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戦慄の魔術師と五帝獣  作者: 戸津 秋太
四章 消えない記憶

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百十二話

「先ほどの決闘で、そなたが誠に氷の帝級精霊の契約者であることを確認した。であれば、わしもそなたをこのまま帰すわけにはいかぬ」


 フリールと一悶着を経て、再び王の間へと戻って来たフェイたち。

 玉座に座るアルフレドから最初の一声がこれであった。


 帰すわけにはいかないと言われて、フェイは思わず身構える。

 と同時に、隣に立っていたフリールが明らかに不機嫌になる。

 契約者であるフェイには分かった。フリールが今、わずかに魔力を放出しようとしたことを。


 フェイは何とか穏便に済まそうと、フリールが行動に移してしまう前に急いで口を開いた。


「帰すわけにはいかないというのは?」

「そう殺気立つでない。別に捕らえるという訳ではない。ただ国として、人類の最強戦力ともいえる帝級精霊を保有しているそなたを何もせずに帰しては立場というモノがあるのだ。主に国際社会でのな」


 国際社会――つまりは現在唯一の国際機関、『人類同盟』のことを暗に指す。


 人類が魔族の脅威をしのぎ、その後人類同士で血みどろの争いが長期化した時期に発足した機関。この機関が残した一番大きな業績と言えば、『人類共同統一戦線条約』があげられる。

 表面上とはいえ人類同士での争いが終結した功績は計り知れない。

 とは言え、それ以降の情勢を見据えて裏で国家間の牽制のしあいがあるのも確かだ。


 それゆえに、帝級精霊を契約しているフェイの扱いは慎重を期さねばならない。

 下手をすれば、他国から糾弾され、国際社会で孤立する可能性もある。


 要は、アルマンド王国にとってフェイの存在は歓迎されるものであると同時に、厄介事でもあるのだ。


「無論、そなたが氷の帝級精霊と契約していることを国際社会に報告しないという選択肢もあるが、それは外交において最も悪手であるのだ」


 外交において秘密を作るというのは爆弾を抱えることと同意だ。

 いつかはバレてしまう秘密。であれば、最初から話しておくに限る。


「それに、そなたが我が国にいることを公言することで、他国は我が国に対して強い態度を取ることが出来ないかもしれない。よって、そなたには帝級精霊の契約者として、我が国の貴族として、その責を課すほかないのだ」


 力には責任が生まれる。

 強大な力であればあるほどに、周囲の人間は危険に晒される。

 いつだったか、昔ラナにそんなことを言われたことがあるなとフェイはアルフレドの言葉を聞いて思い出していた。


「しかしわしとてまだ若いそなたにそこまでの重責を与えるつもりもない。責任を抱え過ぎて潰れていった若者を、わしは何人も知っているからな」


 アルフレドはどこか悲哀に満ちた瞳で、遠くを見る。

 彼は一国の王なのだ。

 今までどのような人生を過ごし、どれほどの困難に直面してきたかを予想するのはまだ若いフェイには到底無理な話だ。


「そこで、そなたが精霊学校を卒業するまでの残り五年半は、帝級精霊のことは何も知らなかったことにする」

「……、それは、先ほど言った悪手に該当するのでは? 隠し通すということですので」

「あぁ、すまぬ。言い方が悪かった。人類同盟には報告するが、帝級精霊のことに関しては、上の者のみが知るところとする。わが国でも同様だ。そのように、わしが何とか取り計らおう」


 簡単に言っているが、それはひどく至難な業だ。

 帝級精霊と言えば、人類の誰しもがその力を渇望し、求め、あげく諦めたもの。

 それが今になって一国の貴族の元にあるとあらば、国際社会が騒ぎ立てるのは必定だ。


 だから、アルフレドの言葉の裏には、そのように取り計らうが万が一の時はその責から逃れることは出来ないと、そう言っていることもフェイには理解できた。


「そしてそなたの精霊学校での扱いだが、帝級精霊である以上、Eクラスにいるのは意味がないように思える」


 Eクラス。精霊学校においてそれは、精霊術師になりそこなった落ちこぼれ――魔術師のクラスのことを指す。

 帝級精霊と契約を交わしていることを隠し、封印までしていたフェイは魔術師として入学した。

 だがそれも意味のないことだとアルフレドは言っているのだ。


 公爵位である、アルマンド王国最高の戦力たるアレックスを倒し、その上帝級精霊と契約している。

 これだけの事実があれば、フェイが公爵位につくことも視野に入れるのは必然と言える。

 であれば、国のため己を研鑽して欲しいというのがアルフレド含めアルマンド王国の重鎮たちの総意である。


「そこで、そなたには他の精霊とも契約して欲しいのだ。帝級精霊と契約できるほどの魔力があるのなら、出来るであろう? そして、その精霊の契約者として、他クラスへ編入……というのが最もフェイ男爵にとっていい選択だと思うのだが」


 他の精霊と契約しろ。

 その言葉を聞いた瞬間に、フェイは表情を歪める。

 痛み、苦しみ、嘆き。それらが混沌となってフェイの表情を更に歪めていく。

 そんな契約者の苦しみを感じたフリールは、彼よりも先にアルフレドに対して口を開いた。


「――――無理よ」


 どこか痛ましげに、しかし僅かに怒気を含んだ声でフリールはただ一語、短くそう口にした。


「無理、というのは? それは帝級精霊であるそなたが許容できないということであるか?」

「確かに下級の精霊と契約されるのは私のプライドが少し傷つくけど、そんな問題ではないわ。あんたも知っているんでしょ? フェイが昔、精霊と契約できなかったことを。それは偶然ではなく必然だった」

「―――――」


 アルフレドは首を捻る。フリールの言っている意味が分からないのだ。

 確かにフェイが下級精霊とすら契約できず、ボネット家がそんな彼を疎み、排除しようとしたことは知っている。

 だがそれは昔の話だ。今はこうして帝級精霊と契約も出来ている。

 何年も経って突発的に魔力が増幅することは稀にだがあることだ。そうは言っても、増幅した魔力でもせいぜい下級精霊と契約できるかどうか程度だが。

 しかし現状、帝級精霊と契約しているフェイの魔力量とその純度はもはや疑いようがない。

 であれば、それよりも下位の精霊と契約できるはずだとアルフレドは睨んでいたが。


「無理なのよ。フェイは、その才能ゆえに、帝級精霊以外とは契約できないのよ」


 フリールの言葉に、フェイは握り拳を作る。

 彼女たちと契約したときに抱いた疑問。その答えを知ったとき、フェイは己の運命を呪った。呪い、そしてそれは怒りとなる。


 忌まわしき才能に対する怒りへと。

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