12
城の中にあった目覚まし時計を思い出すような覚醒で朝を迎えた。
時計職人はギルドに入る試験で時報付きの時計を作らせられるそうだけど、城の目覚まし時計は名人といわれる程の時計職人に作らせたそうだ。
音は大きく城の中で響いた。
私はその時計を見たことが無い、何度も探したことがあるけど、それは城の秘密の場所で鳴っているそうだ。
でも時計が動いているという事は、誰かが管理しているという事だ。
何度も探したけど、結局見つからなかった。
あの城には私の知らない秘密の抜け道にあるのだろうか……。
眠りと覚醒の合間でぼーっと考えていると、目覚まし時計の正体に気づいてしまった。
「がーっ!」
これは滝の音ではない、人間の鼾だった。
私が昨夜集めた虫達は床を飛び跳ね、求愛行動の鳴き声で鼾をかき消そうとしていた。
虫達の鳴き声は微力だった。
もう朝だ。
朝なら起こしても問題ないはずだ。
私が這いながらサウロの元まで行くと、鼾がぴたっと止まった。
朝になってやっと止まったのか、そう思って再び寝ようとすると――。
ばんばんばんっと、音がした。
暴れるような音だった。
慌てて起きてサウロの所まで行くと、喪服の彼がサウロの口を手で覆っていた。
「危ないっ!」
「いや、申し訳なかった。危うく命の恩人を窒息死させるところだった」
彼が床に座ったまま、頭を下げた。
「いえいえ、今の今まで気づきませんでした。俺の鼾が殺人的な騒音だとは」
サウロが同様に謝った。
口の周りに指の跡が生々しく残っていた。
さすが武術家だけあり力が強かった。
彼の名前は「ホルヘ」と言うそうだ。
候国でも有名な剣士だったけど名前は知らなかった。
城の中での小さな生活圏内だったので、頭に名前が入って来ていなかったようだ。
これからの生活は城の外なので、多くの人たちに会う事になる。
名前を忘れないようにしないといけなかった。
「命を助けてくれたようで助かった」
私は頭を下げられた。
人工呼吸をした時に、見られたような感覚があったけど意識があったようだ。
「いいえ――」
否定しようとすると。
「そうなんだよ。まさか死者を生き返らせるなんて凄いよなー!」
私の設定は少年で、サウロと同行する弟のはずなんですが、そんな風に驚いたら私とサウロの仲を怪しまれてしまう。
「生き返らせる? 俺は死んでいたのか」
ホルヘの問いに、私は頷いた。
「そうか死ねなかった。それは少し残念だ」
その言葉にサウロが口をあんぐりと開いた。
ホルヘは愛していた奥さんが死んでしまった。そのため、多少自暴自棄になっているのだろう。だけどサウロはそれを知らないから――。
「俺達が助けたのが悪いって言うのか!」
「いや、そんなつもりじゃあない……」
ホルヘは苦笑していた。
「不快だ。俺は外へ行く」
サウロが扉を乱暴に開いた。
「どこに行くの?」
「外でもう一回寝る」
……そうですか。
私がホルヘを見ると、ホルヘは大怪我の手を眺めていた。
動かせるか試しているようだが、細かく震えていた。
剣士としての一生が終わったかもしれない――そんな雰囲気が出ていた。
独りにしたほうが良いかな――外へ出て行こうとすると背後から、
「さっきの発言は悪気はなかった。すまない」
と謝られた。
「いえいえ」
外へ出ると、また滝のような鼾がした。
サウロがもう寝ているようだった。
「おい、あんちゃん」
村人の一人が話しかけてきた。
一瞬反応できなかったが、振り向くことができた。
「あんちゃんたちの荷物な、狼が盗んだみたいだから、取り返すことにした。だからあんちゃんたちの荷物を取り返すから手伝え」
「それはもちろんです」
「あの狼は村の近くに住んでいるんだ。前々からいるのは知っていたが、悪さはしていなかった。だけど最近悪さし始めた。だから退治する」
村人が背を向けて、どこかへ歩こうとした。
「この村には引退した猟師がいる。犬も昔飼っていた。だからあいつらも連れて行く」
この村人の喋り方がどことなく変だった。
候国の言葉ではなく、別の言葉を使っていた人なのかもしれない。
とぼとぼと歩いていると暇だった。
「どこの国の人ですか?」
「私か?」
「そうです」
「国はない。漂流の民だ」
漂流の民――何のことだろうか。自分の知識のなさが悲しかった。
「母と一緒に占いをして漂流していた。母が足を怪我して歩けなくなった。だからこの村住んでいる。三年前からだ。生きるために村のためにならなければならない」
私がまだ話しかけようとすると、
「まて、変なにおいがする」
村人が先行して歩くと、その先に家が見えた。
百秒を数えると、村人が走って戻ってきた。
「食われている。逃げるぞ」
えっ……今何て。
「熊だ。狼のほかにも熊か。ここはもう住めないかもしれない」
私が呆然としていると、
「早くしろ。熊に会ったら死ぬ」
私は疲れている足を動かして走った。
眼の左端に何かが映った。
白いものがいた。
昨日の夜もいた何かだ。
「あれは」
「どうした?」
「何かが見えたんだけど」
村人は目をすぼめたが、首を振った。
「熊ではないなら気にするな。急ぐぞ」
私達は先を急いだ。
村は私達が戻ると大騒ぎになり、私達の荷物どころの話ではなくなっていた。