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第10話 知らないかたち

 執務室の窓から、流れる雲が見える。レヴィアスの声を聞きながら、視線は窓に向いている。

「本日の予定は以上になります」

「ああ、分かった」

 机の上に積まれた書類を手に取る。目を通しながら、滞りなくサインをしていく。レヴィアスの気配がしばらく留まり、何も言わずに部屋を出る。紙をめくる音とペンの走る音だけが耳に残る。手元の書類に目を落としたまま、書類の山に手を伸ばす。紙の感触が見つからず、手がさまよう。視線を向けると、あったはずの書類の山はなくなっていた。ひとつ息を吐いて、棚の前に行く。箱に入っている紙の束を手に取り、机に戻る。

 扉を叩く音と同時に開く。

「陛下、オルシーニが到着しました」

 紺色の張りのある衣をまとった男が入ってくる。柔らかな礼をする。

「本日はお時間を頂戴し、光栄に存じます」

 ハルは立ち上がり、柔らかな衣擦れの音と共にソファーへ移動する。向かいのソファーに手を指す。

「失礼いたします」

 男は、音もなく移動し、ソファーに浅く腰掛ける。

「先日、ご依頼いただきましたお召し物の修繕が整いました。」

 レヴィアスが受け取る。

「陛下は、とてもお忙しく、夜の執務も多いと伺いました。夜の灯りは、目に負担がかかるものでございます。腕のいい職人が改良したランタンがございまして」

 テーブルの上に小ぶりのランタンが置かれる。ハルは、視線をランタンに向けるが、すぐに逸れる。

 ランタンの性能を語る商人の向こう側を見ている。遠くで商人とレヴィアスの声が聞こえる。

「ああ、そういえば……陛下、先日お納めいたしました、ティーカップの使い心地はいかがでございましたか」

 遠くに行っていた視線が商人に戻る。小さく首を傾げる。

「王妃殿下からのご依頼でしたが、ご期待に応えるのに苦労いたしました。腕のいい職人を探し回りまして……あちらのカップは……」

 『王妃殿下』という言葉だけが、耳に引っかかる。ハルの目は、視点が定まらず商人の顔の周りを行き来している。膝に乗せた手は、上衣の裾を掴んでいる。

 「では陛下、失礼いたします」

 来た時と同じように音もなく出ていく。その背が、わずかにぼやけて見えた。


 机に向かうハルの手は、ペンを持ったまま動かない。議会の書類を見ているが、同じところを繰り返し目で追っている。

「……下……陛下」

 顔を上げると、レヴィアスの目がこちらをのぞき込んでいた。

「……ああ……どうした」

「どうした、はこちらのセリフです。ぼんやりなさってどうされたんですか」

「……いや……どうもしない」

 手元の資料を手に取るが、すり抜けてゆっくり落ちていく。手を伸ばしながら身をかがめる。机の上の書類の山に肘があたり、書類が床に散らばる。レヴィアスのため息が落ちてくる。

「陛下、どうされたんです。何かありましたか」

 ハルは散らばった書類を集めている。気が付けば、レヴィアスがほとんどの書類を拾い集めていた。ハルの手から書類を受け取る。

 順番を確認しながら、並べ替えていく。椅子に戻りながら、手際よく動く手を眺めている。

「何か気になることでもあるんですか」

「いや……レヴィアス……礼をする時は何がいいんだろうか」

「え、礼……?ああ、花などよろしいかと。手配いたしましょうか」

「いや、いい。ちょっと出てくる」

 

 礼拝堂の横を抜けると西の内門が見えてくる。門をくぐり階段を下りていく。水の流れる音が聞こえてくる。石畳の小道を進んでいくと、色とりどりの花が見えてくる。立ち止まり、辺りを見渡している。

「陛下、何かお探しですか」

 後ろから侍従の声がする。

 ゆっくり歩きだし、両側に咲く花を見ながら進んでいく。ピンクの花が咲き誇る場所に視線が止まる。ひとつの花をしばらく見つめたまま、視線だけが揺れている。気づけば手が伸びていた。花の茎を掴むと、力任せに引っ張り上げようとした。

「陛下、何を……その……お手が汚れます。今、庭師を呼びますのでお待ちください」

 侍従が早足で、庭の奥に向かう。茎を掴んだ手を引っ込めて、掌を見る。草の匂いがする。

 後ろから足音が近付いてくる。

「お待たせしました。こちらの花をお願いします。陛下、こちらの花はどちらにお持ちしますか」

「城に」

「城のどちらに……」

「自分で持っていく」

「……かしこまりました」

 侍従が庭師に目配せをする。庭師は一瞬手を止め、それから小さく頷いたように見えた。膝をかがめて花の根元に小さなシャベルを差し込む。土を掘る音だけがしている。麻の袋を取り出し、両手でそっと掬い上げ優しく収める。

「お待たせしました」

 庭師が、根の下を支えながら、ダリアを差し出す。

 両手で受け取る。ハルはじっと花を見つめたまま、しばらく、そのまま動けなかった。


 王城の最上階の扉を開けると、イリシアの姿はなかった。目で探すと、左側から音がする。イリシアの私室の方へ向かう。扉を開け放ったまま、中で刺繡をする姿が見える。かすかに衣擦れの音が聞こえる。わずかに開いた口から息を吐き出し、踏みしめるように歩き出す。

「イリシア」

 イリシアの顔が上がる。

「どうなされたのですか」

「これを……」

 花を差し出す。手が震えている。

 イリシアが見上げる。その目がハルの顔と花を行き来する。小さく口を開くが、声はなかった。

「何がいいか分からなかった……」

 ハルの口から上ずった声がこぼれる。

 手が伸びて花を受け取る。花をじっと見つめてから、ハルへ視線を向ける。目が合ったと思った瞬間、目を伏せる。頬にうっすら赤みが差しているのが見える。

「……ハル様……ありがとうございます……あ……陛下……」

 その頬の赤みが、さらに濃くなる。ハルの下がった手が、服を掴む。視線が定まらず、動き続けている。

「私は戻る」

 視線は落としたまま踵を返し、足早に部屋を出た。

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