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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶
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百十四話

「……っ」


 数日ぶりにキャルビスト村にある屋敷に戻ってきて、すぐさま眠りについたフェイ。

 翌日の早朝。まだ朝日が昇りきっていない時間に意識は徐々に覚醒してくる。

 そこで、何か違和感を抱いた。

 自分の横に、わずかな温もりを感じたのだ。


「――って、なんだフリールか」


 天井を見つめていた視線を首を捻って横に向け、そこに広がる青を確認すると同時にフェイは気の抜けた声を漏らす。


「意外ね。やけにあっさりした反応をして……」


 昔同じようなことをしたら照れて、ベッドから跳びはねていたフェイのことを知っているフリールとしては、この落ち着いた反応は予想外だった。


「まぁね。さすがにメリアで慣れた……、いや、何でもない。何でもないです」


 昨日のことを思い出して、フェイは急いで訂正する。

 だがしかし、時すでに遅し。


「メリアで慣れた? ちょっとフェイ、あんたもしかしてそのメリアって子と寝たんじゃないでしょうね!」

「変な言い方しないでよ! 一緒のベッドで寝ただけで何もしてないから!」

「問答無用ッ!!」


 いつの間にかベッドの上でフリールから距離を取っていたフェイに向けて、彼女は飛びかかる。

 その反動でベッドから床へと頭から落ちたところで、部屋の扉が開かれた。


「おはようございます、フェイ様……って、何をされているんですか?」


 二人の様子を見て、トレントは普段のクールな表情をわずかにひくつかせる。


「い、いえ、気になさらないでください。って、フリールそろそろ離してってば」


 ベッド上から、床に落ちたフェイの胸倉を今尚掴むフリールの腕を軽く叩きながら降参の合図をする。

 ようやく拘束から解放されたフェイが立ち上がるときには、トレントは窓際に移動していて、カーテンを開けた。


「まだ薄暗いですね」

「ええ。それでフェイ様、今日はどうされるおつもりですか。学校は休みですが」


 フェイ的には今学校に行くのは正直憂鬱なのだ。主にフリールのことで。

 そう言う意味では今日が休みなのはありがたい。

 明日には学校があるとはいえ、一日整理できる時間があるとないとでは雲泥の差だ。


 トレントは考え込んでいるフェイを尻目にちらりとフリールを見る。


 トレント自身、フリールに関してまだいろいろと秘密があるのではと疑っている部分はある。

 何より抑えているとはいえフリールから漏れる魔力は常人のそれを超えている。

 そして特徴的なのが微妙に尖った耳だ。

 だが、主の言わないことは追及しないのが良き従者であると心得ているトレントは、それ以上はなにも聞かない。

 知らないほうがいいことなんて、この世には腐るほどあるのだ。


「今日は午前中は少し鍛錬に使おうかなと思っています。昼過ぎから領内の様子を見ようかと」

「そうですね。まだ政策を打ち出してから半月ほどしか経っていないとはいえ、多少なりとも成果は出ているでしょう。領内を見回られてから、よろしければわたくしの方からその他情報をお伝えいたしましょうか?」

「是非、お願いします」


 そう言いながら、フェイは手を握り開きを繰り返す。


(なんだか、体が重い……)


 気のせいかも知れないが、キャルビスト村に滞在している間どうにも体が重く感じる。

 空気が澱んでいる……というのは言い過ぎかもしれないが、ともかく居心地が悪いのは確かだ。


 ひとまず伸びをして、目を覚ましにかかる。

 その横でフリールが再びベッドに横になっているのを見て思わずため息を吐いた。


 ◆ ◆


 朝食前に屋敷の庭に出て、フェイは軽くストレッチをしてから大きく息を吐く。

 精神を落ち着ける。

 精霊学校に通う生徒たちにとって、魔法、あるいは精霊魔法は進路を決めるための道具であり武器である。当然彼らもそのつもりで日々己の力を鍛えることに務めている。

 フェイにとっても己の力は道具や武器である。だが、同じ言葉でも意味合いは大きく異なる。

 彼にしてみれば、魔法や精霊魔法は命を守る、あるいは奪うためのもの。

 これらの力が存在する本質的理由。


 いつ何者が襲ってくるかわからない。

 だから、日々の鍛錬はフェイにとって義務であるとか、そういうものですらない。

 生物が生きる上での本能が、彼にそうさせているのだ。


 こうして今、鍛錬をしようとしているのも、彼のうちに眠る生存本能がそうしろと無意識に告げたからだ。

 一時として気を休めるときなどない。

 周りにいる者がいつ敵になるかわからない世界に生きている彼は、己の牙を磨くことだけが唯一安心できる行いなのだ。


「――――」


 目を瞑り、内なる力を一か所に集中させる。

 全身を巡る血液のように。同じく魔力を巡らせる。

 そして、フェイの右手から靄のような魔力が溢れ出る。


「! ……また、黒くなってる」


 王都での謎の男との戦闘以降わずかに黒くなっていたフェイの魔力。

 久しぶりに注意深く観察してみると、以前よりもさらに黒く染まってきている。

 が、やはり純度に変わりはない。変わらず、高純度を保っている。


「フリールを解放したから、もしかしたらマシになったかなと思ってたんだけど、悪化してるとはね……」


 フリールの封印に向けていた魔力を取り戻したことで何かしらの変化が生じているのではと思っていたが、よからぬ方に進んでいたようだ。


 気を取り直して、魔法を行使しようとしたところでいつになく真面目な声がフェイの耳に入って来た。


「フェイ、それ……」


 突然現れたフリールが、フェイの魔力を指差しながら深刻そうな表情で声をかける。

 フェイはそれに、悪戯がばれた子供のように罰の悪そうな顔をして、頬をかく。


「理由はわからないんだ。でもまぁ、純度は下がってないし、大丈夫だよ。それとも、フリールは原因を知っていたりする?」

「…………」


 フェイの問いに、フリールは俯きながら黙する。

 そしてそのまま、視線を上げずにぼそりと呟く。


「私は、この村が嫌いよ」

「? 急にどうしたの?」

「私は魔族の血が流れている獣人が嫌いなの」

「……、フリール。いくら君でも怒るよ? 彼らは何もしていない」


 フェイは僅かに怒気を含んで言い放つ。だがフリールはそれを気にせず言葉を続ける。


「わかってるわよ。でもね、フェイ。理屈でどうこうなる話じゃないのよ。私は精霊。獣人たちは忌まわしき魔族の血が流れている。その血に反応してしまうの。別に獣人が嫌いなわけじゃない。その血が嫌いなだけよ。差別するつもりはない。でも――」


 僅かに表情を険しくして、フェイを真っ直ぐ見る。


「フェイも、感じているはずよ。私を解放した今ならば、尚のこと」

「……?」


 フリールの言葉の意味が分からずに、首を傾ける。

 そんなフェイの態度を見て、フリールは諦めたようにため息を吐いて、振り返り屋敷の中へと足を向ける。

 そしてフェイに視線を向けることなく、彼女は最後に、


「フェイ。人類が獣人を忌み嫌い、差別し非道に扱うのは何も人類が最低だとか、そういう問題じゃないの。ただ、魔族の血にはそうさせる力があるの」


 と、そう言い残した。

 あとに残されたフェイは、フリールの口にした言葉を反芻する。

 だが結局はその意味をよく理解できなかった。


 ただ人類が獣人を、そして魔族を嫌うのには理由があり、この二者が分かり合える未来はないと。そう言っていることだけはわかった。

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