラ嬢の話に嘘を感じましたね。ですがそれはリアム様も承知の上のことなのでしょう。

 むしろリアム様が率先して嘘をつかせた、というのが正しいでしょうかね」



 ジョージにはリアムのように人の嘘を見破れる力はない。

 だが、鍛え抜かれ洞察力を持ってすれば嘘を察知することは容易だ。特に同じ空間に最強の嘘発見器がいる場合は。


 フローラが話している時のリアムの様子をさり気なく観察すれば拳を握り締めることが多かったのだが、あれは話している人間の嘘を違和感として捉えた時のリアムの癖だ。


 嘘の言葉を不快に感じてしまうからなのか、表面上はにこやかに談笑しつつも手を見ると固く拳を握り締めている場面はよく目にする。


 本人も無意識で行っているようで自身のその癖を知らないはずだ。

 何かに利用出来るかもしれない、とジョージもあえてリアムに指摘したことはない。



 晩餐会でのリアムは明らかにフローラの話に違和感を、嘘を感じていた。

 嘘を感知していることは間違いないのだが、リアムの顔はどこかホッとした表情をしており、あれはおそらく物事が自分の思い通りに運んでいることへの安堵の表情だろう。


 そして会話の途中でフローラがまごつけばすかさずフォローに入る献身ぶりにも違和感を感じる。

 リアムは一度手に入れた者に飴はやらないタイプの人間なので、本来であれば婚約者であるフローラ相手にあそこまで気を配ることはないはずだ。


 ジョージはこれらのことを鑑みてリアム主体でフローラに嘘をつかせている、という結論に至った。



「そっか〜。やっぱり嘘、か」


「……陛下はどうだったのです?

 

 フローラ嬢の祝福は()()でしたか?」


「いや、フローラちゃんの祝福は()だったよ」


「やはり…。あれほど強力な祝福は聞いたことはありませんからね。では本当のフローラ嬢の祝福は何だったのです?

 それにしてもなぜリアム様はフローラ嬢の祝福を偽るようなまねをしたのか…」





 イルド王国国王、実は優秀な植物学者としての一面を持ち合わせている。


 幼少期から図鑑片手に地面に這いつくばり草木や花々を観察し記録を取ることが大好きで、植物の構造、機能、分類、進化、生態、分布などをまとめた表を五歳で完成させた時には周囲の大人達は度肝を抜かれたものだ。

 そんな国王が十歳の祝福の儀で「植物を上手に育てることが出来る祝福」を授かったとして、周囲も納得の一言だった。


 今では巨大な温室をいくつも作り寒冷地や温暖地でしか育たない作物をイルド王国でもなんとか作れないかという研究や、自然環境の保護に農業の発展と多岐にわたる活動を忙しい公務の合間に行っている。

 いや、「研究の合間にたまに公務」が正しいと言えるか。




 国王の祝福は一般公開され広く周知されているため、リアムも知らない。





 国王の公表されている祝福は偽りであり、真の祝福は別にあるということを。


  





 イルド王国国王アレックス・イルドの本当の祝福は―――「触れた他者の祝福を模倣出来る祝福」である。






 イルド王国始まって以来の類を見ない特別な祝福に厳重な箝口令が敷かれ、この真実を知るのは前国王陛下、皇后、前国王の側近一名、アレックスの妻である王妃、ジョージの五名だけ。



 リアムは国王が頼りないので周りを特別優秀な側近で固めていると思っているが、正しくは「特別優秀かつ、有用な祝福持ちの人間で固めている」と言った方がいいだろう。


 これは有事の際に備えての布陣で、なにかあれば使えそうな祝福を模倣し逃げるなり戦うなり出来るので自身を守るという点に関して言えばわりと最強の祝福だ。


 そして国王の祝福は「触れた相手の祝福を知る」ことと同義。


 国王はフローラから眼鏡を受け取る際、フローラに触れた。

 本来であればその時点でフローラの祝福を模倣し終えているので、フローラの祝福を理解し国王自身もその祝福を使いこなせるはず、だった。




「……フローラちゃんの祝福はね、分からなかったんだ」


「分からない?」


「正しくは模倣させてもらえなかった、かな」


 フローラに触れた時、国王の力が堅牢な壁にぶち当たり跳ね返されたかのように感じた。


 まるで―――お前のように矮小な存在である人間如きに使いこなせる力ではない、と拒絶されるかのように。



「フローラちゃんの祝福は間違いなく偽りで述べたものより―――強大で異質だよ」 


「…!!」


「あーあ、やっぱりリアム君の婚約話には裏があったか〜。残念だなぁ、フローラちゃん面白そうな子だったのにね。あんな子が義娘になってくれたら嬉しかったのにな〜」


「陛下……。本当に呑気ですねぇ貴方は……。

 フローラ嬢には王家の影をつけて監視致しましょう」


「うん、よろしくね〜」





 気が弱く優秀な側近達にフォローしてもらいつつ公務をこなす恐妻家な国王は、いくつもある顔のうちの一つに過ぎない。

  



 国王は国王らしく、祝福を偽る不敬虔を厭わない強靭な精神と、身内すらも容易く欺く狡猾さをも持ち合わせている。


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