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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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42/122

42 心酔


 実は、男神イアフスは女神ティアの夫であるということ以外あまりその存在を知られていない。



 フローラも詳しいことは全然知らなかったのだが魅了の力でレオに絡みつく力を視た際、力の源であるイアフス神の詳細な情報を手に入れた。




 男神 イアフス。


 正義と秩序と愛を司る―――とても真面目な神様。




 失礼な話だがイアフス様はティア様の旦那様だから妻と似たような破天荒な性格の神様なのだろうとフローラは勝手に思い込んでいたのだが、ところがその性格は謹厳実直。


 正反対なこの二人の夫婦生活が気になってしょうがないが今は関係ないのでちょっと横に置いておく。



 どうやらイアフスはティアがレオに祝福を与える前に自身の力を与えたようだ。


 そのせいでティアはレオの存在に気付けなかった。




  あくまでもフローラ達の世界を創造したのはティアであり、イアフスはこの世界の神ではない。


 別の世界の神であるイアフスの力を纏ったレオはティアに「自分の世界の人間ではない」と錯覚させた。




 レオがティアから祝福を授からなかったのはティアに見放されたからではなくレオのことを感知出来なかっただけだし、むしろ呪いと思われていたその力こそがイアフスの守護だったのだ。






 そのことを伝えると、呆然とフローラの話を聞いていたレオは静かに一筋の涙を零した。



「わゎっ、なした!?レオ様大丈夫け?」


 フローラがレオの突然の涙に驚き慌てて声を掛ける。



「ご、ごめん……気が、緩んで、しまって………」 



 レオは人前で泣いたことなど一度もなかった。


 公爵家嫡男として他人に弱さを見せることを是としなかったし、そもそも祝福の儀以降誰かに気を許したことはなかったので涙を見せれる相手など存在しなかった。



 でも―――ずっと、ずっと。



 この大きすぎる秘密を一人で抱えて生きることに疲れ果てていた。




 両親にすら相談出来ず、祝福を偽り、呪いに怯え、ティア神の制裁をいまかいまかと怯えながら待つ日々に心が休まる時など一日もなかった。





 それが、今日―――フローラのおかげで心に巣食っていた深い闇が取り除かれたのだ。





 私はティア神に見捨てられたわけでも、知らぬうちに怒りを買ってしまったわけでもなかった。


 そして呪われてなどいなかった。

  

 今まで自分の身は自分で守ると気を張って生きてきたが、私にはイアフス神の守護がある!




 この事実が、祝福の儀が行われたあの日にずっと囚われ続けていたレオの心を解放する。



 心の底からの安堵と胸一杯に広がる嬉しさ誇らしさ、そして計り知れないほどのフローラへの感謝の気持ちが溢れ、自分でも涙を制御することが出来ずにレオはしばらく泣き続けた。









***


「レオ様もう落ち着いたけ?」


「うん…ありがとう、フローラ」



 レオが泣き止むまでたっぷり十五分はかかった。



 涙が落ち着くと今更ながら自分よりも歳下の女の子の前でみっともなく泣き顔を晒してしまったことに恥ずかしくなり、フローラのこちらを気遣う言葉に顔を赤らめ視線を外しながらお礼を言うことしか出来ない。




「……どうぞ」


 ララが気まずそうな顔でレオの前に水筒に入れて持参していたお茶を置く。



「ララも……ありがとう」


「わたくしは別に…」 


 レオに優しく微笑まれてララは余計気まずくなる。




 レオが祝福を授からなかったことには理由があり、ララにはその理由を知る由もなかったとは言えレオのことを、ティア神の怒りを買ったヤバい奴だと思い暗器を投げそうになりました、なんて口が裂けても言えない。


 とりあえず罪悪感を誤魔化すためにお茶を入れてあげた。


 お茶を出してあげたことでその感情はだいぶ薄まったので、もともと大したことないレベルの罪悪感だったようだが。





 レオはとりあえず羞恥心を忘れることにしてフローラの前に跪き、恭しくその手を取る。



「レオ様?」


「フローラ……。本当にありがとう。君は私の心の闇を払い照らしてくれた一筋の光だ。君はとても眩しくそしてとても温かい…。

 こんなにも世界が輝いて見えたのは祝福の儀以降…いや、人生で初めてだ。今まで自分がどれほど息苦しい世界で生きてきたのかよく分かったよ。 

 フローラ、君が私の前に現れてくれた奇跡に感謝を」


 レオはフローラの手の甲にそっと口づけを落とす。



「チィッ!!調子乗るなよ!!」


 小声だがばっちり聞こえたララの悪態はスルーされた。




「フローラには本当に感謝してもしきれない。アンダーソン公爵家次期当主としてフローラの願いはすべて私が叶えてみせよう。

 貴女の心を満たす栄誉をどうか私に与えてほしい」



 上目遣いでどこかうっとりとフローラを見つめるレオの熱い眼差しに「えっ公爵家?」「あれ?まだ魅了効いてっペ??」と訝しみ、フローラは一瞬真顔になる。



「フローラ?」


「あ、いんや、なんでもないだ」


 魅了の力はちゃんと解除されているようだ。

 そしてレオが公爵子息であることを初めて知ったフローラは内心「わたすお友達のことなのに何も知らなかったべ」と地味に焦る。




「私に出来ることなら何でもする。いや、不可能なことだって実現させてみせるよ。

 まずはフローラの美しい虹色の瞳を彷彿とさせるオーロラ真珠を集めさせようか?世界中の海に潜れば三十粒くらいは見つかるはずだからそれでネックレスを作ろう」



 ちなみにオーロラ真珠一粒で王都に庭園付きの豪邸が余裕で建つ。



「うぇ!?わたすでもオーロラ真珠がお高いことくらいは知ってるべ!?ネックレスなんかいらねーだ。

 それより、レオ様がなんでもしてくれるっていうなら一個だけお願いがあるべ」


「っ、なに?」


 無欲なフローラの望みにレオは前のめりになって尋ねる。




「わたすの、親友になってほしいだ!」


「え………。しん、ゆう…?」


 満面の笑みで放たれた予想外すぎるフローラの願いに、レオの目は大きく見開かれた。




「んだ!お互いの秘密を話し合って同じ釜のお弁当を食べたらもう親友と呼んで差し支えねぇはずだべ!」



 よく分からない親友になるための定義を自信満々に語るフローラにレオは思わず声を出して笑う。



「ふふ…っ、あはは……!」 




 アンダーソン公爵家の名前を出しその嫡男が跪いて「なんでもする」とまで言ったのに、その返事が「親友になってほしい」というこんなにも些細で無欲すぎる願いだなんて。




「もう……。フローラには本当に敵わないな」



 そう呟くレオの笑顔に憂いは一切なく、その顔が見たかったフローラは大満足だ。




 だから無邪気な少年のように屈託のないその笑顔の裏でレオが何を考えていたのか、フローラは知らない。







 ―――もう逃がせないな…。


 フローラは私だけの女神だ。


 殿下なんかに渡さない。



 婚約?ふざけるな、フローラのことを好いてもいない癖に。


 どんな手を使ったとしても二人の婚約は絶対に解消させてみせる。

 



 もしも抵抗するのならば―――殿下を引きずり落とすまで。


 順位は低いが私にも王位継承権はあるのだから。






 国に混乱を巻き起こしたくなければ……大人しくフローラを手放してもらいましょうか、殿下?

 


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