26 ララの祝福と過去①
後半ララ視点です。
ぼーっとレオが消えた辺りを切なげに見つめたまま動かないフローラを見て、ララは不安に襲われる。
「ふふふフローラ様……?ま、まままさかとは思いますがあの不埒な変態男に一目惚れ…なんてことはありませんよね!?ララは反対ですっ、いくら顔が良くても女に手を出すのがスリの如く素早い男は浮気者であると相場が決まっております。後々苦労致しますわ!愛憎塗れた女と女の醜いバトルはフローラ様にはまだ刺激が強すぎるかとっ…」
「一目惚れ?なんのことだべ?」
「ですよねっ!違いますよねっ♪」
まだまだフローラを独占したいララのテンションは爆上がりした。
「なんか……レオ様からいい匂いがしたんだべ」
「匂い、ですか…?」
「懐かしいような、ホッするような、安心するような…そんな匂いだ」
フローラが誰かに対しそんな事を言うのは初めてでララはそれを一目惚れというのでは…?と思ったが、そんなことは一切悟らせることなく微笑む。
「たまにそういうこともありますよ!珍しいことではありませんっ。さ、寮に帰って夕食を頂きましょう」
「んだ!お腹空いただ」
寮へ帰る前、ララは木の幹に刺さった金属棒をササッと回収する。
「ララ…言うの忘れてたけんど、少し物騒すぎねか?女の子なんだしハンカチと同じ感覚で暗器を懐にしまうのはどうかと思うべ…?」
フローラは先ほど冬眠前の母熊のような凶暴性を見せたララの将来を心配しやんわりと苦言を呈す。
「まあ!これくらい標準で仕込んでおかなくてはフローラ様の尊い御身をお守りすることなど出来ませんわ!」
「いや、わたすはただのしがない男爵令嬢だべ」
「それに…これはフローラ様をお守りするためにティア神様から頂いた大切な祝福なのです。祝福に胡座をかくことなく技術を磨き続けることでティア神様のその御心に報いなくては…!!」
「えー…」
ララの祝福は「暗器の扱いが上手になる祝福」だ。
比較的平和な内容の祝福が多い中でララの祝福はかなり物騒な部類に入ると言えるだろう。
せめて剣とか、弓とか、槍とか、「武器使いが上手になる祝福」とかにしてくれれば良かったものを、「暗器」と限定されてしまったばかりにララは一心不乱に暗器の研究に勤しむようになってしまった。
本当のことは言いにくいので村のみんなにはララの祝福は「農具使いが上手になる祝福」だと嘘をついている。
ララは元から手先が器用で領地にいた頃は、作物に適した土作りや種植えに田植え、肥料の撒布や雑草の除去などの日々の手入れまでなんでも手際よく熟していた。
しかもそうやって日々忙しく働く傍ら、自然災害への対策や品種改良、無農・減農薬などの研究まで行っていたのだ。
もはや村の農業第一人者としての地位を確立しているといっても過言ではない。
何をさせても優秀な彼女が「農具使いが上手になる祝福」を授かったと嘘をついたところでバレる心配はないだろうという安易な発想からこんなふざけた祝福を騙ることになった。
村のみんなは「めでたいのぅ〜」と普通に信じてくれた。
「フローラ様、私は今とても幸せなのです。これからもずっとフローラ様のお側にいて貴女をお守りすることが出来る、そのための力があるのですから」
ニコッと笑うララの笑顔は無邪気で明るい。
フローラは「ララがそれでいいなら…いっか」と思い直し、二人は寄り添い寮へと戻る。
フローラはあまり深く考えない性格だった。
***
sideララ
ああ……本当に愛らしい。
ララは前を歩く主人の後ろ姿をうっとりと見つめる。
ララは昔からフローラのように純粋で優しい心の綺麗な人がこの腐りきった世界で生きて行けるのか、悪臭漂う淀んだ空気を吸ってその身が穢れてしまわないか、際限のない人間の悪意に晒され心を痛めてしまわないか心配で心配でたまらなかった。
でも―――五年前の祝福の儀でティア神様がフローラ様を見つけて下さった。
ティア神様が与えて下さった祝福の力で並大抵の悪意では誰もフローラ様の肉体を傷つけることは叶わなくなった。
でも心は別だ。
鈍感なようでいて繊細なその御心を、いずれ強大な祝福の力を持ってしても守り切れない時がやってくるだろう。
だからフローラ様の御心を守ることが私の使命。
あの日、フローラ様が私の心を救ってくれたように。
私もフローラ様のすべてを守れる人間になりたい。
フローラ様はきっと「わたす、そんな大したことしてねーけんど??」…なんて言うのでしょうね。
私は七歳になった頃、旦那様が統めるブラウン領唯一の村であるココナ村に「ここが私の故郷なのよ〜」と語る母に連れられ初めてやって来た。
私はそもそも、ココナ村に来る前は王都の下町に住んでいたので実は最初から訛っていなかった。
フローラ様と同じように話したくて頑張って訛りを覚えただけ。
これは私が唯一フローラ様にしている内緒事だ。
母に生まれ故郷に行くと言われた時、母は生粋の王都育ちであると思っていたので本当に驚いた。
そしてたどり着いたココナ村―――故郷には母の両親が住んでいると聞いていたのに、村のはずれにぽつんと建つアバラ小屋に住んでいたのは祖母だけだった。
「……なにしに帰ってきたんだ」
久しぶりの娘と初めましての孫と対面してからの祖母の第一声が、これだ。
やっぱりな、と思った。
母は恋多き女だ。
とても子持ちとは思えないほど若く美しい見た目をしていてスタイルだって衰え知らずで魅力的だと言われている人だったので、日替わりで逢瀬を楽しむ男探しに困ることはなかったみたいだ。
…私に言わせてみれば化粧が厚くて派手で香水臭くて肌をやたら露出したがる恥ずかしい人、という感想しか出て来ないが。
そんな母に私はこれっぽっちも似ておらず、「私に少しでも似てるところがあればあんたも人生楽勝だったのにね〜。それにしてもあんたに似た男なんかと寝たかしら?ま、相手は分からないけど間違いなく私の子よ!あはは!」と酔っ払った母に口癖のように言われたが、母のような人生を歩むなど死んでもごめんだったのでまったく似ていない顔で清々している。
そんな恋多き女の母にトラブルは付きものだった。
王都の下町という狭い範囲で遊び歩いているのだ、その中には妻子持ちや婚約者のいる男が複数いた。
浮気相手の妻や婚約者の女達と母のバトルは日常茶飯事。
暴言を吐かれたり髪の毛を掴まれたり顔を叩かれたりするのは当たり前、時には刃傷沙汰にまで発展する女と女の戦いは見ている分には面白く害はなかったのだが、ある日長屋の大家に「こんなにしょっちゅう揉め事ばかり起こされたんじゃかなわん。もう迷惑だから出てってくれ」と言われてしまい、急に他人事ではなく現実的な死活問題となる。
そして行く当てもなく彷徨った私達は逃げ帰ってきたのだ―――母の故郷だというこの村に。
祖母の拒絶の言葉で、母はこんな狭い村でもいろんな男どもと遊びまくり女達と揉めに揉めた末に、村を出て行ったんだなと幼いながらに理解した。
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