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最終話 第三勢力の侵攻と一般枠の反逆

 下顎に居座っていた問題児たちを取り除き、その傷も癒えてきた頃のことです。

 ある晴れた日、お世話になっている近所の歯科医へ顔を出しました。凱旋と言いたいところですが親知らずはまだ残っています。

 そう、最後の一歯を片付けるためのスケジュールを話し合いに来たのです。ついでに定期健診もしてもらって歯の状態を見てもらいました。特に何かがしみるってこともないし問題なしで終わるでしょう余裕余裕。


 そんなわけで盛大に立てたフラグはすぐに回収され、虫歯の発見と相成りました。どうやら遥か昔に治療した歯に被せた金属の隙間から内部が寝食されていたようです。よくあるパターンですね。変なルートに入るのが好きなくせに、こういうところは王道ど真ん中ってのがまたなんとも。

 こちらについては親知らずでもないので以下省略です。特別なこともなく麻酔から始まる一般的な治療をしただけですので。そもそも水がしみない程度の深さですから前哨戦がいいとこです。ただしボスとの連戦はご遠慮願います。


 日を改めて、いよいよ本丸を攻め落とします。今までの経験をフルに活用し、食事をしっかり済ませ、休みも取っていざ抜歯。天気もいいし流れが来ているぞ。

 埋没しているわけでもなく、一応は顔を見せているので難なく抜ける。ドクターもそう言っていました。筆者もそう思っていました。実際すぐに終わりました。

 麻酔さえ効けばあっという間ですね。グイグイされる感覚もどこか懐かしく思えました。柱が折れるようなあの音が今回はしなかったのが少し残念な気がしたりしなかったり。


 さて、これにて親知らずの抜歯が全部完了いたしました。

 長期間の戦いお疲れ様でした。ガーゼを噛んで精算して薬を貰って安静にしてください。上下共に歯がない部分なので多少は噛みにくいかもしれませんが我慢しましょう。血が止まるまで一時間くらいの辛抱です。それくらいの時間が一般的だって経験で知ってます。最初の抜歯だってそうだったんですから間違いありません。




――――




 一時間後。

 そこには変わらず傷跡から血を流し続ける筆者の姿が!


 ……おかしいな。こんなところでクリア後のお楽しみなんて望んでないぞ。

 まあ仕方ない。抜歯は手術。血だってそう簡単には止まらないでしょう。これくらい普通だし許容範囲ってやつですよ。

 血と唾液で無残な姿になったガーゼを捨て、新しいガーゼを探します。クリップや輪ゴムなんかと同じで、こういうものは知らないうちに溜まって引き出しを圧迫するもんです。さて、どこにあるかなっと。


 皆様の予想通り、どこにもガーゼはありませんでした。

 頭の中にはクエスチョンマークが満員御礼。混乱魔法を受けても、こうはならないのではないかと。


 どうする、考えろ。

 口内に広がる鉄の味を感じながら慌てふためく筆者。そんな愚か者の目に飛び込んできたのは一枚のマスクでした。


 その時、ゴチャゴチャしていた思考回路が一瞬で整列する感覚を味わいました。

 マスクはガーゼの集合体。つまりマスクを解体すればガーゼになる!


 どこかのゲームか何かで鍛えた合成分解論理を駆使して、マスクをハサミで刻んで無事ガーゼの入手に成功しました。手頃な大きさに折り畳んで厚みを出したら口の奥へ投入。うん、いい感じ。

 血が止まるように安静を心掛け、ネットラジオやらドラマCDなどを聞いて穏やかな時間を過ごします。




――――




 そして再び一時間後。

 血塗れのガーゼを取って確認します。どうかなーと観察する視線の先に流れる一筋の血。


 なんで?

 最初の方で変なルートに入らない流れっぽくなってたじゃん!


 混乱を通り越して困惑状態になりつつも、血が止まらないことにはどうしようもないので新しいガーゼを投入。マスクだったものは完全に分解されて残ったゴムはゴミ箱へ。

 時刻はもう夕方になろうかという頃合。そろそろ落ち着いてくれないと夕食に差し支えるじゃないか、などと考えているあたりまだ余裕があったのかもしれません。


 それからまた一時間ほど経過して、ようやく血が止まってくれました。なぜこんなに長くかかったのかは不明ですが、ここは結果オーライとしておきましょう。最初と最後さえ良ければなんとかなるんです。

 でも、ガーゼを含んでいる間は「ここは血が止まらないと厄介だから」というドクターの言葉がずっと脳内を駆け巡ってイヤーワーム状態でした。対抗して心の中でドライソケットは嫌だ、ドライソケットは嫌だとお祈りをしていました。


 血が止まればこっちのもので、夕食も普通に食べられました。痛みも切開した時と比べたら弱すぎて気にならないレベル。強い武器を持って序盤の敵をいたぶってるようなものです。

 これなら痛み止めを飲む必要もないかな、と考えて小休止。痛みを甘く見て痛い目を見るのは得策ではありません。出された薬は飲まなかったと言っても自己満足にしかなりません。化膿止めと一緒に飲んでおきましょう。


 その後は順調で、厄介な問題もなく週が明けました。仕上げの消毒をしてもらい、異常がないことを告げられて肩の荷が下りた気分です。

 親知らずを抜いたことで手前にある歯の根元が一時的に露出するため、もしかしたら水でしみるかもしれない――そんな少し怖いことをドクターが言っていましたが、全然痛みもなく今に至ります。

 こうして、ようやく親知らず抜歯の旅が完結したのです。歯を抜くような次回作は期待しないでください。




――――




 ここで一つ、抜歯体験記を最後まで読んでくださった皆様に言葉を送ります。


「親知らずを抜くなら早い方がいい」


 もちろん状況は人それぞれですから、ドクターの目から見て少し待とうという判断が出ることもあるでしょう。専門家の意見は聞き入れるべきです。

 けれど、抜けるのであればすぐ取り掛かるべきだと考えます。こんなところにも三十路の壁というものがあるようで、年齢を重ねると色々大変になっていくそうです。寄る年波には勝てぬという言葉の通り体力も落ちますし、回復力だって鈍ります。つまり、それだけ傷が治らず痛みが続くというわけですね。想像するだけで気分が滅入ります。

 それに、今回こうして筆者がポコポコ親知らずを抜けたのは、どれも虫歯ではなかったというのが大きかったと思います。もし虫歯になっていたら手術時間も長くなって精神が磨り減り過ぎて消滅していたかもしれません。想像するだけで気が滅入ります。

 

 なんだかダウナーな雰囲気が満ちてきたので、気分を変えて抜歯の利点について語りましょう。

 最大のメリットは歯磨きが楽になったことです。格段という単語が似合うくらいの差があります。一番奥にある親知らずを抜いたわけですから、それだけ歯ブラシを滑り込ませる隙間ができたということです。特に上の歯。奥まで届く感覚がたまりません。

 それと親知らずの裏に食べ物が侵入することもなくなります。元々歯並びが怪しい傾向だったのもありますが、爪楊枝とかデンタルフロスとかを総動員させる必要がなくなりました。口をゆすげば取れるレベル。ひたすら楽して食事ができます。

 そうそう。抜歯すると小顔になるとか声が変わるなんてことが噂されていますが、個人的な主観としてはそんなことないと思います。誰か注意深く見聞きして判断してくれる人がいたら良かったんですけどね。


 いたらもっと明確に書けたのに。そういう親密な人がいれば、ね。




 ……おっと、気分が滅入る迷宮でループしそうになってしまいました。

 そんなことになる前にここで締めさせていただきます。


 皆様、どうか素晴らしい抜歯ライフを!

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