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Restaurant  作者: 夜月暁
友香の場合
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第2章エピローグ

 怒涛のランチタイムが終わり、最後の客が店を後にすると、入り口のプレートをひっくり返して『Closed』にする。従業員に賄いを配り、休憩の指示をすると、髙橋はランチの売り上げの数字をパソコン上で確認を始めた。

(ま、こんなもんか)

 客入りは昨日と変わりがないが、日替わりランチの数が、昨日より減っている。懐から電卓を取り出し、計算を始めたところで、レジのあたりが騒いでいるのに気がついた。


「誰よ! またレジから電卓持ってったまま返してないの!」

 友香が怒りながら叫んでいるのが聞こえてくると、高橋の指が止まった。計算の途中だったが、今使用していたものを机に置いて、自分の机に無造作に転がっていた方の電卓を持って腰を上げた彼は、事務所を出た。


「悪い、俺だわ」

 電卓を手をレジにいた友香に差し出すと、「もう!」と睨みながらその電卓を受け取った。

「って、これあたしのじゃないわよ」

「うん、俺の。お前のと交換こしよ」

 ニコッと笑い、返品不可と言うかのように彼女に自分の電卓を押し付けている。

「やだ、あたしの返してよ。あんたの電卓、小さいし、知らない機能のボタンたくさんあって使いづらいんだけど」

 顔をしかめながら受け取った電卓を返そうとする友香だったが、髙橋はそんな彼女に耳打ちする。すると、顔を赤くした友香はプイと髙橋に背を向けてしまった。しかし、その手にはしっかりと彼の電卓が握られている。


「店でイチャつくな」

 個室の掃除をしていた佐井が直樹と共にレジの前を通りかかった時に文句を言った。

「いや、教育的指導だから」

 悪びれることなく高橋がそう口にすると、直樹は苦笑いを浮かべ、佐井は呆れて顔を歪ませていた。精鋭ばかりが揃った高級店だが、相変わらず個性のあるスタッフが集まった店には、騒がしさが戻っていた。梅雨も明け、本格的に夏が始まろうとする直前だった。




 友香が時田と別れを選んだ日の夕方、時田は夜の部をオープンさせてから間も無く、一人店を訪れていた。友香が休みの日にレジにいるのはたいてい高橋の担当だった。


 時田の姿が見えると、高橋の態度が少しだけ硬化する。しかし、時田が食事に来たわけではないことがわかると、レジを一時直樹に任せて、空いている個室に時田を通したのだ。


「お仕事中、申し訳ありません」

 深々と頭を下げる時田を、髙橋はまるで値踏みをするかのように黙って見つめていた。

「今日、僕はおそらく、彼女と別れることになると思います」

「なぜ、それを私に?」

 鋭い視線で髙橋はそう尋ねると、時田は苦笑いを浮かべていた。

「あなたが彼女を守っていることを知ったからです」

 そう言いながら、時田はビジネスバッグからA4程度の大きさの茶封筒を取り出しテーブルに置くと、それを髙橋に差し出したのだ。


「…これは?」

「僕は親から彼女の身辺調査をするよう命じられて、興信所に依頼をして取り寄せた資料です」

 そう告げられ、一流企業の息子も大変なんだな、と髙橋は少しだけ同情した。

「…で、これがどうかしたんですか」


 この資料が存在する意味がわかっても、なぜ自分に差し出されるのかがいまいち理解できなかった高橋だったが、時田の言葉を待った。

「僕と彼女が一緒にいたら、きっと彼女はこの先ずっと後悔の念を捨てきれずに生きていくことになるかもしれない。…そういうことが書かれていました」

「ちょっと待ってください。訳がわからない」

 時田の言っていることを全く理解できない髙橋は、冷ややかな目で時田を一瞥した。


「覚えてますか、彼女が僕を誰かと間違えた時がありましたよね?」

 5月12日。吉田が席を予約した日だ。たいしたことではなかった。大方、友香が昔の彼氏に未練があって顔が似ていた時田を思わずそう呼んでしまったのだろうと思っていた。

「僕は、彼女が呼び間違えた名前の男と、兄弟でした」

 まさかの告白に、髙橋は俄かに信じられなかった。

「…馬鹿馬鹿しいにも程がある」

 吐き捨てるようにそう口にし、髙橋は立ち上がる。感情をあまり露わにしない彼ですら、それくらい動揺したことだった。


「そのことも調査報告として書いてあります。おそらく、彼女は僕にそれを聞くために連絡をしてきたのだろうと思います。もちろん聞かれたら、そのことを包み隠さず彼女に話します。彼女はこの2年間、大事なものを失った悲しみから全く抜け出せていない。それは仕事とはいえ、いつもそばにいたあなたなら、気づいていたのではありませんか?」

 真剣に話す時田に、もはや何かを言い返す気力を失っていた髙橋だったが、もちろん心当たりはあった。何がそうさせていたのかはわからなかったが、何かが友香を縛り付けていることは、とっくにわかっていた。


(その答えが、この封筒に…?)

 そっと目の前にある茶封筒に目を遣った。

「もし彼女があなたを頼ったら、受け止めてあげてください」

 時田は、テーブルに額がついてしまうほど深く頭を下げていた。

「…話はわかりました。しかし最後のは、あなたに言われなくてもそうするつもりです」

 高橋が静かにそう告げると、ゆっくりと頭を上げた時田が小さく笑いながらうなずいていた。




 時田が店を後にすると店が混み始めるまでに1時間くらい時間があった。レジとホールを行ったり来たりしながら、彼は時田から受け取った資料に目を通していた。


 見た目ほど落ち着きがなく、思い込みの激しい性格で、世話の焼ける友香が、単純な理由で人生を無駄にしながら生きているのかと思っていたら、それなりの理由があったことをここで知ることになる。なぜ、4年もそばにいて気づかなかったのだろうと、髙橋は少なからずそう思った。


 佐井とすぐに別れたかと思ったら、すぐに立ち直っていた友香は、幸せそうなオーラを醸し出して、誰も寄せつけなかった。きっとあのお転婆を扱える心の広い男でもできたのだろうと考えていたのだが、1年と少し経ったある日から、彼女はなにも言わないが何か大事なものを失ったかのような顔をして過ごすようになった。頼ってくれれば話くらい聞いてやれる余裕はあった。しかし、彼女は何かに縛られながら、自分で自分を守っているように見えたのだ。


 この店に来た頃の彼女を好きか嫌いかと聞かれたら、髙橋はまず嫌いと答えただろう。あんなうるさくて面倒な女を自分の彼女にしようとは思わない。しかし、仕事を吸収する力が他のスタッフより優れていた友香は、すぐになんでも器用にこなしてしまう。この店に来てから半年で、レジ周りの仕事を大体任されていたというのに、なぜあんなにプライベートはうまくいかないのかと笑ってしまうくらい不器用な性格だった。


 そんな彼女と仕事仲間として過ごしていくうちに、髙橋は一つの結論に達した。

 友香は、仕事ならルーチン作業で身についたことをその時々によって応用することができる。不器用だが、頭の回転は早いから多少不慣れなことが起きても対応することができる。しかし、正解がないプライベートのことになると、なかなか決断することができないから、その分判断が遅れる。そして余計なことを考えすぎて、足を取られてしまうのだ。

 髙橋は、そんな彼女をバカにしつつもいつしかそれが可愛いと思うようになっていた。自分よりも二つ年が違う友香が心から笑ってくれるならと、手を差し伸べてやりたくなっていたのだ。




 きっとこの2年、抗っても叶わないことを知った彼女は、自分の力など決して大したことないんだと、過小評価し始めていたに違いない。空っぽになってしまった自分が、どんなふうに生きていったらいいかさえもわからずに、ただ会いたい気持ちだけを胸に抱いて生きていたんだろうと思えば思うほど、早く解放してやればこんなふうに傷つきながら気づくこともなかったのに、と髙橋は思うのだった。




「ねぇ、明日、休みでしょ? どっか行かない?」

 仕事あがり、友香がパソコンの画面を見つめている髙橋に話しかけていた。すっかり着替えを済ませていて、高橋が上がるのを待っている。

 勤務中のランチ以外、誰が高橋を遊びに誘っても、彼はこれまで首を縦に振ったことがない。これは、ほぼ全員が知っている公然の秘密事項である。

 そんな彼らのやりとりを、開けっ放しのドアから帰宅しようとするスタッフが覗いていたのだが、皆、結果はわかっていた。


「あー…、まぁ別にいいけど、どこ行くの?」

 しかし、高橋が視線も向けずに画面を見たままそう答えると、彼らをのぞいてたスタッフが口々に驚きの声をあげていたのだ。友香はその様子を見て笑っている。

「とりあえず、電卓買ってよ」

 昼間の時のことを言っているのか、友香は顔も見ないで会話する彼の背中をバシッと叩いてそう要求した。

「いって」

 たいした力で叩いていないのにもかかわらず、彼は顔をしかめながらそうこぼしていた。


「職場恋愛か! そしたら楢橋を社員にしづらいじゃないか…」

 一人だけ皆と違う反応をしていたのは、支配人だった。

「えー、雄一だって、そうなのにね?」

 友香は自分たちのやりとりをガン無視して事務作業に徹していた佐井に飛び火させると、彼はゴホゴホと急に咳き込み始めた。

「なんだと?! 佐井! お前は誰が相手なんだ!」

「友香! てめぇ、余計なこと言うんじゃねぇ!」

「あぁもう、うるせーなぁ」

 社員達が好き勝手に騒ぐ事務所内の様子を見て、覗いていたスタッフたちはいつものが始まった、と笑いながら解散する。

 今夜も優美林は平和である。




ーー友香の場合 ENDーー




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