19 思ってたのと違う
イルドラン学園に入学してからはや二ヶ月。
フローラは学園の食堂を利用したことはなかった。
不特定多数の人々が利用する食堂で、いろいろとギリギリなテーブルマナーを駆使してお上品に食事をいただく、しかも祝福を発動せずに、なんていう芸当はフローラには到底無理だったからだ。
普段のお昼ご飯は寮のキッチンで自炊したお弁当を持ち込み、空教室でララと二人で食べていた。
なので初めて足を踏み入れた、もはや食堂とは思えない綺羅びやかな空間にフローラは心底びびった。
広く清潔感があり、大きなテーブルが等間隔に並べられた場所で、生徒達が貴族らしく洗練されたマナーで上品にナイフやフォークを操り食事をしている。
フローラの知っている食堂とは別次元のこの空間にうまく溶け込みつつ、そして絶妙に盛り上げるような、そんな音が聴こえる…と思って呆然と見渡せば、食堂の奥まった場所にあるステージで楽団による生演奏が行われているではないか。
フローラは理解を越えた光景に目を剥く。
え、なんだべここ?あんなところで楽器さ弾いてなにしてるだ??それにご飯さ食べるだけなのにこんなにでっかいランプ、必要け??それにそれにぃっ、床がつるつるつるつるしてなんだか歩きにくいだっ…!
ララを見ると同じような顔をして天井のランプを見上げ首を傾げていたので、まともな感性の人間が自分の他にもいた!と、ほっとする。
そもそも、「食堂」なんて呼んでいるのだから、ルナさんのレストランのようにもっと親しみやすく、小汚い場所であるべきだろうに。まったく、都会はこれだからややこしいのだ。
田舎から出てきた二人は演奏家とシャンデリアと大理石の存在など知らなかった。
どちらかといえばまともでないのはフローラとララの感性だろう。
「…ちっ。キョロキョロすんな田舎者共が。本当に恥ずかしいやつらだ」
「殿下ぁ!しっ!」
ぼそっと毒を吐くリアムをトーマスが必死にとりなしていたが、カルチャーショックを受けている二人の耳には毒舌もフォローも届かない。
そしてトーマスは何事もなかったかのように笑顔で振り向き、フローラに話し掛けてきた。
「ブラウン嬢、私たちはこことは別の場所で食事をします。食堂の奥に王族専用の特別室があるのですよ」
「は? はぁ…」
食堂を利用している生徒達にやたら見られてるなぁと思いながら案内されたのは、食堂を抜けた先、一際豪華でとびっきり大きな両開きの扉がついた部屋だった。
「どうぞ、レディ」
トーマスが紳士らしく扉を開け、レディファーストでフローラを部屋へと誘う。
「ありがとう、存じます…」
レディ…初めて言われた言葉にフローラは鳥肌が立った。 猿、なら領地でよく言われた。
十分広いが食堂よりはこじんまりした部屋(当たり前だが)の真ん中には丸く大きなテーブル、そしてそこにはすでにフルコースの料理が三人分用意されている。
フローラは気づかないうちにトーマスにエスコートされていて、流れるように背もたれがやたら長い椅子に座らされていた。
本来であれば怪力の力を恐れて誰かに触れたりはしないフローラだが、無意識にというか知らない間にエスコートされた結果、怪力は発動しなかった。
「???」
フローラは「わたす、いつ座っただ?」と不思議に思う。
なんという早業…、眼鏡男…やるな。とは後に零すララの感想だ。
リアムとトーマスも席につき、ララが静かにフローラの後ろに立ったところで、リアムが徐ろに話しだした。
「さて、ブラウン嬢。食事の前に私の質問にいくつか答えてほしい」