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赤毛の職人とぬいぐるみの戦争  作者: 牛熊


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8. 第5章 足りないもの-6

その後、スチュアートと共に練った案を元にして、ラッセルが細かい調整を加えてデザインを磨き上げていった。


細部の縫い方についても、一日の長があるラッセルが主体となることで、ネイトがイメージしたものを上手く実現化できていた。


ネイトとラッセルは様々な動物やサイズで試作を重ねた。



最終的なデザインは、全長10センチのデフォルメされた動物に決めた。


デフォルメされた大きな丸い顔と耳、小さな尻尾が愛らしい。


地面に尻をついて座らせ、人形のように正面に腹を見せる姿勢を取らせて、短い手足をちょこんと前に伸ばしてバランスを取る。


机や棚に飾ることを想定しているので、簡単に倒れたりしないよう重心も調整した。


姿勢の都合から、犬や羊、牛といった四足獣に限定されるが、そこは割り切ることに決めた。



ネイトの生み出したぬいぐるみは愛らしさがあり、よく出来ていた。


新作のぬいぐるみは持ち歩くのではなく、飾るためのぬいぐるみだ。


撫でた時の感触や耐久性がベアトリスに劣っていても、当初ほど致命的な問題にはならない。


だが、生地の見栄えの良さの差に加えて、ブランドとしての知名度の問題が残っていた。


感想を聞いて回ったところ、ベアトリスと比較すると、どうしても一歩劣って見えてしまうと言われたのだ。



「知名度って、そんなに評価に影響するのか?」


首を傾げるネイトに対し、ラッセルは間違いないと言わんばかりの表情で頷いた。


「消費者はブランドが好きだ。ブランドが名高いほど、作品そのものではなくブランドで評価する。似たようなデザインの服でも、零細工房の作品では買おうとしない客も、有名ブランドの作品なら喜んで大金を払う」


これはラッセルが自分の工房を経営していた時の経験に基づいていた。


ネイトも、ハーディプールでの客の様子を思い出し、納得する。


ラッセルは苦々しげに続けた。


「我々がベアトリスと同格に評価して貰うためには、どこかでベアトリスを超えないといけない」





**********



その夜、ネイトが工房に籠もってアイデアを練っていると、ラッセルが紙袋を抱えて現れた。


歩みに合わせて、紙袋からカチャカチャという音が響く。



「煮詰まってるんだろ?一杯やろう」


ラッセルは紙袋からジンの瓶を取り出し、ネイトに見えるように掲げた。


瓶に付いているラベルに目を向ければ、ロックミア共和国内でも有名なメーカーが作ったもので、共和国内で一番人気のジンだ。



「リネットが、君は甘い物が苦手だと言っていたから辛口のジンにしたが、甘口のリキュールの方が良かったか?」


ネイトはリネットの顔と手に持ったジャムを浮かべながら苦笑した。


「スコーンだけで十分だ」



ラッセルが持ってきたジンはロックミア共和国の名産品で、厳選されたジュニパーベリーを中核とし、様々なハーブやスパイスを使った辛口でドライな味をしている。


グラスに注ぐと森のような香りが漂い、口に含むと僅かに甘い香りが広がる。


香りは力強いが柑橘類が主張しすぎず、雑味が少なく後口も爽やか。


アルコール度数は40%を超え、喉を焼くようなアルコールの刺激の強さも人気の1つだ。



2人はグラスを合わせる。


ネイトはそのまま一気に飲み干した。


「そんな調子で飲んで大丈夫なのか?」


ラッセルが心配そうに聞くが、ネイトは「1瓶くらい余裕だ」と言って、新しい酒をグラスに注ぐ。


2人はそのままジンを飲みながらぬいぐるみについて話をしていたが、いつの間にか話題は身の上話と変わっていった。



ネイトは子供の頃に服作りを始めて、両親が死んでからオックストンへと出てきたこと。


生地問屋でスチュアートと出会い、そこからハーディプールで働き始めたことなどを話した。


ラッセルは妻が浮気して駆け落ちしたことと、それが理由で自分の工房が潰れたことを語った。



「頑張れば維持できたかもしれない。だけど、私にはそうするだけのエネルギーがなかったんだ」


ラッセルはそう言ってグラスを呷る。


そして、作業台に両肘をついて、上半身を預けるようにもたれかかった。



「ハーディプールに来たのは生活のためだ。娘たちを食わせられるなら、どんな仕事でも良かった」


「だから、言われたことだけやってたのか?」


ネイトはグラスを手に尋ねるが、ラッセルは恥ずかしそうにネイトから目線を逸らす。



「そうだよ。服作りから逃げていたんだよ」


そう言った後、ラッセルは意を決したようにネイトの方を向き、照れながら笑顔になる。


「ぬいぐるみ作りにここまで必死になるとは思っていなかった。本気で仕事に向き合う楽しさを思い出したよ」


ラッセルは笑いながら酒を注ぎ、口をつけた。



「自分の首がかかっているのを忘れたのか?」


ネイトが意地悪そうに笑いながら言うが、ラッセルは気にした素振りも見せない。


「上流階級の客を相手にする時は大抵そうさ。貴族の機嫌を損ねれば、工房を失うだけじゃ済まない。君も、スチュアートにはもっと感謝した方がいい。揉め事を起こした時、隠れてフォローしてくれてることは分かってるだろ?」


ラッセルに笑いながらそう言われ、ネイトは顔を歪めるが、誤魔化すようにグラスに口をつけた。



「それくらい知ってるさ」


「......やっぱり、君は変わったな」


ラッセルはネイトをまじまじと見つめる。


ネイトは「こいつ結構酔ってるのか?」と思いながら、舌打ちした。


ジンの瓶はそろそろ空になりそうだった。



「俺が変わったと言うけど、お前も変わったよな。サポートするって言ったり、積極的に意見出したり。やる気がなかった最初の頃とは別人のようだぜ」


ネイトの言葉を聞いてラッセルは居住まいを正し、急に真剣な顔になった。


「君のおかげだよ。」


「...なにかした覚えはねえぞ」


ネイトは本気で心当たりがなく、訝しげな表情をした。



「娘たちが花冠を作りたいと言った時、手伝ってくれただろ?花冠がいいきっかけになったんだよ。2人とちゃんと話をして決めたんだ。逃げるのを止めて、職人としてちゃんとやろうって。少女になるって言い出した時はどうしようかと思ったけどね」


「そうか...」


ネイトが何を言おうか迷っていると、ラッセルはアルコールが更に回ってきたのか、体を揺らしながら上機嫌でネイトのデザインを褒めだした。


最初はネイトも悪い気分ではなかったが、ベタ褒めされるのに慣れてないせいか、徐々に居心地が悪くなっていく。


しかし、ラッセルは止まらない。



「こいつは飲ませすぎたら駄目なタイプだな。あいつらにも言っておかねえと...」


ネイトは呟きながら、自分のグラスに残ったジンを全て注いだ。


これで1本目は空になったが、2本目を開けるかどうかでネイトは真剣に悩み始めた。


自分だけなら余裕だが、目の前の酔っぱらいに酒を与えていいものか。


さっさと酔い潰して家まで運ぶ手間を天秤にかける。



「えっ、何か言ったかい?」


「なんでもねえよ」


呆れ顔でネイトはグラスに口をつける。


ラッセルは自分の話を言い聞かせるように、遂に身振り手振りを交え出した。



「いや、君は自分のデザインを軽く見ている。伝統的なスタイルとは違い、先進的なデザインは着手をどうしても選ぶ。体型が特徴的なほど君のデザインは輝くんだ。今の君は客に合わせて服を仕立てているけど、最初から客を選んだ方が評価は高くなるはずだ。それこそ、太った人だけを対象にしたブランドを作ってもいい」


ラッセルはそう言いながら、ネイトの作業台に置かれていた人形サイズの服を手に取り、試作品のぬいぐるみの体に当てた。



「ほら、ぬいぐるみに着せたらよく分かるだろ。胴体が丸くデフォルメされてるからこそ似合う。人間だとなかなかいない体型だけど、これでこそ君のデザインの良さが分かるんだよ」


その瞬間、ネイトは雷に打たれたようなショックを受けた。


頭の中でピクニックでのリネットの言葉が蘇る。


『灰色のドレスに赤い柄のスカーフを巻いてるみたいで可愛いでしょ?』



「それだ!」


ネイトは勢いよく立ち上がって、ぬいぐるみを指差した。


勢いに負けた椅子が倒れて音を立てた。


「えっ?」


ラッセルはぼんやりとした表情で、ネイトが何に騒いでいるのか全く理解していない。



「それだ!そのアイデアだ!クソッ、目の前に答えがあったのに俺は何をしてたんだ!」


ネイトはラッセルの手首を掴み、ぬいぐるみと服を離さないようにする。


「ネイト、手が痛いんだけど...」


「うるせえ!体型が特徴的なほど良いって言ったよな!俺の服に合う体型を教えろ。それでぬいぐるみを作るぞ!」


ラッセルは目をパチパチとさせ、ようやくネイトが何を考えているのかを理解する。



「ぬいぐるみに服を着せるつもりかい?」


ラッセルは呆然としながらネイトに尋ねる。


そんなラッセルに顔を近づけながら、ネイトはニヤリと笑った。


「俺たちは服職人だぞ。ぬいぐるみに似合う服を作って何が悪い!」



**********



翌日、ネイトの作業台には、ウエストコートやネクタイ、スカーフなど、様々な服飾品を身に着けた兎のぬいぐるみが並んでいた。


今回の試作品は兎で統一されていた。


他の動物は一切作られず、フォルムも統一されている。


ぬいぐるみの基本部分は先日までの試作品と同じだが、服が目立ちやすいように手の位置が人間と同じになり、胴体が太めで丸みを帯びた形になっていた。


加えて、綿などを多めに詰めたことで、一目で分かるくらいモチモチとした体型になっている。



ぬいぐるみはそれぞれ色や兎の品種が異なり、着ている服の柄や素材も多彩だ。


服は高級服職人の技術で作られており、サイズやラインには隙がなく、上品さや華やかさが伴っていた。


黄色地に黒のボタニカル柄のウエストコート、赤いチェックのスカーフ、薄いピンクのドレスと片耳のリボン、ネイビーのレジメンタルタイ、シルクハットと単眼鏡とブラックジャケットのセット。


服や装飾品を身につけた兎のぬいぐるみには、フォーマルさと愛らしさが両立していた。



特にネイトのモード寄りのデザインが、兎の愛らしさを引き立てていた。


上流階級の人間には受けが悪いデザインでも、ぬいぐるみに着せるとなると評価が一変する。


ジャケットの裾が切り上げられ、兎の臀部が見えたところで文句を言う人間がいるはずもない。


それどころか、ジャケットの下から兎の丸い尻尾が覗く姿は愛らしく、見るものを魅了した。



「なかなかいい出来じゃないか」


ラッセルは試作品の1つを手に取りながら、かつてティムがしたように様々な角度から見ていく。


スーツは少し太っている方がよく似合う。


インパクトの強い柄や特徴的なスーツでも、太った人が着ると親しみやすさや愛嬌と受け取られる。


厚みのある丸い胴体を持ったぬいぐるみであればなおさらで、尖ったデザインの服はぬいぐるみの愛らしさを引き立てていた。



「兎に限定することでブランドの特徴が出せる上、複数体を並べた時の見栄えも良くなる。ベアトリスほどの高単価にはできないが、小さい分だけ1つあたりの値段は安く、手を出しやすい。服や兎の品種でバリエーションを増やし、収集欲も煽れば最終的な出費は同程度になるだろう」


ラッセルは目を輝かせながら、ネイトの発想に舌を巻いた。


ラッセルの意見も反映されているが、アイデアを商品に落とし込む能力は確かなものだった。


きちんとしたブランドの売りを持ちつつ、ベアトリスよりも手が出しやすい。


これなら子供から大人まで、幅広い層に受け入れて貰えるだろう。



「ぬいぐるみに着せる服や装飾品も、フルオーダーの服も受け付けられるぞ」


ネイトとラッセルは高級服職人であり、客の要望に合わせて1から仕立てることなど朝飯前だ。


そしてぬいぐるみの服なら、人間サイズよりも短時間で仕上げることができ、客単価も上がる。


ネイトにそう言われて、ラッセルはハッと気がつく。



「そうか。ぬいぐるみに好みの格好をさせるのは、人形好きがやることと同じか。いっそ、所属組織を示すような服を着させたり、意味のある装飾品を身につけさせるのを提案してもいい。贈答品としても十分価値が出てくるぞ...」


「客の愛着のある古着を、ぬいぐるみ用に仕立て直すこともできる。実に服飾にらしいサービスだな」


商品の将来性に興奮しながら喋るラッセルと、ニヤリと笑いながらアイデアを口に出していくネイト。


2人は心の底から楽しそうだった。



しばらくの間、2人はアイデア出しに没頭していたが、ラッセルはふと頭に疑問が横切った。


「どうして兎を選んだんだ?」


兎はロックミア共和国でも身近な動物なので、人気もそれなりにある。


だが、犬や猫も負けてはいない。


ラッセルが選ぶとしたら、ベアトリスと被らないように熊は避けておくくらいだ。



ネイトは灰色の兎のぬいぐるみを持ち上げ、ラッセルに見せつけるように突き出した。


その兎はどこにでもいそうな品種だが、赤い柄の大ぶりなスカーフを巻いていた。


「この前のピクニックでこいつにヒントを貰ったんだよ。それに、草花を食い荒らされた分くらいは働いて貰わないとな」


ネイトは楽しそうに答えたが、事情が分からないラッセルは不思議そうに首を傾げるだけだった。



そうこうしていると、2人の騒ぎを聞きつけたスチュアートが試作品を見にやってきた。


スチュアートは、黄色地に黒のボタニカル柄のウエストコートを着込んだ兎を手に取り、メガネのズレを直しながらまじまじと見つめた。


「服は着るものだが、飾るのも悪くない。店頭に見本を並べる意味が理解できたか?」


そう尋ねるスチュアートに対し、ネイトは自嘲気味にハッと笑った。



「売れ残りの値下げ品かもしれねえぜ?」


「なに、人が着るんじゃないんだ。多少好き勝手なデザインでも文句を言う人間はいない。それに、そういう服は得意だろう?」


スチュアートは皮肉と共にネイトの軽口を笑い飛ばす。


やり返されたネイトは舌打ちして顔を歪める。


スチュアートはそんなネイトを見て満足げに頷き、ぬいぐるみを作業台に戻し、ネイトに告げる。



「これはこのままでいい。代わりに、もう少しフォーマルな格好をしたぬいぐるみをいくつか作れ。見本として、大臣や元帥に贈って問題ないやつをな」


ネイトとラッセルは目を開いて驚き、そして頷く。


スチュアートの言葉は、商品完成の商品を意味していた。



太陽が雲から姿を現し、降り注いだ光が工房の窓から差し込んでくる。


作業台と兎のぬいぐるみが陽光に照らされ、祝福を受けたように輝いていた。

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