抱えられるもの、抱えられないこと 3 #ルート:S
~ジークムント視点~
「あーぁ……胸やけしそうだった」
カルから、ひなとの訓練の話を余すことなく“聞かされて”、付き合ってるわけでもない彼女とのノロケ話みたいだった。
話せと言ったのは俺なんだけどさ、遠慮もためらいもないってどういうこと?
ほんと、カルってさ。
「たぁーんじゅーんだよねぇ」
呆れたように、わかりきっていたことを口に出す。
カルの部屋を出たら、そのうち夕食なんだろうって時間で。
それでも時間にはまだ早いから、ひなのところにでも行こうかななんて思いつきで廊下を左に曲がろうとした時だった。
「いかがですか? 訓練が始まったと聞きましたが」
「あ、はい。今日からです」
「我ら教会との勉強会よりも有益だったのでしょうね? カルナークさまは大変賢い方ですし、ましてや聖女様への愛情も深く感じられますし、教え方もきっとお優しいのでしょうねぇ」
「え……っと、あの、すごく…優しく教えてもらってます…。本当に」
「えぇ、えぇ、そうでしょうねぇ。我ら教会と共に学ぶよりも、有益なのでしょうねぇ」
「有益……ですか? あの…その……有益って、どういう意味で使って…」
ひなが困ったように質問をしかけたタイミングで、わざと言葉をかぶせたかのように。
「カルナーク様に袖にされましたら、どうぞ我ら教会までお越しください。聖女様が望むような方がいらっしゃるかはわかりませんが、なるべくご希望に副うような教師役を宛がわせていただきますので」
「え……、袖に? あたし、別に誰かを望んだとかなにも……」
「では」
教会のやつら数人だな、あの声は。
途中で止めるべきだとも思ったけど、何を考えているのかを見るにはそれは出来なかった。
(ひなが傷つくってわかってんのに、やらないなんてな)
自分を責めつつ、教会のやつらが去ったのを確かめてから廊下を曲がった。
「あ! ひな」
さも、偶然ここに来たよっぽく。
「ジー……ク」
元気なく俺を呼ぶひなの目には、うっすら涙が浮かんでいる。
(やっぱり、そうなるよな? 泣かせたくないのに、あの場で飛び出すわけにいかない俺って……)
いろんなことを考えて足を止めた俺は、本当は何を優先すべきか迷っているような気がした。
目の前の女の子がずっと笑ってくれていたらと思う心に、何から守ればいいのかを炙り出す必要性と行動をと囁く心が同居している。
「どうかしたの? 今にもこぼれそうだよ?」
わかってるのに、知らんふりして指先でこらえきれずに流れた一筋を掬う。
「なんでもない!」
甘え下手なんだってことは、一緒に時間を過ごすたびにわかってきたのに。
「言ってね? 俺は、いつだってひなの味方なんだから」
味方と言いながら、傷つけられるのを見逃して。
矛盾だらけの自分の存在に、心の中でごめんねとひなへ呟く。
「ジーク……、ちょっとだけ、部屋に…いい?」
廊下で立ち話だったもんなと、ひなの部屋へと付き合う俺。
「夕食までには解放するから!」
そう言って、ひなは俺をソファーに座らせた。
ベッドの方に向かってから、何かを手にして、うつむいているのは分かったんだけど、その後は手に何も持たずに戻ってくる。
(……?????)
ひながなにをしているのか、さっぱりわからなかった。
「ひな?」
上半身をひねって、ベッドの方へと顔を向けた俺に、ひなが「ごめんなさい」と唐突に謝ってきた。
ソファーに座ったままの俺がいて、背もたれの方から俺を抱きしめるひながいて。
「……ひ、な?」
らしくなく動揺する俺の声は、すこしだけ震えてしまって。
「ご…なさ、い…ジ……ク」
ひなの声も震えていて。
俺を背中から抱きしめて、ひなが泣いているんだってわかったのに。
「こっちきて? そんな、背中で泣かれたら……慰められないじゃん」
ううんと何度も繰り返し、俺を抱きしめながら静かに涙をこぼし続ける。
そんな風に泣かれたまま、俺が唯一出来たことといえば胸の上でクロスされたひなの手に自分の手を重ねるだけで。
静かな時間が流れた最後の最後に、俺の心臓を激しく脈打たせる声が聞こえた。
切なげに、苦しげに、短く。
「柊也兄ちゃん」
って。
(シューヤって、誰? 兄ちゃんってことは、男なんでしょ?)
と思ってから、すぐさま思い出す。あの時、ひなが見せてくれた絵みたいなやつ。
ひなと一緒にいた男の一人の顔を。
「……………」
悲しげに震えるひなの手に重ねたままの俺の手も、小さく震え出す。
けれどそれは、ひなの感情に同情や同調したからじゃなくて。
(俺のこと、アイツの代わりにしてるの? ひな)
嫉妬だとハッキリわかるほどに、歯がゆくも怒りにも似た感情で。
元いた世界に帰りたい気持ちを呼び起こしたのは、きっと協会のやつらなんだろうけど。
(ひな。……ちょっと残酷なことしてくれちゃうね?)
ひなの横で笑っていた俺に似た男と、嬉しそうに笑っていたひなとが頭から消えない。消せない。
「……ね。ひな」
声をかけて、ほんのちょっとだけ顔を右上に向ければ。
「“俺”を見て?」
低く囁き、ギリギリ届いたひなの左の口角に。
「キ……」
「そうだよ? キスしたの。……ダメだった?」
わざと音が鳴るようなキスをして。
真っ赤になって戸惑いを隠せないひなへ、もう一言。
「それとも、“俺”じゃ……ダメだった?」
印象を残すように、強調して囁く。
困ったように固まったままのひなの、襟元をクイッと引っ張り引き寄せて。
「今度は、ちゃあん……と、口にしてあげる」
ひなの顔を俺へと誘って、唇が近づくギリギリの息がかかるほどの距離で囁いた。
「……いいでしょ? キス、しても」
戸惑ったまんま震えてるひなの唇に、ちょんと触れるだけのキスをした。
たったそれだけのことで真っ赤になって、今にも目を回しそうなひな。
くす…と笑ってみせてから、もう一度繰り返した。
「ちゃんと、“俺”をみてね? ……ひな」
シューヤじゃなく、俺を意識してくれと。
ひながさっきソイツを呼んだのが無意識かもしれなくても、俺に火をつけたのは間違いなくって。
「“俺”は、ずっとひなのそばにいるよ?」
こっちの都合で喚んだくせにと思うのに、まるでもう帰さないと言わんばかりに囁くその声は酷く冷たくて。
(ずいぶんと、ひなのこと想いはじめちゃってるんだな。俺)
ひなの中の記憶をどうにか上書きしたくて、あの絵みたいに笑おうとする俺がいる。
ただ、笑ってるのに奥歯は強く噛みしめてて、ひなの部屋を出てからあごが重たく感じられた。
嫉妬なんて不要で汚い感情だろ? ってどこかでバカにしていたのに、俺にもそんな感情があるなんてな。
その感情を持て余しつつも、どこかで人間らしくも感じて、ひなに夕食の時にどんな顔をして会えばいいのかわからなくなった。
その日の夕食は、ひなが好きなスープだったのに食堂には来なかった。
他のみんなと夕食に手をつけて、スープをひと掬い。
「……味、しないや」
ポツリとこぼれた言葉は、カルの浮かれた声で消された。
ひなが座っていないイスが視界に入った途端、妙な罪悪感が俺の胸をいっぱいにした。
女の子とのキスはいつもやわらかくて、いい匂いがするもののはずなのにさ。
触れた唇が震えていた記憶だけが、鮮明に残っていた。




