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赤毛の職人とぬいぐるみの戦争  作者: 牛熊


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14. 第8章 縫い針の平和

豪奢な部屋は宝石のごとく煌めき、シャンデリアの光が磨かれたテーブルに反射し、部屋の壁には両国の国旗が厳かに掲げられている。


まさに大国同士が会談を行うに相応しい会議室だった。


しかし、部屋の中央に置かれたテーブルを挟んで居並ぶ人々は、葬式に参列してるかのように沈痛な表情を浮かべている。


ロックミア共和国とヘザーリン帝国の会談の場は、かつて無いほど緊張と重苦しい空気に包まれていた。



会談には軍部だけではなく、外交官や経済担当者らが列席していた。


何かあれば軍部に助け舟を出すために彼らは呼ばれていた。


戦争回避が彼らの目的ではあったが、決してそれを相手国に知られてはならない。


それ故、いつも以上にピリピリとした空気で張り詰めていた。



モーリス元帥は熊のような体で椅子を軋ませ、緑色の目が鋭く光る。


対するドルフ元帥は痩せた体を軍服に包み、青い目で静かに相手を観察する。


ここまではいつも通りの光景だった。


しかし、会談が本格的に始まると曖昧で歯切れの悪いやり取りが続いた。



両国は相手国から戦争回避の言質を取ろうと図るが、下手に出るわけにいかないこともあって踏み込めない。


これまでの会談とは違い、どちらも積極的に相手を批判したり嘲笑するようなことはなかった。


それどころか、問題視されない程度にギリギリのレベルで、相手に歩み寄ろうとする姿勢を見せた。


発言の最中も相手の顔色をチラチラと伺い、まるで地雷原を進むように慎重に言葉を選ぶ。



だが、互いが開戦を避けようとしていることを知らない参加者たちは、認識のすれ違いから相手の言葉を挑発としか捉えられなかった。


神経質な空気の中、細かな揚げ足取りが繰り返され、会場の雰囲気は徐々に悪化していく。


一部の者が流れを変えようと発言するが、すぐに反論に押し潰されていった。


立派な大人たちが首を揃えて空回りし続ける光景は喜劇のようだった。


当事者たちは必死に焦りを隠して、無表情を貫きながらも精一杯の抵抗を続けるが、次第に敗戦濃厚になり追い詰められていった。



この絶望的な状況の中、モーリス元帥とドルフ元帥は内心で叫んでいた。


『誰でもいい、きっかけを作ってくれ!』


しかし、関係悪化の原因でもある彼らが言い出すわけにはいかない。


モーリス元帥の拳は強く握り過ぎて出血寸前で、ドルフ元帥の顔は死体のように青ざめている。


テーブルを挟んで、参加者たちの視線が交錯する。



その時、唐突に扉が開き、ネイトとティムが現れた。


2人は銀のトレイを抱えたスタッフたちを背後に従え、会談の場に堂々と乗り込む。


何事かと問う参加者たちの視線を浴び、ティムが仰々しく一礼した。



「失礼します。そろそろ休憩の時間になりますので、煙草や茶菓子をお持ちしました」


実際には休憩時間など予定されていない。


本来なら、部外者のティムたちは即座に追い出されていただろう。



しかし、追い詰められていた参加者たちは、これで一息つけると文句をつけなかった。


何でもいいから場の空気を入れ替えて欲しいと、誰もが願っていたのだ。


参加者たちは礼を言い、思い思いに煙草や菓子、コーヒー、紅茶に手を伸ばす。


参加者たちの顔から緊張の色が落ちたのを見計らって、ティムは冗談めかした口調で続けた。



「ついでではありますが、皆様方にご報告があります。茶飲み話だと思ってお聞き下さい」


ティムはステッキで軽く床を叩き、隣に立つネイトを指した。


「我がティムクラフトは、ロックミア共和国のハーディプールの職人と事業提携を結びました。技術提携と言った方が正確かもしれません。彼らの優れた商品開発能力と、我々の資材調達能力と生産基盤を活用し、世界の市場を狙います。いわば、ぬいぐるみによる平和的な領土拡大戦争ですな」


会場に軽い笑いが起こった。


ティムは穏やかな笑顔を浮かべながら周囲を見渡す。



「この提携に先立ち、新製品のピースキーパーを両国の権力者の家族に贈呈しました。既にお手元に届いている方々は、商品の素晴らしさを重々ご承知かと思います。ぜひ、周囲にも自慢して頂きたい。しかしながら、両国が戦争を起こした場合、誠に残念ながら事業提携は破綻となります。その場合、皆様方はご家族から文句を言われることになるでしょう。申し訳ありませんがご了承頂きたい」


ティムはそう言って頭を軽く下げた。



彼の目は笑っておらず、言葉は脅迫に近かったが会場には再び笑いが起こった。


中には、「面白い冗談だ」「何を馬鹿なことを言ってるんだ」と取り合わない者も多くいた。


彼らは「ぬいぐるみごときで政治が動くわけがない」と言いたげだった。



しかし、ピースキーパーを受け取った参加者たちは、ネイトとティムが仕組んだ策を即座に理解した。


そう、ティムは「両国の」と言ったのだ。


モーリス元帥の緑色の目が揺れ、ドルフ元帥の青い目が光る。


2人の視線が一瞬だけ交わった。



モーリス元帥は咳払いし、重々しく口を開いた。


「民間企業の商業活動を妨げるつもりはない。それに、この話は非常に大きな問題に発展する可能性がある。家族を敵に回すわけにはいかない。背後から撃たれては、いかに優れた軍でも戦えないのだからな」


ドルフ元帥もしたり顔で頷く。


「子供や家族たちは国の未来の礎である。その礎を失ってまで争いを始める理由などあるだろうか。国民の、家族の平和を守ることこそ、我々の使命だ」


2人の元帥は相手を真正面から見つめ、微かに頷いた。



事前の取り決めなどは無い。


それでも、互いに息のあった腹芸をこなす。


そして、周りに口を挟ませまいと、2人はいかにもそれらしいことを交互につらつらと述べ始めた。



「軍人は死を恐れないが、親を亡くした子供を見るのはいつの時代も苦しいものだ」


「軍人は国家のために戦う。そして、兵たちにとって家族は国家と同義である」


「戦争ともなれば、子供を家族に預けて戦地に向かうことになるだろう。その時に背中を任せる家族との絆が失われるようなことはあってはならない!」


「両国は鉄と血だけではなく、優れた特産品の力もあってこれまで栄華を誇ってきた。新たな商品の誕生は喜ばしいことであり、それを失うことは国家の損失である!」


「軍と経済はコインの裏表であり、どちらかが損なわれることは両方を失うことと同義である!各位にはそのことを重々承知して頂きたい!」


「ぬいぐるみを始めとして、特産品を愛する人々は国内にも国外にも多く存在する!そう、多く存在するのだ!知らず知らずに接している可能性も極めて高い!敵を増やすような真似は厳に慎まなければならない!」


「我らは良識と敬意を持って、国家の進む道を選ばなくてはならないのだ!そうしなければ、家族からの尊敬すらも失うだろう!家族からの向けられる冷えた目線、それに耐える覚悟があるものは手を上げたまえ!」


「誰しも頭が上がらない相手というのは存在するだろう!家族に対する愛情とは、国家に対する忠誠と同じく価値があるものだと私は考えている!家庭の平和を守りたいと言う者たちを咎めることは、決してないと約束しよう!」



前回の会談で、2人が醜く罵り合っていたことが嘘のような見事な連携だった。


そんな2人の変貌ぶりと勢いに、他の参加者たちは呆気に取られて何も言えない。



そんな彼らを尻目に、ティムが新聞を配り始めた。


「今お配りしたのは、本日発売予定の新聞の見本記事になります。内容は、ロックミア共和国首都で開催された、平和への祈りを捧げるチャリティーイベントを紹介するものです」


参加者たちが新聞に目を落とす。



記事の内容はこうだ。


下町の子供たちが中心となって、平和への感謝と維持を呼びかけるイベントが開催された。


子供たちは花冠を被り、古代衣装をイメージした白いチュニックを着て、花冠を被ったぬいぐるみを手に、街頭で平和への感謝の言葉を述べた。


同時に屋台で軽食や雑貨を売って、その売上を孤児院などに寄付した。


これだけであれば、ありふれたイベントでしかない。



しかし、見るものが見れば、子供たちが抱えているのはネイトが作った兎のぬいぐるみであり、ピースキーパーと同じブランドだと分かった。


新聞にはイベントの写真も掲載されており、そこにはエリノアとリネット、ゴードン、クライヴの姿もあった。


子供たちが着ている服や抱えるぬいぐるみはラッセルが作成したもので、彼が会談の場にいないのはイベントの管理も担当していたためである。



「こちらのイベントは非常に好評だったとのこと。特に子供たちが抱えているぬいぐるみ。これはハーディプールの職人が開発した新商品ですが、同じものが欲しいという要望が集まっております。実に喜ばしいことに、商品の本格的な販売開始に向けて大きな一歩を踏み出せました。もちろん、ヘザーリン帝国でも同じイベントを開催する予定です。このぬいぐるみは当然帝国内でも販売する予定なのですから」


ティムは笑顔を浮かべながら、あくまでも販促活動のためのイベントだと主張する。


だが、マスメディアがこのイベントを報道すれば、両国で戦争反対の声が高まるのは一目瞭然だった。



明らかな政治への干渉である。


しかし、一部の参加者にとっては絶好の材料となった。


彼らはすかさず便乗し、周囲を扇動し始めた。



「国民の声を無視する訳にはいかないでしょう」


「大義名分の無い争いは両国の名誉を貶めるだけです」


「両国の権威を示す新たな特産品。それに泥を塗るような真似はできません」


「争うことよりも、共に分かち合うことこそが、何よりも重要だと思われます」



両元帥だけではなく会場の空気も一変したことに対し、事情が掴めない者たちは困惑する。


しかし、その場の流れに逆らうことも出来ず、開戦を促すような声は飲み込まれた。


2人の元帥は、遂に会談で和平を提案する大義名分を得たのだ。



モーリス元帥とドルフ元帥は戦争回避で合意し、固い握手を交わした。


シャンデリアの光が2人を照らし、会議室に割れんばかりの拍手が響く。


記者たちが向ける大量のカメラのフラッシュを浴びながら、彼らは使命を無事やり遂げた達成感で笑顔を浮かべていた。



その光景を部屋の隅から眺めながら、ネイトとティムは視線を交わし、ニヤリと笑った。


ティムはステッキで軽くネイトの肩を叩き、「見事だ」と囁いた。



**********



ロックミア共和国とヘザーリン帝国の会談から数カ月後、オックストンに新たな工房が誕生した。


店舗は最近出来上がったばかりの石造りの建物で、看板には「シルバーニードル」と刻まれていた。


看板の横には工房の紋章として、スカーフを巻いた兎が掲げられている。


路地に面したガラス張りのショーケースには様々な兎と衣装、装飾品が並び、道行く人々が足を止めて眺めていた。



一連の騒動の後、ネイトはハーディプールから独立し、自分のぬいぐるみ工房を設立した。


注文が殺到したことで、ハーディプールで片手間にやっていては捌けないと判断したためである。


ラッセルもネイトについていくためハーディプールを辞めた。


その際にネイトは「いいのか?」と聞いたが、ラッセルは「乗りかかった船だ」と笑いながら返し、ネイトも「そうか」と呟いただけでそれ以上何も言わなかった。



独立を決めたものの、ネイトとラッセルには資金や店舗の当てがなかった。


しかし、権力者からの訴えに解放された大臣や、九死に一生を得たモーリス元帥とドルフ元帥、そしてティムが資金提供を申し出たことで話は驚くほど簡単に進んだ。


彼らからすれば、今後有名になるであろう工房に唾を付けておきたいという狙いもあり、関係各所の根回しにも喜んで協力してくれた。



かつての喧嘩っ早い問題児の若者は、今や尊敬される新進気鋭の職人として認められていた。


彼の人相の悪さは変わっていなかったが、周囲の人々の見る目は変わっていた。


とはいえ、工房は出来たが職人は不足しており、当面の間はネイトとラッセルの2人だけで、生産の多くはティムクラフト頼りになる。


2人は山積みの注文を捌きながら、人材や資材の手配、流通経路の確保といった仕事に忙殺されていた。



今日は多忙な日々の息抜きを兼ねた、新工房の設立セレモニーだった。


店内のテーブルの上にはジンやウイスキーに加え、サラダやフィッシュアンドチップス、焼き菓子にケーキといった料理もところ狭しと並んでいる。


参加者はネイト、ラッセル、エリノア、リネット、スチュアート、ヒュー、ブレンドン。



ラッセルはティムから送られてきた祝品が詰まった箱を開け、中から特産品のビールを取り出してテーブルに並べ始めた。


ネイトは同梱されていた長いメッセージを読み、「貴族ってのは、どうして持って回った言い回しが好きなんだ?」と呆れ果てていた。



テーブルの側ではスチュアートが丸メガネを直しながら、まだ酒を飲んでいないというのにブレンドンに愚痴をこぼしていた。


「職人として一人前になってほしいとは言ったが、独立しろとまでは言ってない」


ブレンドンは苦笑しながら適当に相槌を打つが、当の彼もまさかこんなことになるとは想像しておらず、最初に独立の話を聞いた時に唖然としたことを思い出す。


「まあ、将来がどうなるかなんて誰にも分からんものさ」



工房に置かれたラッセルの作業台の上には、大きな兎とその両脇に2体の小さな兎のぬいぐるみが置かれていた。


兎たちはお揃いの花冠を被り、手を繋いでいる。


小さな兎たちは、スモークブルーに白のストライプ柄のウエストコートと揃いのロングスカートを身に着けていた。


エリノアとリネットはその兎たちを眺めた後、金色の髪を揺らしながら宣言した。



「将来、シルバーニードルで働くわ!」


「ネイトよりも可愛いぬいぐるみを作る自信があるよ!」


「おう、やってみろや」


その宣言を聞いたネイトは2人の頭をくしゃくしゃに撫でる。


2人は笑いながら悲鳴を上げた。



その光景を眺めながら、ヒューはラッセルの肩を叩いた。


「なんでシルバーニードルって名前にしたんだ? 何か意味あんのか?」


ラッセルはジュースの瓶をヒューに渡し、テーブルに並べるよう促す。



「銀の弾丸にあやかったんだよ」


「狼男のか?お前らは兎だろ.........食われないためのお守りか?」


不思議そうに首を傾げるヒューを前に、ラッセルは苦笑し、壁際に並ぶ兎たちに視線を向けた。


「私たちの作品で心を射止めたいんだよ。子どもたちや、子どもたち以外の人々もね」



その時、店の前に車が止まり、中からクライヴとゴードンが出てきた。


2人は車の後部座席から、元帥らから託された開店祝いの箱を取り出す。


箱の中には高級ワインやハム、菓子などが詰め込まれており、かなりの重量だった。


別の箱には高級生地やボタンなどの小物が詰め込まれている。


クライヴは金色のオールバックの髪を撫でた後、不満げに箱を抱え、その重さに口元を歪めた。



「なんで私がこんなことをしなければならないんだ…」


ゴードンは車のドアを閉じた後、ぼやくクライヴから箱を受け取る。


「今回の件であいつらは軍や政府から目をつけられました。監視と伝手の確保が必要なのでしょう」


「つまり、この先もあいつらと関わることになると!?」



勢いよく振り返るクライヴに対し、ゴードンは至極真面目な表情をしようと努める。


しかし、意地悪そうな笑顔が隠しきれていなかった。


「下士官として申し上げますと、事態というのは大抵望みもしない方向へと転がっていきます。解決策は1つ。諦めて受け入れることです」


それを聞いてクライヴは天を仰ぎ、我が身の不運を呪った。



料理と飲み物を並べ終えたラッセルは、腰に手を当てながら新工房を見渡す。


今は既に存在しない自分の工房がフラッシュバックするが、不思議と嫌な気分ではなかった。


(また1からやり直してみよう。それに、今度は1人じゃないからな)



ネイトはティムから送られてきたビールの栓を開け、乾杯するためラッセルにグラスを渡し、ビールを注ぐ。


そして、真剣な顔でラッセルに告げた。


「今日は飲みすぎるなよ」



**********



その後、ロックミア共和国とヘザーリン帝国の国境で、平和を祝うイベントが開催された。


緑の丘に子供たちが集まり、両国の礼服をまとった兎のぬいぐるみを手に持つ。


関係者たちが見守る中、子供たちは互いにぬいぐるみを交換し、笑顔で握手を交わした。



金髪の少女がぬいぐるみを抱きしめ、笑顔で手を振る。


黒髪の少年がぬいぐるみを掲げ、友達と肩を組む。


丘の上では、両国の旗が風に揺れ、子供たちの笑い声が響き合っていた。



縫い針によって紡がれた平和は、確かな縫い目となって2つの国を繋いでいた。


ネイトとラッセルのぬいぐるみは、家族の絆と子供たちの純粋な願いを結び、戦争の影を遠ざけた。


平和は、細い糸と小さな兎の手によって、確かに守られたのだった。

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