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えらいこっちゃ・10

「杏の成績でも入学できそうな公立高校の一つや二つ、有るやないか、学費のこと考えてくれ」

 杏の父親である高志は学資を負担しなればいけない私立は、絶対反対らしい。

「でも、私立もずいぶん補助金が出るから昔よりずっと楽よ」

 母親は受け入れてやった方が、よいと思っているらしい。

「龍生君や弘樹君の成績ならあの学校の特進コースやろ? 確かに学費はかからへんのやろうけど、杏は普通の成績で普通のコースやで…… 授業のレベルは低いわ、金はかかるわ、エエとこ無いやないか。それに、何かあそこの部活で全国的に活躍したいとか言う訳でも無いんやろ」

 金の話をされてしまえば、杏には何ともならないのだった。


「別に高校がちごうてもホンマに将来結婚する気なら、別に大したことも無いやないか。授業の無い日に約束しておうたらええやん。それで十分やと思うけどなあ」 

 杏はまだ、焦らなくても良い様な気がしていた。勉強会の参加まで禁止されたわけではないし、父が通えば良いと考えている家から二番目に近い公立高校は、自転車で十数分かそこらの距離だ。

「家から近いってことは、何かと安心だわ」

 そう言う母の言い分も分からないではない。だが……そうなると、やはり龍生と同じ高校には通えないだろう。

「まさか……龍生にあの高校に一緒に行こうとは、言えんしなあ」


 翌日、その話を龍生にすると、龍生は意外な事を言った。

「なら、あそこに行ってもええやんか」

 杏の成績でも入れるレベルの決して高くない公立に行っても構わない、と言うのだ。

「大学入試に合格したら、それで十分目的は果たせるんやから。全国的な模擬試験で、危なげのない成績を取れるように、いつも気を付けとったらええだけの事や」


 帰宅後、また、弘樹の家で集合して、勉強したわけだが、芳樹はまた違う提案をした。


「杏ちゃんのお父さんのいわはる事もわかるなあ。それやったら、家から一番近い公立にしたら一番文句は無いんと違うか?」

「一番近いって、桜大塚高校? 私も恐らく杏ちゃんも無理やと思いますけど……」


 美穂は自分や杏が、そんな成績に到達できるとは思えないようだった。桜大塚高校は、龍生や弘樹の成績程よく無くても入学可能だが、中学での成績が上位三割以内に居ないと難しいとされる、かなり難しい高校だ。


「美穂ちゃんも杏ちゃんも、かなり伸び代がある状態やと僕は思う。ともかく、まだ一年生の段階ではあんまり低いレベルに目標を定めてしもうたら、だらけてしまう。今は高めの目標を掲げて、勉強したらエエと思うで」

「そうや。僕もそう思うわ。勉強してへんかっただけで、頭が悪いのンとちゃうと思うもん」

 弘樹の言い方は無遠慮と言えば無遠慮だが、美穂や自分の頭は悪くないと思ってくれてはいるらしい。

「桜大塚高校なら、家から歩いてすぐですもんね。そりゃあ、入学出来たらおじさんの仰るように、家の両親は大賛成やと思います」

 杏がそういうと、芳樹はうなづいた。

「なら、気分引き締めて、四人で桜大塚入学を目指そうな」

 高めの目標を設定したことで、これから気を引き締めて勉強することが出来そうだ。


 その日から、杏が一生懸命勉強を始めたので、父などは「ちょっときついかと思うたんやけど、言うてみるもんやな。これでうまい事、桜大塚に入学出来たら、田辺さんのお宅には足を向けて寝られんな」と言っている。

 すると母が意外な事を言った。


「田辺さんの奥さんが仰っていたのだけれど、理系の科目がちょっと苦しいと言う事みたいよ。お父ちゃん、一応数学の教員免許、あるんでしょう? 土日にお手伝いしたらどうかしら?」

 確かに、芳樹は英語と国語、それに社会科全般は十分余裕をもって教えられるが、理数系は自信が無いらしかった。さすがに、中学の教科書レベルの問題は解けるらしいが……

「ああ、それ、ええなあ。田辺のおじさん、ダンディでやさしゅうて、素敵な人やねん。お父ちゃんもエエ刺激受ける、そんな気がする」

「なんや、それ。お父ちゃんはかっこ悪いんか」

「この頃お腹が目立つわあ。田辺のおじさん、身長百八十三センチ、体重七十六キロでジェームス・ボンドとサイズが一緒なんよ。お父ちゃんみたいに、揚げもんパクついてビールを晩酌なんてせえへんねん」


 杏が言うと,母もこう言った。


「お父ちゃん、お風呂上がりのアイスクリームだけでも、やめるべきね」

「企業戦士はストレスたまるねんで。言うたらなんやけど、教員なんかよりずっと激務や」

 父は憮然とした表情になってきた。

「別に宮のおじさんみたいに、新しいプロジェクトの中心とか言う訳でもないし……」

 龍生の父は同期の出世頭で重役会入りも有り得るとは、父が自分で言っていた事なのだが……娘の自分が言うとちょっとキツイかもしれない。

「研究開発の第一線からは引退して、本社の全体業務が今は主なんでしょう? 昔みたいな泊まり込みだって、もう何年も無いじゃない」


 母の言うように、最近は昔の様に忙しくは無いようだ。


「ああ、うるさい、うるさい! 分かった。田辺さんに任せきりにするな、そない言いたいのやろ? 」

「ええ、まあ」

「そうやね」

「あちらさんが、御都合の良い時にお声掛けして下さったら伺います、とでも言うとけ。でも、平日はたぶん無理やで」 


 すると、その瞬間、見慣れたダイニングキッチンの空気が急に歪んだように感じた。


「へええ、ええ傾向や無いの。高志もきばりや」

「おばあちゃん!」

「お母さん」


 フェリシアが目の前に立っていた。なんというか、お姫様みたいなドレスを着ている。


「ああ、この前言うとくのを忘れてたんやわ。高志名義で積み立てた預金があるねんで。もともとは結婚式の費用に充てるつもりやったけど、手つかずで忘れられてるさかい、通帳のありかを教えておかんと、な」

 なんと、仏壇に隠された引出が付いていて、その中に通帳が入れられていた。聞けば「家に金を入れろ」とか「結婚資金を積み立てろ」とか言って、父・高志の初任給からずっと祖母が貯めて来たらしい。両親の結婚式は質素にすませたので、貯めた資金が宙に浮いた……そう言う事の様だ。


「お、お母ちゃん、これ、ほんまに僕の名義なんかいな? 」

「そうやで、そのぐらいあったら、杏ちゃんが私立高校に行きたがっても、学資は十二分に出るやろ?」


  みんな心配してくれている。頑張らなくてはいけないと、杏は思った。  

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