第23話 眠る過去
ノックする音と共に、扉が開かれる。レヴィアスは、手に羊皮紙や紙の束を抱えて入ってきた。
それを、まとめて机の上に置く。
「ご報告です」
ハルが、手元の書類から顔を上げた。目の前に、丸められた羊皮紙が差し出されている。羊皮紙を広げながら、目を通していく。
「交易権委任案は、議会を通過しました」
羊皮紙は、元の形に戻して机に置かれる。すぐに、レヴィアスから紙の束が差し出される。
「公爵領では、すでに準備が始まっているようです」
ハルは、黙ったまま紙の束をめくっていく。レヴィアスは、その手の動きを見ながら、続ける。
「食料流通も正常化しております。南端地区への供給も回復しました。市場価格も落ち着いています」
レヴィアスの言葉が途切れると、紙をめくる音だけになった。
「和平反対派も沈静化しました」
ハルの手が止まる。小さく息を吐いた。口元が少し緩む。
「そうか」
「もう1件ございます」
レヴィアスの手は握られ、指先が小さく動いている。その声は、少し低くなる。
「南域回送組合代表、バルガス・ボンドの遺体が発見されました……事故とのことです」
部屋の中を静寂が覆った。
「……そうか」
二人の表情に変化はなかった。ただ、静かな時間が過ぎていく。やがて、レヴィアスは一礼すると静かに執務室を後にした。
ある日の昼下がり、ハルは執務室の窓から外を眺めていた。後ろからレヴィアスに声をかけられる。
「何かございましたか」
「いや、何もない。街道を走る荷馬車の数が増えたな」
「そうですね。最近では、陳情書の数もかなり減りました」
「……ああ、そうだな」
二人の静かな声が重なっていく。
「陛下」
ハルは振り返る。レヴィアスが、一冊の本を差し出す。
「これは?」
「王立図書館の整理中に発見されたものです」
ハルは受け取り、表紙に視線を落とす。
「題名は……擦り切れて見えないな」
「はい。学者たちも価値が分からないそうですが……王室の関係する記述があるようです」
本を開く。波打った羊皮紙は固くなっている。湿った土臭い匂いが広がる。所々に染みができている。
ハルは、古い文字を目で追っていく。ページをめくったところで手が止まる。
「……フィンレイ王国……賢者の始祖……」
ハルは小さく呟き、顔を上げる。レヴィアスは、小さく首を傾げている。
「何だ、これは」
「分かりません……学者たちも内容が解読できないようです」
その日の夜、温室でいつもの椅子に腰を下ろしていた。机の上には、昼間の本が置かれている。表紙を開けると、見慣れない紋章が描かれている。青く輝く石が中心にある。そっと指でなぞっている。
「ずいぶんと古い本ですのね」
顔を上げると、イリシアが立っていた。イリシアは、隣にイスを持ってきて腰を下ろす。ハルが、本に視線を戻す。視界の端に、覗き込むイリシアの姿が映る。
「なんて書いてありますの?」
「古い文字ですべては読めない。このフィンレイ王国というのだけは分かる」
「あまり聞かない国ですわね」
「幼い頃に、おとぎ話で聞いた名前のような気がする」
温室には、静かな時間が流れる。ハルは、再び本に視線を落とす。
古びた頁の奥で、遠い昔の物語が眠っていた。
第1部 完結
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
これにて第1部完結いたします。
第2部準備のため、しばらく休載させていただきます。
またお会いしましょう!




