44 うそつき
アマンダ…? リアムは一瞬誰のことか分からず家名を名乗れと思ったが、すぐに「ああ、あの嘘つきアマンダか」と当たりをつける。
公爵令嬢アマンダ・ウィルソン。
幼少期から現在に至るまで、何かとリアムの隣をキープしようとする少々面倒くさい女だ。
プライドが誰よりも高いが故に話を誇張しまくる傾向がありアマンダとの会話には違和感を感じることが多く、こういう人間との会話は疲れるので断固として面会を拒否したかったがあれでも一応公爵令嬢……何か緊急の用事があるのかもしれないと、リアムは渋々入室の許可を出す。
リアムの嫌々な頷きを見ていろいろと察したトーマスが静かに扉を開けると、アマンダが勢いよく入ってきた。
「リアム様ぁ!!ああ、良かったですわっ…!
中々お会いすることが叶わずわたくし、もう不安で不安で…っ!」
「……」
公爵令嬢らしく、いつもは美しく隙のない装いのアマンダだが、今日は制服のリボンがななめになっていたり髪の毛が少し乱れていたりと常にない状態だ。
それになにをそんなに興奮しているのか…二人の間に執務用の大きな机がなければ抱きつかんばかりの勢いに、リアムは不快げに眉を潜める。
「…穏やかじゃないね。アマンダ嬢どうしたの?そんなに慌てて」
リアムは内心で「なんだこいつ、やたら近いし香水臭いんだよ」と毒づいていることなど感じさせない爽やかな笑顔で優しくアマンダに問い掛けた。
「まぁ、リアム様ったら。照れていらっしゃるの?
そのような他人行儀な呼び方はおやめになって、どうぞわたくしのことはアマンダとお呼び下さいな」
アマンダは興奮状態から一転、今度は頬を染めうっとりした目をリアムに向けてくる。
こいつ、情緒不安定が過ぎるだろ……。リアムはいつもより馴れ馴れしいアマンダの態度を不思議に、そして不快に思うがブチ切れるわけにもいかないのであくまで紳士的に振舞う。
「アマンダ嬢はおかしなことを言うね。君と私は何の関係もない他人同士なのだから一定の距離感は必要だと思うな。
それよりも要件を話してほしい。このように仕事が山積みでね」
全然紳士的ではなかった。
かろうじて爽やか王子スマイルは絶やさなかったが言葉の端々に毒が滲み出ている。
ただでさえ疲れているところに急に訪れた厄介事の気配に余裕があるわけもなく、それでも「この書類タワーが見えてねぇのか?あ゛!?さっさと要件伝えて、いや、もう伝えなくていいから今すぐ出ていけ!」と思ったことをそのまま言わなかっただけマシだろう。
「ぇ……ぁ、は、はい」
アマンダの妄想ではリアムは照れたようにはにかみ、愛おしさを声に乗せ優しく「アマンダ」と呼んでくれるはずだったのに、現実では名前を呼んでもらえるどころか仕事を理由に部屋から追い出されそうになっているではないか…妄想とのあまりの格差におもわずトーンダウンした。
おかしい…。普段のリアム様ならばこのような冷たい物言いは絶対なさらないもの。やっぱりこんなの間違っているのだわ………。
アマンダの瞳に見え隠れする狂気にリアムは気づかなかった。
このことを、リアムはのちに後悔することとなる。
少し落ち着いたアマンダが「んん、」と何かを誤魔化すように軽く咳払いしてから話し出した。
「……わたくしは真実が知りたいのです」
「真実?」
「リアム様があの女………フローラ・ブラウンと婚約したという話の真実です!
なにか……なにかあるのですよね?だっておかしいじゃないですか!!
それはリアム様を犠牲にせねばならないことなのですか!?もし、必要とあらばわたくしがあの女を」
「アマンダ嬢」
最後まで聞くのも馬鹿らしくなりリアムはアマンダの話を途中でぶった切る。
「なぜ、私の考えを君に話さなければならない?」
「え………。で、ですがわたくしならリアム様の憂いを晴らすことが出来」
「余計なお世話だよ」
にこり、といつもの笑顔で微笑まれているはずなのに、アマンダのすべてを拒否するかのように伝えられたリアムの言葉をどのように受け取ればいいのか分からず混乱する。
「で、でもっリアム様は、わ、わたくしを…わたくしとの未来を……」
「君と…?なにを言っているの?
私は君に勘違いさせるような行動なんて一度も取ったことはない。これ以上は言い掛かりに近いよ、今のは聞かなかったことにしてあげるからもう帰りなさい。
トーマス、もう遅いから彼女を女子寮まで送ってあげて」
「承知しました」
リアムの言葉を受けたトーマスがエスコートのために差し出した手をアマンダは振り払う。
「待って!待って下さい!!なぜわたくしではないのですか!?リアム様に相応しいのはわたくしだけよ!!!」
「…アマンダ嬢」
嘘つき勘違い女の相手などしていられないとばかりに、どんどんとリアムの眼差しは冷めていく。
「わたくしはっ、幼い頃よりリアム様をずっとずっとお慕い申し上げておりました!!
この歳になってもどなたからの縁談もお断りしリアム様からの申し出を一途に待っておりましたのよ!?それなのに…それなのにこんな仕打ちはあんまりですわっ!!
ね……?リアム様はわたくしの気を引く為にあの女と婚約を偽装したのですよね…?それならもう必要ありませんわ、わたくしは心から」
「ウィルソン公爵令嬢」
ぴしゃりと告げられたアマンダの名を呼ぶリアムの声に温度はなく、アマンダはびくっとして押し黙った。
「ウィルソン公爵令嬢、思い込みだけでここまで乗り込んできたある意味勇敢な君に教えてあげよう。
私はフローラが心の底から欲しくて欲しくて、私から彼女に婚約を願い出たんだよ。
ふふ、彼女にはつれなく断られそうになってね、それでも必死に懇願したんだ。
本当に欲しいもののためにはなりふり構ってなどいられないからね」
口角をあげて微笑む様は一見優しげに見えるが、そのギラギラとした瞳には獲物をどのように追い詰め甚振ってやろうかと思案する冷徹さがあった。
リアムは心の底から苛立っていた。
相手のことなど何も知らず、知ろうともせず、己の手では何も成し得ることは叶わないくせに「貴方のために」だの「憂いを晴らす」だの鬱陶しいことを宣ってくる。 勘違いも甚だしい、こういう女が一番嫌いだ。
だから言う必要のない言葉を声に乗せ、アマンダの自尊心をズタズタに引き裂いてやった。
「私はフローラを愛している。
これが君の知りたがってた『真実』だよ」
真正面から告げられたリアムの、他の女を愛しているという言葉。
どこまでも残酷なその言葉を受け、アマンダはフラフラと後ずさる。
退室の挨拶もせずおぼつかない足取りで生徒会室を出ていくアマンダを心配してトーマスが後を追おうとするも、リアムに止められる。
「追わなくていい。また変な勘違いされても困る」
リアムはアマンダが出て言った無言で扉をじっと見つめた。
ほとんどが嘘で固められたアマンダの言葉の中で「リアムの憂いを晴らす」と言った言葉に嘘はなかった。
なにをするつもりかは分からないが、しばらく注意が必要だな…。
明日フローラに会った時にでも、一応アマンダのことを伝えておくか。
そう結論づけたリアムは気を取り直して山程ある書類に取り掛かった。
アマンダは人けのない学園の廊下を一人フラフラと進む。
「お可哀想なリアム様………」
「わたくしが必ず助けて差し上げますからね……」
お読み頂きありがとうございます!! どのような評価でも構いませんので広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、 ポイントを入れてくださると嬉しいです!




