100 貴族の証明
誤字報告ありがとうございます!!m(_ _)m
「―――確かに私はフローラの祝福を把握していますが、それを目当てに彼女を手に入れようとしているわけではありません。……と言っても信じてはもらえませんよね」
「……」
アンナは無言だったがその目は「当然だろう」と雄弁に語っている。
「私の胸を切り裂いて心を見せることが出来たならば、もしくは頭を叩き割り思考をぶち撒けることが出来たならば、私がどれほどフローラを想っているかすぐに分かってもらえたと思うのですが。残念です」
「………」
発想が怖すぎて思わずアンナは目を逸らす。何が怖いって、今言った手段が取れないことを本気で残念がっているように見えるところだ。
「出来ないことを嘆いても仕方ありませんね。私が今取れる方法でフローラへの想いを信じて貰えるよう手を尽くしましょう。
アンナ夫人、これを貴女に預けます」
「?これは…?」
レオは徐ろに首に掛かっていた細身のチェーンネックレスを外すと、そのままアンナへと差し出す。
アンナが咄嗟に受け取ってしまったそれを確認すると、チェーンには見事な銀線細工が施された指輪が通してあった。よく見ると紋章のようだった。
「それは私がアンダーソン家子息であることの証明です」
「!?」
「それがないと私は将来公爵家を継ぐことが出来ません。ですから私がフローラに相応しいと思えた時にその指輪を返して下さい。
ですがフローラの力を利用しようとする口先だけの男だと判断した時はお好きなように処分してもらって結構です。
権力も立場も金もすべて失った男にフローラをどうこうする力はありませんからアンナ夫人も安心出来るでしょう」
「ななな、何をおっしゃっているのですか!!」
アンナの手のひらに乗っかる指輪が急激に重さを増し一気に汗が噴き出す。
本来ならば他人が触ることなど許されない高位貴族のそれを自分が手にしてしまったことへの恐怖でアンナの全身はカタカタと震え、手汗と振動でネックレスを落としそうなる。
『貴族の証明』―――これは高位貴族にしか浸透していないしきたりだ。
貴族家の当主を名乗るには国王陛下の許可が必要だが、高位貴族に生まれた男児が後継ぎを名乗るのは当主の許可が必要となる。
子が産まれる際、当主もしくは信用出来る者を出産に立ち会わせ、間違いなく当主の子であると認められればそのことを示す証が子に贈られる。そして証が贈られるのは世継ぎとなる可能性のある男児だけだ。
証は貴族家によって様々な形状をしているが、どこかに必ず家の紋章と子の名前が印されているらしい。
証は生家の後継ぎであると証明してくれるもの。逆に言えば証がなければ真の後継ぎであると認められないのだ。
アンダーソン家の証は指輪という、まったくもって知りたくなかった情報を手にしてしまったアンナは、うっかり消されたりしないだろうか?と遠い目になる。
「あ、あの、レオ様のお気持ちというか、お考えはよく分かりましたので、早く指輪を回収して頂けないでしょうか…!?」
「もう返して頂けるのですか?つまり私のフローラへの想いを信じて下さると?」
「…っ!」
なぜ…なぜネックレスを受け取ってしまったのか…!!とアンナは先程の自分の迂闊さに苛立つ。
レオのことを信用したわけではないがとりあえず指輪を返さないことにはアンナの心に安寧は一生訪れないことは確かだ。
「………分かりました。レオ様のお気持ちを信じます。それで私は何をすればよろしいのですか?」
「何も。こうしてアンナ夫人とお話しさせて頂いたのは本当に深い意図があってのことではないのです。
こんなことを言うのはお恥ずかしいのですが……私には余裕がありません。
ライバルは王族で、すでに婚約まで済ませてしまっている。こうなってしまえば一貴族でしかない私に勝算はほとんどない。
だからせめて好きな人のご両親には好かれたいと思っての行動でしたが……逆効果でしたね」
そう言ってアンナの手のひらからペンダントを回収したレオの顔はほんのりと赤く染まっている。いつもの色気をまったく感じさせないそれは羞恥の感情からくるもの。
「困らせてしまいましたね…すみません。いつもはこんなやり方を間違えるようなこと、しないのですが…。
あー…。やっぱり焦って動くと碌なことにならないな」
最後の方の言葉は耳をよく澄ませないと聞こえないほどの小声で、どんどん羞恥心が膨らんでいることが窺える。
―――なんだ…。レオ様も普通の男の子なのね……。
アンナが高位貴族というフィルターを取っ払ってレオを見れば、そこには年相応に恋愛に悩む一人の青年がいた。
貴族らしくスマートなやり方でアンナを懐柔しようとしたが、焦るあまり空回って散々な結果に終わってしまい、分かりやすく恥ずかしがっている、と。
「ふ、ふふ。すみませ、なんだか可笑しくって、ふふふ!」
「………いえ、構いません。迷惑料です、存分に笑って下さい」
「あはは!」
濡れた子犬のようにしょんぼりとした顔でそんなことを言うのだからアンナのツボに入って仕方ない。
―――アンナとフローラは違う。
フローラは強く逞しい子で、親の不安など彼方へ放り投げてどんな環境でも一人で真っ直ぐ生きて行ける子だ。
ならばアンナがこうしてヤキモキしてても意味がない。
親が王太子との婚約誓約書にサインしようと公爵子息に懐柔されようと、フローラが自分の意に沿わないと感じればすべて跳ね返すだけの力があの子にはあるのだから。
「ふふ、失礼な言い方をしますが、私はレオ様のことが気に入ってしまいましたわ!
そうね…息子が出来るなら王太子様よりレオ様がいいです。応援してますからどうか頑張って下さいませね?
あの子は手強いですわよ。幼い頃、絵本の物語で王子様がお姫様のために悪と闘うシーンは目を輝かせて食いつくのに、ハッピーエンドで二人が結ばれるシーンで興味を無くしてすぐ眠ってしまうような子でしたから。
『結婚は種の存続のため』と本気で思っているフローラの気持ちをどのようにして動かすのか…楽しませて頂きますわ」
「! ありがとうございます、無様に藻掻くつもりです。そうですか…フローラは幼い頃から恋愛に興味はありませんか…。確かに手強そうですね…」
アンナの失礼な物言いにも怒ることなく穏やかに返事をするレオのことを、もう恐ろしいとも胡散臭いとも思わない。それに…
―――あの人が出て来ないのも、きっとそういうことなんだわ。
アンナがレオに懐柔され、よくない未来を察知したならばダンがこの場にすぐやって来るはず。
そうじゃないということは少なくともレオは本当に何かの思惑があってアンナに近づいたのではないということ。
ダンの祝福は『第六感が研ぎ澄まされる祝福』だ。
第六感とは、普段使っている五感(視 覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚)に加えてもう一つ持っている六番目の感覚のこと。
この第六感には直感や勘という曖昧な事象も含まれており、よく「ピンと来た」や「何となくそう思った」など根拠なく閃くことがあるが、ダンはそれらが恐ろしく的中する祝福を授かった。
しかしいつでもどこでも誰かれ構わず第六感を発揮するわけではない。あくまでダンに関わる人、事に関してのみ、不定期で発揮するという非常に限られた能力だ。
限定的ではあるが領主がこの祝福を手にすれば、領に降り掛かる災難を事前に察知することが出来るのでとても価値のある祝福だと言える。
ダンのこの能力のおかげで村の子どもが人拐いに連れて行かれるのを防げたり、大規模な冷害を最小限の被害に抑えることが出来たり、魔物のふいうちを躱すことが出来たりとその恩恵は計り知れない。
アンナだってダンの祝福の力には最初からお世話になりっばなしだ。
フローラがこの先誰を選ぶのかはまだ分からないが、たとえどのような選択をしたとしてもあの子には私達がいる。
私に出来ることはどっしりと構えてフローラの帰る場所になることだとアンナは腹を括って、娘の恋愛模様を楽しむことにした。
「貴族の証明」はあくまでこの世界の話しとして細かいことはスルーして頂けると助かります!