3(1回目増量終了)
住んでいるマンションに着いた私は何処か落ち込んでいた。
彼と別れてから30分ほどずっとこんな感じだ。
「はぁ…どうしたんだ私は…」
マンションの中に入ってエレベーターのボタンを押しながらため息をつく。
扉のガラスに映る私は普段道理、無表情で何処か怒っているようにも見える。
だがいつもとは少しだけ違うことに私は気が付いた。
目が絶望に染まっていない…楽しむことを諦めた目じゃない…。
私はどうしたのだ…。
手で頬に触れて撫でてみても何も答えは帰ってこない。
何百回、何千回と乗ったエレベーターに入って4のボタンを押す。
ゆっくりと登り始めるエレベーターの中でまだ私は考える…。
踵で床を弄ってみても、目を閉じて思いふけってみても一向に答えは出てこない。
『4階です』
機械の声が私にそう告げるのを聞いてエレベーターを降りる。
降りて真正面のドアに進み寄ると、ポケットから鍵を取り出していると、
「暁ちゃん、今日は遅かったんやね」
いきなり声を掛けられて驚く私を見て、ニヤニヤしながら女性が近づいてくる。
「茉穂さんあなたも今帰りですか?」
「いやぁね、なんていうか…鍵忘れちってなぁ」
あははぁ、待ってたんだよん♪なんて軽く言う彼女に、
「今度から気を付けてください」
とデコピンして、扉を開ける。
「それにしても暁ちゃんこの頃遅いよねぇ、なんかあるん?部活ぅ?」
靴を脱いでリビングに入った私に背後から抱きつく彼女を払いのけるとブレザーをハンガーに掛ける。
「そうですね…この頃は部活です…って言ってもまだ二日目ですが」
「暁ちゃんが部活ねぇ…なんや、男でもできたん?ん、ん?おねぇさんに言ってみ」
「そんな事どうでも良いですから、私が夕食を作るので茉穂さんは洗濯物とお風呂をお願いします」
「ん、ラジャった」
大きな胸と茶色い髪をなびかせてお風呂場に突入する彼女を眺めながら、キッチンの電気を付ける。
彼女の名前は月影茉穂、私の母方の親戚の娘で私とは従妹関係だ。
今、大学に通っている彼女と高校に通う私は偶然学校が近いので二人で住んでいるのだ。
妙に関西弁を混ぜた喋り方やお気楽な物言いには時々疲れるが人と関わりを持たないタイプの私には唯一の常識人ともいえる。
そもそも私はここが地元だったのだがある事情で家がなくなってしまったため、居候という形で茉穂と住んでいるのだ。
「湿っていたら中で干しなおしておいてくださいね」
「ん」
お風呂の準備が終わった茉穂は了解と片手を上げてベランダに向かう。
その間に暁はひき肉と炒めた玉ねぎを混ぜたものにパン粉と卵を入れてこねるように混ぜ始める。
沸騰してきた鍋を見て肘で火を消すもう一つ用意しておいたフライパンに火をつける。
フライパンに油をしいて温めている間に肉の塊を丸めて中の空気を抜くために手の中でキャッチボールする。
「ん?今日はハンバーグかいな。おねぇさん、ハンバーグ大好きやで」
「中にチーズ入れたほうが良いですか?」
相変わらずの無表情でそう尋ねると、「うん」と帰ってきたので溶けるチーズを取り出して中に入れ始める。
「なんや今日は親切やねんな、暁ちゃん。良い事あったやろ」
ニヤニヤとリビングからキッチンに身を乗り出してにやにやと顔を覗き込んでくる彼女を肉まみれの手であしらうとハンバーグを焼き始める。
「何もないですよ、部活なんてうっかり作ってしまったので帰りが遅くなっているので後悔しているぐらいです」
何でもないように言い切ると、お湯の入った鍋にもう一度火をかけて豆腐と厚揚げを切ったものを入れる。
「ふぅ~ん、部活で何かあったんね」
「それ以上探るような真似してくるとご飯をこれ以上作りませんよ?」
慌てて謝ってくる茉穂を無視して料理を進める。
一応年上の茉穂に対して敬語で話していて、さらに無表情だが…確かにどこか声は弾んでうれしそうだった。
チャポン…
天井から水滴が落ちる音だけが静かに響く。
はぁ…私はなぜ浮かれているんだ。
口元まで湯船につかるとブクブクと泡を立てる。ため息しか出ない。
確かに部活は楽しい、でも今まで浮かれるほど楽しくはなかった…。
それなのにどうしてかこの頃はとても楽しい…正確に言うと昨日と今日…。
私は今まで自分を見失うことがなかった。
私は小さく、心の中で閉じこもり、誰かに触れようとせず拒み続けてきた。
私はそんな人物だ。笑うことはあっても失笑、苦笑が多く…ブスッとしている自覚もあるので周りに人も寄って来ないはずだった。
なぜそんなことを始めたのか、なぜそうなったのか…今になってはもう思い出せないほど昔から続けている気がする。もしかしたらこれが素の私なのかもしれない…そう信じて疑わなかった私に、この2日で小さな変化が起きた。
その変化に今私は戸惑っている…。
この変化はわからなくて不愉快というものがなく、胸がかすかに心地よくうずいていた。
はぁ…また小さくため息をつく。
私はどうしてしまったんだろう…。
朝早く私は目が覚めた。
小鳥がベランダに止まってさえずっているのが聞こえる。
隣で涎を垂らしながら寝ている茉穂を見ながら体を起こすとできる限り静かに扉を開けて外に出る。
昨日気になった疼きは薄らいでいた。
ホッと小さく息を吐き出すとキッチンへと向かう。
今日もまたつまらない一日が始まる。そう思うだけで私は沈んでしまう。
無情にも時間は一人で勝手に進みだす…。
「おはよー白川君」
「おっ、おっはー白やん」
「ん…今日もいい朝だね、ほらこんなに小鳥が…」
エトセトラ、エトセトラ…
「皆おはよう」
僕の席の周りの人から挨拶が飛んでくる。
「暁、おはよう」
「……」
既に席について窓を眺める暁に声を掛けるが一項に帰ってこない。
「まぁ良いか」
諦めたように呟くと話しかけて来たクラスメイトに返事をして話し始める。
話題は至って普通で昨日見たテレビの事だったり、新しい服を買った事、昨日の○○たん可愛かったよ、はぁはぁなどとなど…そんな他愛もない会話をするのも少し楽しい。
クラスメイトが友好的なせいか転校して三日目の僕はすぐこのクラスに馴染むことができた。
さすがに大半の女子とは話すのが気まずかったり、男子にも話しかけてくるなとオーラを出す人もいるが、基本的には優しい人ばかりだ。
「白川君は、この頃のマイブームとかってあるの?」
確か名前は『斑町 千紗都』席が僕の前の女の子、僕に話しかけてくれる数少ない女子だ。
明るく元気なのが印象的だ。
「マイブームねぇ、そうだなぁ…読書かな」
この頃、お気に入りの作家さんが新しい本を出したので読み返すのに没頭しているのだ。
「あー、そういえば趣味って言ってたね~。面白い本が有ったら私にも貸してねっ」
ニコニコと僕に笑いかけるとまた質問してくる。
途中、隣の男子なんかが会話に混ざってきたが盛りあがたところで朝のショートホームルームで次の休み時間まで持ち越しになってしまった。
ショートが終わると、次の授業が教室なのでさっきのメンバーが僕の席に集まっててまた話が始める。
(困ったなぁ…トイレに行きたい)
出来る限り我慢して話の間にトイレに行くことを切り出した僕は「ごめん、ちょっとトイレに行くから」と一言いれて立ち上がる。
少し道を作ってもらい扉へと歩き出すと話を中断していた周りのクラスメイトは僕を一瞥して周りの友達と楽しそうにまた会話し始める。
前で談笑するクラスメイトに「ちょっと通して」と軽く声を掛けて割って入りながら扉に着いたとき…後ろでがやがやと会話が聞こえる中、僕は背中に一つの冷たい目線を感じて振り返った。
振り返ってみてもそこにいるのはクラスメイトが談笑しているだけだで特に変わったところもない。
ただ一つ、浮いた存在…盛り上がるその中で暁だけが何処かさみしそうに窓の外を眺めているのだった。
トイレから出た僕はまだ授業まで10分ほどあることを確認すると、ふと階段の前で足を止めて屋上へと登り始める。
この二日間まったくと言っていいほど「急性ストレス障害」の症状が出ていない…僕がその存在自体を忘れつつもある。
わずか二日でも二日僕にとって、毎日は恐怖のはずだったはずだ…いつトリガーが引かれるか分からない爆弾を持っているのだから。
一度爆発して終わるならまだいいだろう、それでけりがつくなら。
だが僕の爆弾はそこまで優しくなかった、僕の心を貫き数えきれないほどの回数、僕のトラウマを思い出させた…。
「っ!!」
トラウマについて考えていたせいか、ぼやけた映像が頭に浮かび視界が揺れる。フラフラとよろめく僕の腕を誰かが掴んで支えてくれる。
「本当に君は…目を離したらまた症状が出たのかい」
心底呆れたような声に僕は誰が支えてくれているのかを悟る。
掴まれた腕から伝わる彼女の熱がじわじわと僕の心へと伝わり、麻痺した心をほどいていく。
「君は…ほんとにめんどくさい奴だね、少し目を離すとすぐこれだな」
ホントに家に帰るまでの道ではどうしてるんだか…と一人事のように呟くとその場に僕を座らせる。
「君はいつもそんな感じなのかい?」
暁は傍にしゃがむと心配そうな目で僕を見てくる。
以外…というかなんというか…良くわからないが心配している暁を唖然とした顔で眺めてる。
「何だいそのアホ面は…まったく、私は授業に行くから治ったら来るんだよ」
呆れたように首を振ると屋上から出ていく。
「僕は何をしているんだ…」
固まっていた自分に気が付いて、独り言のように呟くと僕も屋上から出ていくべく歩き出した。
僕が転校してからすでに1カ月がたった…正直何も自覚がない…。
毎日が流れる様に進んでいく…。
教室ではそこそこ溶け込み、中心とまでは言わないが友達もたくさんできた。
教室で3,4人で集まって話すのが日常となっている。
やはりその中には暁の姿はなく、いつも彼女は窓の外を憂鬱気に眺めていた。
放課後だけはその例に漏れるらしく、部室にはいつも先に言っており僕が付くなり挨拶だ、と言わんばかりに『遅かったな、木偶の坊』と伐倒してくるのも日常となってしまった。
相変わらず『景色鑑賞部』はいつもトランプしかしておらず、特に部活動らしいことは何一つしてなかった…。
あ、そうそうちなみに部員はやはりと言えばやはりだが、僕と暁の二人だけだった。
写真部がある以上、景色鑑賞部の需要はゼロなのだ…。
※一回目終了@3




