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3. 第2章 軍部の命令-3

モーリス元帥の末の孫娘は金髪碧眼の愛らしい少女で、彼の溺愛の対象だった。


彼女は世界各国のぬいぐるみを集めるのが趣味で、ぬいぐるみを抱いて寝るのが日課だった。


そして、ベアトリスの中でも一際大きなサイズの商品を一目見てからは、それに夢中になっていた。


彼女はすぐさま特注品のベアトリスを手配した。



だが折り悪く、彼女の手元に届く前にベアトリスは輸入できなくなってしまう。


涙を流す彼女を慰めようとモーリス元帥は国産のぬいぐるみを揃えるが、「ロックミアのぬいぐるみは可愛くない」と首を横に振られる。


愛する孫娘を救えない、無力な自分に対する不甲斐なさ。


そのことが彼の心に深く突き刺さっていた。



ドルフ元帥は当然ながらそんな話を知らず、単なる嫌味として発言しただけだった。


だがモーリス元帥は、孫娘を満足させられない危機を揶揄されたと早とちりし、激昂した。


ドルフ元帥の言葉は意図せずに地雷を踏み抜いた形となり、事態は最悪の方向へと転がり出した。


ドルフ元帥だけではなく他の参加者たちも戸惑うが、怒り狂うモーリス元帥を前に、会談の場は一気に混乱へと陥った。



ロックミア共和国側の参加者は事情が分からないにせよ、上官であるモーリス元帥に追従せざるを得ない。


ドルフ元帥を含めヘザーリン帝国側の参加者はこんなことで下手に出るわけにもいかず、よく分からないまま謝罪するわけにもいかない。


結果、これをきっかけに両陣営の雰囲気は壊滅的になり、会談が急遽打ち切られた。


そして、モーリス元帥はオックストンに戻るや否や、ハーディプールに直行したのだった。



スチュアートは先触れがなかった理由を理解し、内心頭を抱えた。


ネイトは心の中で毒づき、淡褐色の目で元帥を睨みつけた。


(どれだけキレてんだよ、このおっさん)


だが、ラッセルの警告が頭をよぎり、口をつぐむ。



モーリス元帥は声を張り上げ、再び叫ぶように話し始める。


「我々はヘザーリン帝国よりも優れたぬいぐるみを作り出さなければならない! それが共和国の名誉を守る唯一の手段だ!」


彼の声は次第に大きくなり、応接室の窓ガラスが震えるほどだった。


軍人らしい堂々とした演説口調で、ぬいぐるみ作りの重要性を滔々と語る。



経済の柱、国家の威信の象徴、権威による外交的優位性、国家の未来たる子供たちの育成。


ラッセルはモーリス元帥の姿を眺めながら、「流石軍人だけあって演説が上手いな…」と他人事のように考えていた。


だが、モーリス元帥の次の言葉が応接室を凍りつかせた。



「もしこの任務に失敗すれば…」


彼は一呼吸置き、声を低くした。


「私は軍の威信にかけて、そのような失態は許さぬ。首を刎ねられたくなければ、最高のぬいぐるみを作れ!」



応接室内が静まり返った。



スチュアートの丸メガネが曇り、ネイトの顔が引きつる。


ラッセルは灰色の目を見開き、髭の下で唇が震えた。


ネイトは「ふざけんな!」と声を荒げようとしたが、ラッセルが再び素早く彼のシャツを強く引っ張り、制した。


ラッセルがモーリス元帥の背後に立つ2人の部下に目を向けると、至って真剣な表情で、冗談だと笑い飛ばす気配はなかった。


モーリス元帥ほどの権力者が本気なら、不敬を働いた瞬間に処刑されてもおかしくない。



モーリス元帥は鋭い眼光でネイトとラッセルを睨みつける。


「結果を出せ。それだけだ」


そう言い残し、彼は応接室を後にした。


部下たちが無言で続き、革靴の音が廊下に遠ざかる。


応接室には、重苦しい沈黙だけが残った。



「なんてこった…ぬいぐるみ一つで首をかけることになるとは」


ラッセルは呟き、額に浮かんだ汗を袖で拭った。


灰色の目には恐怖が宿っていた。



「首を刎ねるって…マジかよ」


ネイトは顔を引きつらせ、赤い髪が乱れ、淡褐色の目が不安に揺れる。


2人は初めて同じ危機感を共有し、互いの顔を見合わせた。



「まさかこんなことになるとは…」


スチュアートは額を押さえ呟いた。


丸メガネの奥で、困惑と焦りがせめぎ合う。


彼は工房の運営を預かる者として、今後の対処に頭を悩ませた。



応接室の外では、他の職人たちが聞き耳を立てていた。


下手をすれば、彼らにも火の粉が降りかかる可能性があったからだ。


そして、モーリス元帥の怒号と「首を刎ねる」という言葉を聞き、笑い話では済まない事態を察した。



ネイトとラッセルが作業台に戻ると、他の職人たちは露骨に距離を取り始めた。


職人たちは身を寄せ、互いに囁き合う。


「あいつら、終わったな」


「軍が絡むなんて、冗談じゃねえぞ」


冷ややかな視線が2人に突き刺さる。



ヒューが引きつった笑顔でネイトの作業台に近づく。


「大臣どころか軍まで絡んできた。職人冥利に尽きる大仕事だな!」


ネイトの肩を叩き、淡褐色の目で悪戯っぽく笑うが、頬は痙攣したかのように震えている。



「お前もやるか?」


ネイトが淡褐色の目で睨みつける。



「勘弁してくれ!巻き込まれたくない!」


ヒューは叫び、慌てて工房の反対側に逃げ出した。


長い髪が揺れ、エプロンに付いた糸くずが舞う。



ブレンドンは遠くからその様子を眺めていたが、ネイトに近寄り冷たく言った。


「手に負えないなら素直に諦めて誰かに任せろ。お前の我儘でラッセルまで巻き込むな」


彼の茶色の目には、嘲笑だけではなく警告の色が浮かんでいた。


だが、ネイトはブレンドンの助言を拒否した。



「うるせえ! 俺がやるんだよ!」


ネイトは作業台を叩き、赤い髪を振り乱した。


淡褐色の目が怒りに燃え、工房に響く声は他の職人たちを黙らせた。



ラッセルは静かに作業台に戻り、ベアトリスを手に取った。


フワフワの毛並みを指で撫でながら、娘たちの笑顔を思い出す。


エリノアの明るい声、リネットの悪戯っぽい笑み。


それを守るためにも、失敗は許されない。


「首を刎ねるなんて…冗談ではないんだろうな」


彼は呟き、新たな決意を胸に秘めた。



ネイトは作業台に置かれた生地を握りしめる。


「クソッタレ。ぬいぐるみ一つで命がかかってんのかよ」


彼の声は震え、だがその奥には負けたくないという燃えるような闘志があった。



理不尽に晒されたからといって、素直に諦めるようなら今の自分はいない。


殴られたら、殴り返してきたのだ。


ネイトはそう考えながら、作業台に置かれたベアトリスを睨みつけた。



2人は軍部の無茶な命令に立ち向かうため、必死にぬいぐるみ作りを始めることになる。


工房の窓の外ではオックストンの空に暗雲が広がり、遠くで雷鳴が響いていた。


まるで、2人の運命を暗示するかのように。

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