13日目 疲れている皆へ
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(もう嫌だ。死にたい。)それしか考えられないくらい、見事に五月病にかかってしまった。
ブツブツと会社の悪口を呟きながら、明日も朝早くから仕事だという現実で重くなった足を引きずり、家のある方向に歩いていた。
街ですれ違った赤の他人達は、そんな俺の顔を見て驚愕の表情を浮かべていた。二日寝てないからな。きっと酷い顔をしていたんだろう。
深夜なのに人が沢山いて活気のある商店街を通り過ぎ、寝静まったように静かで寂しい住宅地にある道を歩いていた。月と街頭の頼りない光を頼りに地面を見ながら歩いていると、急に頭上にあった街頭の光が点滅した。と、同時に足を止めて顔を上げた。
……人の声のような物が聞こえてきたからだ。
数件先の街頭の下、茶色髪を胸の当たりまでのばひている。黒いシャツにデニムズボンの女性だった。その女性は俺に気が付くと、こちらを向いてニヤリと笑った気がした。
何あれ?よく見るホラー映画のようなお化け役の人とは違く、普通にそこら辺にいる女性のはずなのに、違和感を感じていた。
もう夜中でも蒸し暑く、ジメッとまとわりつく様な汗をかいていた俺は、彼女を見た瞬間寒気を感じていた。
本能が、「見てはいけない。逃げろ。」と、言ってるのではないか。と、訴えているような感覚を覚えていたが、ここから家は目と鼻の先。女性の横を過ぎて、30歩くらいの所なのだ。
帰ってすぐ寝たいくらい疲れてるのに、女性を避けて遠回りしたいなんて、そんな回りくどい事考えていられなかった。
なので1歩、もう1歩と、彼女を避けながら俺は道を歩いていく。彼女はそんな俺をずっと凝視している気がしていた。
気配がするのだ。家に近付くにつれ、彼女の息使い……いや疲れているせいか、何故だか心地の良いと思える声が聞こえてきていた。
「い………………る……」
(ほんとに何なの?)
「いっ……に……る……」
(あぁ、本当に気味が悪い)
「いっ……に…く………」
(こっちは…死にたいくらい疲れてんだから、これ以上疲れさせないで欲しいわ……最悪。)
そして、丁度真横に来た時、彼女が笑みを深めたような気配を感じた。
しかし何も聞こえない、見えてないフリをして歩みを進めている時……彼女が何を言っていたのか理解してしまった。
「いっしょに…くる…?」
その言葉にゾッとして、思わず彼女の方を見てしまった。
「……ひっ!」
確かにその時、俺は彼女の顔を見た。しかし今になっては、何故だか顔を思い出す事はできない。
黒いシャツだと思っていたのは、赤茶色く変色した血塗れのシャツで、赤い液体が滴ってるのに、それ以上汚れる事のないジーンズ。首が10°……いや、360°くらい曲がっていて、どう見ても生きている人ではなかった、て、事は覚えている。
それを見た俺は、情けないが悲鳴を上げて、無我夢中になって走った。
そして、鍵が空いてないことに慌てたり、カバンから鍵を出した後落としてしまい、急いで拾い上げて何とか家に帰った。
その時笑い声が聞こえてきた気がしたが、女性は、俺の後にをついてくることは無かった。
それからは、残業にならないように必死に仕事をした。今日も、先輩方の後について行き、最近は仕事ぶりを認めてもらう事ができた。
アレを見たとき、あんなのには成りたくないと思った。死にたくなった時は、あれを思い出し思い止まる事ができた。
今はやっと仕事を覚えることが出来て、仕事の楽しさも味わうことが出来るようになった。
それからも、毎日その道を歩いて帰ってるが、彼女とはもう、一生会うことは無いだろう。
そう思いながら、今日も夕日が沈みかけている道を歩いて、家に向かっていた。
フィクションです。