町と戦いの最後
前書きで次パートの事をいうのもアレですが、次から新しいパートとなります。
杏奈は立ち上がったアヴラズに突っ込み、迷わずに首を狙った。鉄扇がアヴラズの顎をかすめ、彼の皮膚を裂く。のけぞったアヴラズは右手にイデアを出した。今までの敵が使ったイデアと異なり、小さな釘ほどの大きさのものだ。杏奈はそればかりに気を取られる。刺される前に倒さなければ。
「めんどくせえな。俺もこう見えて魔物ハンターなんだよ」
釘のようなイデアを出していた右手に気を取られていた杏奈は左手に目がいかなかった。アヴラズの左手には魔力の塊。光の魔法だった。気づいたときにはもう遅い。
――光の魔法は閃光弾のように炸裂し、音もなく部屋全体を光で包んだ。視界を奪われる杏奈。その間に杏奈は何かの感覚を覚えた。
額に何かを埋め込まれる。杏奈は急速に行動しようとする意志を失っていった。ぼうっと蝋燭の炎が消えるように。
杏奈は力なく床に座り込んだ。
閃光がおさまり、杏奈の視界にアヴラズが映り込んだ。
「……おとなしくなったか。ここまで乗り込んできたじゃじゃ馬もおとなしくしていれば綺麗だな」
アヴラズは身をかがめ、杏奈の顔にそっと触れた。額に釘のようなイデアを刺された杏奈は虚ろな目でただアヴラズを見つめている。
なめらかな杏奈の肌をアヴラズの手が滑る。
「どう弄んでやろうか。少なくとも今は抵抗しないはずだから服を脱がしてもいいな」
アヴラズの手は杏奈の服に移る。ボタンを一つ一つ外すことを面倒くさがったアヴラズは強引に杏奈の服を引き裂く。服の下から見えるしなやかな筋肉。一般女性の身体とはまた違っている。
今度は脚だ。すらりと長く伸びた杏奈の脚にもしなやかな筋肉がついている。アヴラズは自分に歯向かった女戦士の脚を撫でまわす。
混濁する意識の中、杏奈は少しずつ自我を取り戻してきた。自分の持つイデアの力が外部から埋め込まれた他人のイデアを拒絶する、免疫反応のような感覚。それが杏奈の感じるものだった。頭痛と吐き気とめまいが杏奈に降りかかる。やがて、かすんでいた視界が開け、失われていたほかの感覚もすべて戻ってくる。額の何かも消えてゆく。この時、杏奈は気づいた。自分の脚を撫でまわすアヴラズ。
「……」
ただ気分が悪い。杏奈の感情はそれに集約することができた。自分の意思がない間に好き勝手されたことはトラウマにもなるだろう。
杏奈は拳にイデアを集中させ、アヴラズの顔に拳を叩き込んだ。
「うっ……!?イデアは刺したぞ……!?こんなに……」
吹っ飛ばされながらアヴラズはその言葉を口にする。杏奈の拳によって吹っ飛ばされたアヴラズは役所の書類の山に背中から激突し、その上に備品が覆いかぶさった。
「私のイデアでお前のイデアを相殺した」
「……それはわかるぞ。わかるが早すぎないか……!?あいつらが来る前に抜けることが……」
アヴラズはただうろたえていた。自分がコントロールできたと思っていた相手の予想外の行動で自分のペースを乱されたのだから当然だ。
「どうやらイデア使いには効きにくいらしいな。やられた私だからわかる」
杏奈は鉄扇を開いた。立ち上がってすらいないアヴラズに一歩ずつ詰め寄り、とどめを刺そうと試みる。一方のアヴラズ。自分のイデアの弱点を見抜かれたことでさらに動揺する。
だが、この時、来ないと思われていた者たちがここへ来た。足音に気づいたアヴラズは得意そうな顔をする。
開けていたドアから5人の男が入ってきた。彼らは破壊された銃を持っている。どうやら階段でシオンたちと戦っているうちの数名が来たのだろう。
「またまた形勢逆転だな。やってしまえ。俺が戦うのもめんどくせえ」
部屋になだれ込んできた5人は杏奈を取り囲む。彼らは破壊された銃以外の武器はもっておらず、ふらふらした状態でかろうじて立っていられる程度の状態だ。杏奈はほんの少し開いていた間に突入し、囲まれた状態から脱出する。それから杏奈は5人を無視し、アヴラズに詰め寄る。
「だからと言って人の自由を奪ってまで利用するなっ!!!」
アヴラズの首根っこを掴んだ杏奈。そのまま杏奈は顔に拳を叩き込む。6年間の戦闘訓練を積んだ杏奈の強さは伊達ではなく、アヴラズの顔が少しずつ変形してゆく。
「あっ……感情て……」
「やかましい!黙って私に殴られろっ!」
アヴラズが言葉を発しようとしても杏奈は殴るのをやめなかった。無表情で、ひたすら拳を叩き込む。
ひとしきりアヴラズを殴った杏奈は彼を引きずって窓から投げ捨てた。アヴラズは2階の窓から「粗大ゴミ」と書かれたゴミ捨て場に落ちてゆく。
彼が落ちてゆく様子を杏奈は黙って眺めていた。杏奈の拳に痛みが走る。アヴラズを殴ったことで拳の皮がめくれ、血がにじんでいる。痛みを感じ取った杏奈は服を整えながら消毒薬を探す。あった。杏奈は机の上に無造作に置かれていた消毒薬を傷口に塗る。
「……やれやれ。これだから素手で人を殴りたくはない」
傷口に消毒薬がしみる。拳の傷を訴える痛覚を無視して杏奈は部屋を出た。その時、目の端に入ったのは気を失った5人の男。その先にも倒れた住人たちがいる。釘のようなイデアは解除された。
「杏奈……!」
ジョシュアは言った。深夜に点灯するライトに照らされた杏奈は何ともいえない表情をしていた。
「ジョシュア……。アヴラズは倒した。本当に、ゴミ以下の男だったよ」
低くぼそぼそとしたトーンの声で杏奈は返す。
「そうか。これからノエルを病院に連れて行こう。最悪、ノエルは離脱することになるかもしれないが」
ジョシュアが言うと杏奈は頷いた。
二コラ以外の一行は深夜の役所を後にする。
町が乗っ取られた元凶であるアヴラズが死んだあとのティアマットは静まり返っていた。とにかく町にいる人々は無傷の人であっても息がない。まさにゴーストタウンなのだ。
「お前ら。終わったのか?」
一行の後ろから声をかける者が一人。シオンが振り向けばそこには二コラがいた。ボロボロに焼けた外套と服を纏い、顔にはすすが付いている。
「悪い。地下の火は止められなかった」
二コラは言った。
「止められなかったんだな。こっちは杏奈がうまく元凶を倒してくれた。ノエルが銃で撃たれてしまったがね……」
ジョシュアは答える。
「病院も使えないみたいだからな。ひとまず今は傷を塞ぐ。それから俺がディレインの医者のところに連れて行く」
そう言った二コラは注射器のようなものを出した。病院から持ち出してきたものであることは想像にかたくない。
「こいつで銃創を塞ぐ。」
ノエルの銃創にはガーゼが詰められ、血でぐっしょりと濡れている。二コラはノエルの傷口からガーゼを抜き取り、注射器を刺すと何かを注入した。どうやら注射のようにして傷口を防いでいるらしい。
「しばらく別行動をしよう。俺とノエルのルーンはひとまず預けるからな」
紹介
アヴラズ
釘のイデア
密度:超低 展開範囲:超広 継続時間:1日(刺してしまえば1週間ほど持つ) 操作性:なし(釘そのものは操作できない) 隠密性:高
イデアを刺した人の脳を乗っ取ることができる。多くの人に釘を刺すこともできるが、その場合は刺された人の知能が大きく低下する。なお、イデア使いには程度の差こそあれど効かない。




