第2話 ねえ、シンデレラの物語を覚えてる?
ロディオンが持ってきてくれたホットミルクとビスケットを食べて、やっと人心地がついた。ビスケットは朝焼いたものらしいけど、ちゃんと温め直してあったし、大好きなはちみつも付けてくれたから、すっごく大満足のおやつだ。
え、夕食? もちろんこのあと食べますけど何か?
「美味しかったぁ。ロディーのビスケットは絶品ね」
ニコニコしながら褒めると、テーブルの向こうでお茶を飲んでいたロディオンが少し顔をしかめる。
「褒めても何も出ないよ」
そんな可愛くないことを言ってるけど、素直じゃないなと内心ニヤリとしてしまう。右の頬を指でかいてるのは、彼が照れてるときの癖だもの。
六歳のときからうちで働いてくれているロディオンは、私と年が一歳違いということから、何かと一緒にいることが多かった。
親戚の親戚だから、私の遠い親戚ってことになるのかな?
お母さんの伯母さんの嫁ぎ先のお姉さんの旦那さんの従姉妹の子ども――だったっけ? お店では見習いとして一緒に学んだし、一緒に練習も沢山した。
もちろん字も計算も作法さえも、競うようにして学んだ。
チナミおばあちゃんからは、ロディオンも孫の一人みたいな扱いだったこともあって、私はお姉ちゃんになったみたいな気持ちだったんだよね。
彼はこの地方の習慣に則って、十二歳から十五歳までさらに違う店に修行に行って、チナミおばあちゃんが亡くなったのをきっかけに戻ってきてくれた。本当はあと二年、修業期間があったのに。
でもね、戻ってきたロディオンは、かつての可愛かった姿はどこへやら。
背はにょきにょきと伸びてるし声は低いし、なぜか私の兄貴ぶるしと、正直なところ「あんた誰よ?」状態だったわ。
どうも私のしつけ係として戻ってきたという噂があるくらいだ。
失礼しちゃう!
そんな彼も十七歳。
明るめの茶色い髪に深い藍色の目のロディオンは、笑うと人懐こい感じになって、子どものころから接客をすると評判がいい男の子だった。今はそこに男っぽい印象が加わって、町の女の子にもひそかに人気があるらしい(らしいというのは、まあ、噂で小耳にはさんだからなんだけど)。
怒ってるときの顔は怖いんですけどね!
「あなたは私のお母さんですか」と言いたいくらいの小言の嵐なんですけどね。さっきも箒に乗って窓からこっそり戻ったところを見つかって、行儀が悪いとか帰りが遅いとか、色々こってりお説教してくれたけどね!
でもまあ、私以外の女の子にそんな顔は見せないだろうしなぁ。
最近彼は、親戚から戻って来いって話が来てるらしい。どうもかなりいい縁談があるらしいんだよね。だからうちにいてくれるのもあと少しなんだろうけど……。
心の中でこっそり長いため息をつく。
「ロディーもそういうお年頃だものね」
思わずボソッと呟くと、私の心の声など聞こえるはずもないロディオンは不思議そうな顔になる。
そんな顔は昔のままだなぁ、なんてしみじみ思っていると、
「じゃ、話を戻そうか」
と、ニッコリ笑われてしまった。うう、お説教反対。
「まず一つ。窓は出入口じゃない」
「はい、わかってます」
窓から箒にまたがったまま飛び込んだのを目撃されてるから、言い訳なんてできません。おばあちゃんなら笑い転げるだろうけど、お父さんに見つかったら卒倒されてしまうかもしれないものね。かなり年がいってからの一人娘なせいか、過保護なのよ。
「よろしい。次に、その箒は古くて危険だ」
「大丈夫よ、ハリーは元気だもの」
ハリーは箒に宿っている精霊の名前だ。
でも自信満々にそう言った私に、ロディオンは怒ってると言うよりは少し悲しそうな顔になる。
「でも、もし帰ってこれなかったら?」
「だから大丈夫だって」
さっきから繰り返されている押し問答。
また正座させられると困るから、私は慌てて妖精たちを呼んだ。
「リリ、ユユ、モモ!」
上に向けた掌から、ポポンと妖精たちが飛び出してくる。よかった、さっきまで寝てたから呼べなかったんだよね。
小さな妖精たちの姿に目を丸くするロディオンに、私はにっこりと笑った。
「リリ、ユユ、モモ。今のハリーの姿を見せてあげて」
「「「♪」」」
ご機嫌に鈴の鳴るような言葉ではない返事をしてくれた三人の妖精は、古ぼけた箒の周りをくるっと飛び回る。すると箒から飛竜が姿を現した。彼がハリーだ。
「ね、元気でしょう?」
ロディオンはしばらく唖然とした後、何があったんだと私の肩を掴んでくる。
パクパクと口を開け閉めするだけで声が出ないらしい。
うん、まあ。二年前は灰色のよぼよぼ竜だったからねぇ、気持ちはわかる。でも活力満タンの今なら、まだまだ若い二百歳。年相応のピチピチ飛竜よ?
「せっかく久々に妖精の元気な姿を見たのに、反応がそれ?」
「だ、だって、チナミさんが亡くなってから、彼らは眠ったりどこかに行ったりして、姿をほとんど見なくなってしまったじゃないか」
どちらかと言えば怖がってるような声に私は首をかしげる。
たしかにそうだ。
この子たちはチナミおばあちゃんの仲良しさん達で、おばあちゃんが亡くなった後は冬眠するように眠ってしまっていた。今も睡眠時間は長い。
「私を認めてくれ始めてるってことよ」
妖精は好き嫌いが激しいけれど、好きになってくれるととても心強い味方だ。
いくらおばあちゃんに似ていているといっても未熟な私では、妖精たちの希望に応えることが出来なかった。
素敵なものを思い描き、形にする。
それがこの子たちの願いであり楽しみ、そして生きる糧。キラキラしたものがなければ消えてしまうから、ずっと眠ったりどこかに避難して待っていてくれたチナミおばあちゃんの妖精たち。
まだ目が覚めたのはこの四人だけだけどね。
「ねえ、ロディー。シンデレラの物語を覚えてる?」
「あ? ああ」
「さっきも言ったけど、私、シンデレラに会ったのよ。王子様にもね」
「は?」
「だから私、この子たちと一緒にシンデレラの魔法使いになるのよ!」
「はあ?」




