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祈りに近いモノ、その名は 3 #ルート:S







疲れた体をお風呂で癒して、いつものようにカルナークから水分補給をされ。見送った後は、いつもベッドに溶けたようになってしまう。


「めっちゃ疲れた」


そういって、ベッドに置きっぱなしの寝る前の読書の時間。といっても、手にしているのは元の世界の辞書だ。


畳語(じょうご)という、同じ音を繰り返したものばかり集まった箇所が終わりの方にあって、読み始めると面白くて何度も読んでしまう。


静かな部屋に、紙をめくる音だけが響いていく。


淡々と。粛々と。


どっちにも物静かとか書いてある。


今日は辞書を使い、今の自分に合っていそうな言葉を探してみよう。


電子辞書は便利だよと聞いているけれど、紙をめくる感覚が好きなのと、探すまでに時間がかかった方が見つかるまでが待ち遠しくて…好き。


黙々と。


「ってほど、集中できていないしな」


やっていることは、どっちかといえば延々…って感じ。ずっと続きそうで、ため息ばかりが増える。


「…恋々(れんれん)。強く…」


そこまで声に出してから、口を噤む。


カルナークに聞かれたくなくて。


(強く恋い慕うさま、か)


慕うという言葉で思い浮かぶのは、たった一人。


ぺらりとページをめくると、我利我利(がりがり)と書かれたものが目を引く。


「他人を顧みず、自分だけの利益をはかること。……あの人たちみたい」


教会との勉強会を再開。とはいえ、魔力感知とコントロールの訓練も大事なので、この日は午前で明日は午後に…みたいに時間が短くてもなるべく回数を減らさないようにした。


教会からあんな風に言われて取るようにした勉強の時間なのに、学べている感覚は全くといっていいほどなくって、無駄な時間を過ごしている気にさえなる。――申し訳ないけどね。


聞かされていることといえば、毎回のように似たような話ばかりで、教会が如何に素晴らしい存在かということと聖女たるものの心構えを暗唱できるくらいまで繰り返されている。


寝る前になっても、幻聴かと思えるほどにハッキリと耳元で苦手なあの声が聞こえるよう。


(その分、眠れなくなってきちゃったんだけどね)


やすらぎにもいやしにもならないモノを聞いている感覚が付きまとい、そう簡単には疲れが取れない。


常に頭を働かせて、ずっと緊張感を持っている弊害なのかもだけど。


限限(ぎりぎり)……は、限界の限か。アレックスと調整をしながらなのに、思ったよりもスケジュールに余裕がない。


こんなんじゃいつもギリギリすぎて、あっという間にどうにかなってしまうかもしれないね。


「なんて、まるで他人事みたいだ。自分のことなのに……」


最近の自分がおかしいと思いはじめている。眠れていないから、ぼんやりしているだけなのかもだけど。


「……昏昏(こんこん)、ね。心がぼんやりするさま、か。今のあたしみたいじゃない」


スマホの中のお兄ちゃんへのおやすみのあいさつも、最近はする気にもならなくて。


頭痛が酷くなる一方なので元いた世界の鎮痛剤を飲んでみたけど、一切効かなかった。


この世界に来てからのものだから、こっちの薬じゃなきゃダメなんだろうか。


時計を横目に、非常識な時間だとわかっていても行ってみようと体を起こす。


夜もすっかり更けた時間だけれど、きっと起きているはずだから。


医学書みたいな本を手に、何か所かにしおり代わりの紙を挟む。


メモを書いてもカルナークが見ているかもしれないし、会話をすれば聞こえもするだろう。


出来れば、内緒で対応してくれるといいんだけど、彼のところに行くのはきっとバレてしまうんだろうな。


盗撮していたら、だけど。


しん…と静かな廊下を歩いていく。


履物は、めんどうくさい。というか、元いた世界じゃ我が家はスリッパもなしで、常に裸足だったからね。


毛足の長いふかふかのじゅうたんで出来た廊下を歩き続けて、彼がいるだろう研究室へ。


この時間でも寝室にはいない気がした。


小さくノックを二度したら、ちょっとの間の後にわずかに開かれたドアの隙間から伺うように彼が顔を出した。


「あ…」


彼にしては珍しく目を大きく見開き、どうして? と言いたげな顔をする。


「ごめんなさい。お願いあって……その…」


ボソボソ呟きながら、持っていた本を差し出す。


「しおりの箇所にあるものに効くものが欲しい」


医学書らしきものを手渡せば、彼はしおりの箇所を確かめて眉間にしわを寄せた。


「……俺のとこに来たってことは、こっちの医師に知られたくないってことか?」


珍しく、声が低くなる彼に、うなずいて肯定を示すと「しょうがないな」と呟いてからドアを開いてくれた。


「どうぞ?」


たくさんの薬草がぶら下がっていて、どこからか昔嗅いだことがある匂いもする。


その中に、幼い時に家族で出かけた先にその花畑があったのを思い出させる花があった。


「……ラベンダーだ、これ」


「ん? クンイソウのことか? 知ってるのか、この花を」


「うん。あっちの世界にもあったんだ、これ。家族で出かけた場所に、この花がいっぱい咲いてた」


目をつむり、記憶をさかのぼる。


淡い紫色が、遠くまでも地面をいっぱいに色づかせ、風に乗って鼻をくすぐった香りはどこまでも優しい香りだった。


紫のじゅうたんとはよく言ったもんだ。


「好きなのか? これ」


そう言われてみても、すごくというわけではない。


「そこそこ?」


とあいまいに返せば、一瞬「ん?」と不思議そうに首をかしげてから、奥の棚の方へと引っ込んでしまった。


「これ、風呂に入る時に使ってみたらいい」


小さな瓶を、立ちっぱなしのあたしに手渡してから、傍らにあるイスを指し示す。


クンイソウって書いてある。こっちの言い方か、正式名称かなにかなのかな?


瓶を軽く左右に振れば、瓶の半分ほど液体が入っている。


「入れるのはすこしで十分だから、それ」


いいながら、近くにある薬草に手を伸ばしては、丸い石に棒がついたものでゴリゴリいわせつつ砕いているよう。


(断らないでいてくれて、よかった)


ホッとしながら、さっき受け取った瓶のふたを開ける。


ふわりと懐かしい香りが深く感じられて、顔が自然とゆるんでしまった。


そのまま気づかないうちに夢の中へ。


「……このまま眠れたらいいな。こんなに…クマつけて……大丈夫かよ」


あたしが眠ったことでカルナークへ、シファルが呟いた言葉が聞かれることもなく。


「それにコレ、誰かわかってるのか?」


シファルがいつもとは違う魔力を纏わせて、目にだけその魔力を強化させる。


「どうしてここに瘴気の残滓(ざんし)みたいなものが?」


魔力の量が極端に減ることになってから得たスキル。瘴気の濃さを量るモノ。


浄化のタイミングを知るために、いろんな文献を漁りまくって手にしたスキルだ。


そのスキルでシファルだけが、あたしの身に起きている事実に気づき、ジークはあたしに闇属性が絡みついているというザックリとしたことしか気づけておらず。


結果、シファルがあたしを部屋まで運んでくれていたその後に、ナーヴに接近禁止令がシファルから出されてしまった。


元々会話することもほとんどなかったあたしたち。


ナーヴが生きるためと言われたことを理解をしようと思った矢先、浄化にナーヴの力が必要だとジークから知らされる。


ナーヴを生かすか、生かさないか。


もしくは、他の方法での浄化の手立てを探すか。


浄化について行き詰ったあたしは、ある夜にいつものようにうなされる。


――――夢を見た。


胸の奥が痛くなって、悲しくなる夢。


7代前の聖女の時の光景が夢に現れて。


その夢の中で、聖女は笑ってた。


笑いながら、一番好きな人にその身を預けて瘴気ごと消されていた。


『好きよ。……誰よりも、大好き』


二度と会えなくなるのを知っているかのように、でもどこか満たされた笑顔で、姿かたちも残ることなく消えていった。


聖女を消しただろう彼は、何も残さず消えてしまった彼女がいた宙を見つめ、唇を噛み泣いていた。


目が覚めて、もしかして今回の浄化もそれをなぞらえることになるんじゃないかと怖くなる。


今すぐジークに会いたいのに、会っちゃいけない気がする。


一番好きな人に、消される運命。


自分がその運命を受け入れるしかないのだとしても、ジークにあんな顔をさせたくはない。


(……でも、きっと、一番好きな相手じゃなきゃ効果が…)


寝汗でべたつく体を起こし、バスルームへと歩く。


手には、シファルがくれたラベンダーの香料が入った瓶。


湯気が立ちこもるバスルームに、ラベンダーのいい香りが満ちていく。


くん…と息を吸い込み、ため息をこぼす。


「誰よりも……好きな人、か」


確かめるように呟いた言葉は、湯気と一緒に天井へと消えていくような気がした。



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