第49話 牧場の管理者
翌朝。
俺たちはクローバーと一緒に、冒険者ギルドへ向かっていた。
風車小屋で与えられた猶予は一週間。
妖精の牧場で魔物たちを保護できるようになったとはいえ、ギルドへ報告しなければ、問題が解決したことにはならない。
「皆さんまで来ていただいて、すみません」
クローバーが申し訳なさそうに頭を下げる。
「妖精の家のことを説明できるのは、俺たちだけだからな」
「私一人では、信じてもらえなかったと思います」
クローバーは胸元で両手を重ねた。
魔物たちは妖精の牧場に残している。
昨日までのクローバーなら、少しの間でも離れることを不安がっただろう。
だが、今朝は一匹ずつ体調を確認したあと、ミルクバッファローの首を撫でて家を出てきた。
妖精の牧場なら安全だと、少しずつ信じ始めているらしい。
「大丈夫だよ!」
俺の肩に座っていたピクが胸を張る。
「妖精たちが見てるから!」
「ありがとうございます、ピクさん」
「さんはいらないよ!」
「では、ピクちゃん」
「うん!」
ピクは満足そうに笑った。
◇
町へ到着すると、俺たちは冒険者ギルドの奥にある応接室へ案内された。
部屋では、風車小屋で会った監査官のバルトが待っていた。
「来たか」
「報告に来ました」
クローバーが頭を下げる。
「魔物たちの受け入れ先が見つかりました」
「ずいぶん早かったな」
バルトは俺たちを順番に見る。
「妖精の家という場所か?」
「ああ」
「魔物を何匹も飼育できる施設が、本当に存在するのか?」
「昨日、《妖精の牧場》が完成した」
「昨日?」
バルトの眉が動いた。
俺は妖精の家について、説明できる範囲で話した。
異なる空間に存在する安全な家。
許可された者だけが扉を通れること。
内部には庭や泉があり、魔物を受け入れるための牧場が新しく作られたこと。
牧場には草地と水場、雨風を防げる飼育小屋もある。
バルトは途中で何度か質問したが、最後まで黙って聞いていた。
「話だけ聞けば、非常に都合のいい場所だな」
「嘘ではありません」
クローバーが真剣な表情で告げる。
「広い草地があります。怪我をした子を分けて休ませる場所も、綺麗な水場もありました」
「俺たちが確認することはできるか?」
「それは……」
俺はすぐには答えなかった。
妖精の家へ誰を招くかは、慎重に決めなければならない。
バルトは俺の反応を見て、小さく頷いた。
「無理に入ろうとは思わん。安全な場所であるほど、場所を隠す必要もあるのだろう」
「信用してくれるのか?」
「すべてを信用したわけではない」
バルトは机の上へ一枚の書類を置いた。
「だから、別の方法で確認する」
書類には、保護している魔物の種類と数を書く欄が並んでいた。
「クローバーから定期的に報告を受ける。新しく保護した魔物、野生へ戻した魔物、死亡した魔物。それらをすべて記録してもらう」
「分かりました」
「人を襲った魔物を、無条件で保護することは認められない。危険な個体を見つけた場合は、必ずギルドへ報告すること」
「はい」
「町の周辺で、勝手に魔物を集めることも禁止だ。保護が必要な場合も、可能なら先に相談してほしい」
「約束します」
クローバーは迷わず答えた。
バルトはしばらく彼女の顔を見つめたあと、書類へ印を押す。
「ならば、仮登録を認める」
「仮登録……?」
「クローバーを、魔物保護施設の管理責任者として登録する」
「私が、管理責任者に?」
「三か月間、問題が起きなければ正式登録へ切り替える」
バルトは書類をクローバーへ差し出した。
「これがあれば、許可なく魔物を奪おうとする者に対して、ギルドへ保護を求められる」
クローバーは両手で書類を受け取った。
書かれている文字を、何度も読み返す。
「この子たちを……守れるんですね」
「規則を守っている限りはな」
「ありがとうございます」
クローバーは深く頭を下げた。
◇
手続きを終え、ギルドを出る。
クローバーは書類を胸元へ抱えたまま、何度も確認していた。
「そんなに見ても、内容は変わらないぞ」
「分かっています」
クローバーは少し恥ずかしそうに笑った。
「今までは、魔物を連れているというだけで追い払われました」
怪我をした魔物を治療していると説明しても、信じてもらえなかった。
危険なテイマーだと言われ、町から追い出されたこともあったらしい。
「初めて、私のしてきたことを認めてもらえた気がします」
「まだ仮登録だけどな」
「それでも十分です」
クローバーは書類を大切そうに鞄へしまった。
「クローバー」
「はい」
「妖精の牧場の管理を、正式に任せたい」
クローバーが足を止める。
「私に、ですか?」
「あの牧場について一番詳しいのは、クローバーだ」
「でも、あそこは皆さんの家の一部ですよね」
「だからこそ任せたい」
俺たちには、魔物を飼育した経験がない。
牧草がどれだけ必要なのか。
どの魔物を同じ場所へ入れてよいのか。
怪我や病気へどう対応すればよいのか。
クローバーがいなければ、何も分からない。
「居候だから働けと言っているわけじゃないぞ」
「分かっています」
「嫌なら断ってもいい」
クローバーは少し考えたあと、自分の胸へ手を当てた。
「任せてください」
その声に迷いはなかった。
「私が、あの子たちが安心して暮らせる牧場にします」
「よろしく頼む」
クローバーが嬉しそうに微笑む。
だが、そのあとで、少し不安そうに目を伏せた。
「一つだけ、聞いてもいいですか?」
「ああ」
「牧場の仕事が終わったら、私はどこへ行けばいいのでしょうか」
「どこへって……」
「魔物たちは牧場で暮らせます」
クローバーは指先を強く握る。
「でも私は、皆さんの仲間でも、家族でもありません」
クローバーが不安に思っていたのは、仕事のことではなかった。
魔物たちの居場所は見つかった。
それでも、自分の居場所までは見つかっていない。
「昨日、一緒に食事をしただろ」
「はい」
「今日も一緒に食べる」
クローバーが顔を上げる。
「明日も、その次の日もだ」
「でも……」
「帰る場所は、妖精の家でいい」
クローバーの目が大きく見開かれた。
「私も、帰っていいのですか?」
「ああ」
俺が答えた瞬間、《信頼の器》が温かな光を放った。
【《信頼の器》が新たなつながりを確認しました】
【クローバーを家族として認めますか?】
目の前に、光の文字が浮かぶ。
俺は迷わず答えた。
「認める」
【クローバーが新たな家族として認められました】
クローバーの身体が淡い光に包まれる。
「これは……?」
「《信頼の器》が、クローバーを家族だと認めた」
「家族……」
クローバーは胸へ手を当てた。
続いて、《スキル図鑑》が開く。
【家族が習得している未登録技能を確認します】
【《飼育》を登録しました】
【《給餌》を登録しました】
【《魔物知識》を登録しました】
【《意思疎通》を登録しました】
【《動物治療》を登録しました】
【現在の登録率:七十五%】
一度に五つの技能が登録された。
「クローバーの技能が、図鑑に登録された」
「私の技能が?」
「ああ」
「私は……皆さんの役に立てたのでしょうか」
「もう十分すぎるほど役に立ってるよ」
ラベンダーが笑う。
「牧場ができたのも、クローバーがいたからだしね」
「薬の知識も教えていただきました」
ピーチも頷く。
「これから一緒に、魔物たちの治療方法を考えましょう」
「わたしも、魔物が好む植物について教えていただきたいです」
ローズも続ける。
ピクがクローバーの目の前へ飛んでいく。
「クローバーは、もう家族だよ!」
皆に囲まれ、クローバーの目に涙が浮かんだ。
「私が……家族」
「帰ろう」
俺は妖精の家へ続く扉を呼び出した。
「みんなが待ってる」
◇
扉を開くと、牧場から大きな鳴き声が聞こえた。
「モォォ!」
ミルクバッファローが草地を駆けてくる。
クローバーが戻ったことに気づいたらしい。
羊の魔物たちも、その後ろを追いかけていた。
「ただいま」
クローバーが牧場へ入る。
ミルクバッファローは勢いを落とし、クローバーの胸へ大きな鼻先を押しつけた。
「心配をかけましたね」
「モォ」
「もう大丈夫です」
クローバーは鞄から書類を取り出した。
「私たちは、ここで暮らしていいそうです」
言葉の意味は分からないはずなのに、ミルクバッファローは嬉しそうに鳴いた。
その時。
ピクが家の前から大きな声を上げた。
「クローバー!」
妖精たちも、窓や庭から顔を出している。
ピクが両手を広げる。
「おかえり!」
クローバーは驚いたように立ち止まった。
それから、涙を拭って笑う。
「はい」
魔物たちに囲まれながら、クローバーは初めてその言葉を返した。
「ただいま帰りました」




