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女神の寵愛を受けた男爵令嬢と受難の日々  作者: ひなゆき


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99/122

99 十五分の恋


 アンナが庭園でダンに初めて出会ってから三ヶ月、二人はガゼボ内の椅子に並んで座り、共に昼食を食べるまでの仲に進展していた。



 これ以上食べない方がいいとダンに注意してもらったあの日、アンナは体調を崩して学園を早退したのだ。あのまま無理に食べ続けていれば間違いなく教室で嘔吐していただろう。

 そんなことを為出かせばクラスメイト達にどれほどの侮蔑のこもった目で見られたことか……ゾッとする最悪な事態を回避出来たのは、顔は著しく恐いけれど声は優しい庭師見習いの彼のおかげだ。

 翌週にはアンナの体調も戻り、ガゼボに向かうとあの時の彼がいたので勇気を出して話しかけ、お礼を伝えたのが交流のきっかけだった。



 彼の名前はダン・ブラウン。


 庭師見習いなどではなく、まさかまさかの貴族だった。


 貧乏男爵の出で王都にある別の学園に通っているのだが、長めの昼休みを利用してイルドラン学園の庭園を整える仕事をして小銭を稼いでいるそうだ。


 そのため、共に食事をと言っても彼の休憩時間はわずか十五分と短く、アンナがダンについて知れたのは三ヶ月でこれくらい。


 ダンはとにかく口数が少なく、アンナがしゃべり倒すのを黙って聞いているだけというのが十五分のお決まりの過ごし方だった。

 まったく喋らなくとも真剣にアンナの話しを聞いてくれていると分かるので、沈黙を貫かれてもまったく嫌ではなかった。

 そしてアンナは自分がお喋りであることに、ダンに出会ってから初めて気が付いた。いや、もしかしたらダン限定でお喋りになるのかもしれない。


 ダンに聞いてほしいこと、話したいこと、聞きたいことが湧き水のようにコンコンと溢れ出して止まらないのだ。


 聡明なアンナはこの現象がどういう心理状態をさすのかすぐに悟ったが、もちろんこれ以上どうこうするつもりはまったくない。

 自分がデブで醜い脂ぎった女なのは十分自覚していたので、こうして隣に座って話しを聞いてもらえるだけで本当に満足だった。




「………明日、何かあるのか?」


「えっ?」


 珍しく(本当に珍しく)ダンが口を開いたかと思えばそれはアンナの明日の予定を確認する言葉だった。



「明日は…家に帰るだけよ」

 


 アンナはおもわず暗くなってしまう顔を隠せずにポツリと伝える。

 ダンには家での辛い状況など一切話していない。彼とは楽しい会話だけしていたかったから。

 …まぁ、楽しんでいるのは自分だけだろうけど、とアンナは自嘲する。



「俺も一緒に行く」


「えぇ!?、一体なにを言って…」


「嫌な予感がする。明日の朝学園の門の前で待ってる」


 それだけ言うとダンは休憩時間を終え行ってしまった。相変わらず言葉数が少なくて何も伝わらない。

 

 何をしにアンナの家に来るというのか、そもそも本当に家に一緒に行くという意味なのかすら分からなかったが、明日の朝また会えるということだけは確かそうで、アンナの口元には笑みが浮かんだ。


 

 翌日、本当にダンが学園の門の外で待っていたので、二人は子爵家の馬車に乗りアンナの家へと共に向かう。

 ダンは馬車の中でもまったく話さないのでうちに来る理由が本当に分からなかったが、あの地獄のような場所へ向かうのに一人じゃないということがこれほど心強いとは思わなかったな、とアンナは独りごちる。



 割と裕福とはいえ王都の一等地にタウンハウスを持てるはずもなく、一時間ほど馬車を走らせやっと子爵家が見えてきた頃、家の前に見たことのない馬車が止まっておりアンナは一瞬訝しく思う。


 やがて馬車が完全に止まり御者が扉を開けてくれたので降りようとすると、外からいきなり手を強く引かれたせいでアンナは足を踏み外し転倒してしまった。



「きゃあ!!」 


 相応しい効果音は「ボヨンボヨンッ」だろうか。

 アンナのふくよかな身体はバウンドしながら文字通り地面を転がる。



「お前!!遅いのよ!!このデブが!!デグラ男爵様がお待ちよ!さっさと来なさい!!!」



 アンナの手を引っ張った犯人は義母だった。


 それにしてもデグラ男爵…?ああ、やっと義母のお眼鏡に叶う自分の嫁ぎ先が見つかったのかとアンナは悟る。


 地面を転がった衝撃と地獄の未来が確定したショックでダンの存在を忘れていたアンナは、後ろから髪の毛をぐいっと鷲掴まれたことで心底驚く。



「……おいアンナ。どういうことだ?」


「「ひぃ!!!」」


 ダンの凄みのある顔が恐すぎて、初めて義母とアンナの感情がシンクロした。

 いまだ地面に寝転がるアンナの髪を掴みながら恐ろしい顔で詰めよるダンは、さながら悪徳な借金の取り立て屋か凄腕の暗殺者かといった雰囲気を醸し出している。



「デグラ男爵は後妻を探してる変態の爺だろーが。その爺がアンナに一体何の用だ?

 おい!!ババア!!まさかこいつをデグラに売るつもりじゃないだろうな!?」


「ひっ!?ひぃぃぁぁ……!殺されるぅ!?」 



 急に現れたその筋のヤバそうな男に詰め寄られ、パニックに陥った義母は尻もちをついて後ずさる。


 玄関前にいる杖をついた老人がデグラ男爵だろうか。

 アンナ達のやり取りを見ていたようだが、ダンの迫力にビビって「まだワシは死にたくないぃ…!」とかなんとか言いながら馬車に乗り込み去って行ったのであまり顔は見えなかった。


 

「アンナは俺のモノだ。ブラウン領に連れ帰って一生可愛がってやる。いいな!?」


「ひぇぇぇ〜!!」


「分かったらさっさと書類を用意しろ!!」


「ひぃぃ!!」



 ダンはアンナの腕を乱暴に掴みながら義母を追い立てるようにして我が家に押し入るものだから、アンナは堪えきれずに涙を零してしまう。

 

 応接室までやってくると、アンナの父であるアボット子爵はダンを見るなり立ち上がって「なんだね君は!」と勇敢に立ち向かったが、ダンに人を殺せそうな視線で一睨みされたことで何事もなかったかのように椅子に座り直す。もう完全に押し入り強盗だ。


 子爵は一体何を要求されるのかと恐々としていたが、目の前にいる恐ろしい形相の男の望みはアンナの身柄ただ一つだという。

 ダンの凶行が心底怖かったようで、とにかく穏便に速やかにお帰り頂こうと、二人の婚約の話しはトントン拍子に進む。


 そしてダンの隣で震えながら涙を流すアンナがよほど憐れに見えたのか、立ち直って来た義母は「中々良い嫁ぎ先では?」と思い始めたようで、積極的に話しを進めようとしてきた結果、親のサイン済みの結婚証明書まで手に入れることが出来た。これでいつでも結婚出来るようになった。



「……行くぞ」 


 必要な書類を手に入れたダンは、用は済んだとばかりにまたアンナの腕を乱暴に引き子爵邸を後にする。


 アンナが引き摺られながらもチラリと後ろを振り返ると、義母が嬉しそうににんまりと笑う嫌な顔が目に入った。

 あの笑顔の意味は、ダンに粗末に扱われるアンナを見て永劫の地獄を確信したからなのか。


 最後まで異世界人とは分かり合えなかったな…とアンナはぼんやりと思う。

 


 馬車に乗り込むなりダンは先程までの凶悪な顔を若干和らげ、いまだ涙をポロポロと流すアンナにハンカチをそっと差し出す。



「……ごめん。大丈夫か?」


「……」


 アンナは胸が一杯でせっかくダンが話しかけてくれているというのに返事を返すことが出来ない。



「アンナがあそこまでひどい扱いを受けてると思わなかった。あの女はアンナの不幸を望んでいた。だから望む男を演じようと思ったのだが…髪を引っ張ってしまってごめん。痛かっただろう」


 そう言ってダンが優しくアンナの頭を撫でたことで、堪えきれなくなり笑いだしてしまう。


「ふ、ふふっ、あはは!貴方って…あんなに喋れたのね?それに…ふふ、役者にもなれるわ!

 あーおかしい…!ふふっ、婚約誓約書はデグラ男爵を退けるためだったとしても婚姻証明書なんてどうするつもりなの、もう。ふふふ」



 アンナは未だかつてないほどに満たされていた。


 アンナを助けるためのただの手段で全部嘘だったとしても、好きな人が自分との婚約を望んでくれたのだ。    


 この誓約書を額縁に飾って眺めながらこの先の人生を生きていこう、そう思った。



「………大切な人を守るためならば苦手なことだって何だってする」


「………え」


「初めて会った時、俺の事を下働きの人間だと思っただろう?にも関わらず俺の顔を見て悲鳴を上げたことを謝ってくれた。俺はあの時から誠実なアンナの事が好きだ」


「えぇ!!?私こんなに太ってるのよ!?」


 まさかの告白にアンナは喜ぶどころがダンの性癖を心配してしまう。だってアンナは好きで太ったわけではないのだから、あとでデブ専だったと言われてもご期待には添えないかもしれない。



「……見た目はそれほど気にならない。病的に太っている感じもしないし。アンナがアンナでいてくれるだけで、それだけでいい」


「ダン……」



 こうしてアンナはダンと婚約を結び、学園卒業と同時に婚姻証明書も提出してブラウン領へと嫁いで行った。


 婚姻を結ぶ前ブラウン領にまつわるすべてを教えてもらい、知った上で俺を選ぶか決めてほしいと言われたが何を言っているんだと怒った。


 ブラウン領には魔物が出る?ダンが本当は貴族ではない?犯罪者の一族に加わる覚悟?


 そんなの全部全部、望むところだ。


 アンナは自分の持つ知識をすべて差し出しダンとブラウン領を守ってみせると決意する。


 

 今まで何もかも奪われ続けて、知識だけは絶対誰にも奪わせるものかと必死に生きて来たが、ダンに無償の愛を与えられ、アンナも初めて何かを差し出したいと思えた。

 

 こんな気持ちを抱くのは生涯彼にだけ。


 フローラが生まれてからはアンナが持つ知識はすべて娘に受け継がせた。

 いくら教えても標準語だけはどうしても習得出来なくて頭を抱えてしまったが。



 愛しい夫との間に生まれた可愛い可愛い娘、フローラ。


 誰からも愛される子に育ちますようにと願いながら育てて来たが、まさかティア神様に溺愛されるとは思いもよらなかった。


 王太子と公爵子息もフローラに好意を寄せている素振りを見せているが、二人ともどうしても信用ならない。


 

 アンナは協力関係を持ちかけてきたレオを前に、どうしたものかと思案した。

お読み頂きありがとうございます!! どのような評価でも構いませんので広告の下↓にある【☆☆☆☆☆】から、 ポイントを入れてくださると嬉しいです!

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